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えぼし岩が遠くに見える。
サザンオールスターズはそう歌ったけれど、こちらの『えぼし』はもう、高校生たちの視界に入っている。
『えぼしラグビークラブ』(以下、えぼし)の活動が始まっている。
ラグビーを続けたくても所属する高校にラグビー部がない。あるいは、ラグビー部があっても、諸事情により通う学校の部活には所属できない。そんな高校生が仲間と楕円球を追い、コーチから指導を受けることができるクラブだ。
茅ヶ崎(神奈川)の柳島スポーツ公園や、学校のグラウンド、ビーチを使い、平日の夜や週末の朝に活動している。
現在、2人の高校1年生が所属。少年たちの笑顔は、活動を支える大人たちのエナジーとなっている。
コウヘイ(荒木光平)とユウタ(井上雄太)は、ともに中学まで鎌倉ラグビースクール(以下、RS)でプレーしていた。それぞれ、茅ヶ崎高校、茅ヶ崎西浜高校に学ぶ。
2人は、『えぼし』のオリジナルメンバーとなった。
コウヘイは幼稚園の頃から楕円球に触れてきた。園に貼ってあったポスターを見た母親の勧めで鎌倉RSへ。ポジションはCTB。高校進学の際には県外の高校から推薦での進学の話も来たが、県外に出たくなくて地元高校への進学を決めた。
茅ヶ崎高校にラグビー部がないことは知っていた。新しいことを始めようとも考えた。
そんなとき、小3から通っていたチェイスラグビーアカデミーの代表でもある小森允紘コーチに、『えぼし』設立の話を聞いて通うことに決めた。
中学時は陸上部にも所属し、ラグビー活動を含めて忙しくしていたから、現在の週数回のペースは、趣味の水彩画にも取り組めてちょうどいいと笑顔になる。
「鎌倉と練習スタイルが違うし、コーチの考え方も違う。そこが面白いですね。大学生もサポートしてくれるのですが、みんな上手だし、楽しい」
現行のルールでは学校単位(合同含む)外のチームが公式戦に出場できないことは分かっているけれど、いまはラグビーを続けていられることが幸せだ。
「僕らの代(在籍している間)では試合ができないとしても、この活動が次へ次へとつながり、最終的には、普通に試合ができるチームになってくれたら嬉しいですね」
ユウタも鎌倉RS出身。小2からラグビーを楽しみ、中学時代は並行して柔道部にも入っていた。
「高校ではラグビー部がないので柔道部に入ろうと思っていたのですが部員がゼロでした。そういう状況でコウヘイに誘ってもらったので(えぼしに)入りました」
ユウタもコウヘイと同じ感覚を持っている。
コーチの教えは新鮮。大学生たちとの練習は楽しい。公式戦への道が閉ざされていることに関しては、「(状況の変化に備えて)準備はしておきたい」。
柔道では内股と払い腰が得意なPRは、自分の強みを「ボールを持てば迷わず前に出るところ」と言う。頼もしい。
えぼしラグビークラブの平日の活動は19時30分開始が多い。茅ヶ崎ラグビースクールの、4年生以上の希望者が参加する活動の時間に合わせて集まり、一画を借りている。
コーチたちが、同スクールの指導をしている縁がある。
取材に訪れた8月上旬の夜は、湘南高校ラグビー部に所属しているサワ(坂松サワ)も練習に参加した。
サワの父はラグビー経験者ではないが、昨年まで湘央RS(中学)でコーチを務めていたプロのボディーボーダー。タッチフットを見ていると、どうりでバランスがいい。そして、茅ヶ崎らしい。
『えぼし』の高校生たちを指導するコーチ陣の中心は大瀬祐介さん。早大ラグビー部でFLとして活躍した人だ。茅ヶ崎RSの理事で副校長、5年生のヘッドコーチを務めている。
また、一般社団法人EBOSHI Rugby Clubの代表理事でもある。
一般社団法人として登記したのは(2024年6月)、対外的な(行政と教育関連についての)信用面と(保険などの)リスク面について考えた結果だ。
近い将来、高校部活の地域への移行が始まるだろう。そうなってからでは遅い。はやくから法人格を持って活動している方が対応しやすい。
◆ラグビーを続けていたら、いいことある。
大瀬さんは48歳。173センチながら、大学時代は4年時(1998年度)にFLのレギュラーとして活躍した。卒業前にはラグビー専門誌の取材を受け、小柄な自分が競争に勝ち、定位置をつかめた理由を「夢への思いが強い方が勝つ、と信じてやってきたからでしょうか」と答えた信念の人だ。
大学卒業後は5社で働き、MBAを取得。その間、大学のOBチームやタマリバクラブ、愛知勤務時代に名古屋クラブでプレー。大学生の指導にあたった時期もある(愛知学院大)。
その後、故郷に戻ってからは茅ヶ崎ラグビースクール、柏陽高校、湘南高校でコーチを務めた。
湘南学園中学の2年時にラグビーを始めた。同高校を経て早大に進学した。
10代で知った楕円球の世界に深く根を張り続けているのは、「ラグビーに救われたから」と話す。
高校1年時、自分より小さなFLが国立競技場で躍動している姿を見た。そのシーズン、全国大学選手権で日本一となった法大のFL、内田剛だ。
167センチの小柄な体でタックル、またタックル。1992年度、大学日本一となったチームの象徴的存在だった。
「さほど身長が変わらない人が、国立競技場で活躍していた。そのシーンを、ずーっと忘れられなくて。それで人生救われたというか、目標ができたんです。自分もああいう場所を目指せるんだな、と人生が明るくなった気がしました」
勇気づけられた。自分しかできないことを目指そうと思えるようになった。
ラグビーで頑張る。法政に進んで国立競技場に立つ。それを目指すことが、自分のアイデンティティーになった。
目指していた法政の受験には2学部とも失敗するも、早大第二文学部に合格。早稲田ラグビーのスピリットに触れることになった。
まさに人間万事塞翁が馬。ジャージーの色こそ思い描いていたものとは違ったけれど、憧れの人と同じようにタックルしまくった。国立にも立った。4年間でたくさんのことを学び、いまがある。
そんな大瀬さんの頭の中には、10年以上前から、『えぼし』のようなチームを作りたいとの思いがあった。
高校ラグビーに元気がなくなっている状況は、その前から始まっていた。1980年代は神奈川県内だけでも100近い高校にラグビー部があったのに、現在は5分の1ほどに減っている。
好きだった原風景がある。
高校時代、ラグビーに汗を流した人たちは記憶をたどってほしい。部活の記憶って、たわいないことではないか。
日常の練習後や仲間との会話。練習試合のことや、となりの学校の誰がすごかったとか、あいつはいま、どうしているとか。
花園出場のことや、関東大会など地域大会について語ることができる人は限られている。
「私が高校生の頃、湘南地区もラグビーが盛んでした。いろんな高校にラグビー部があって、そこに、あちこちのラグビースクールの出身者がいる。試合や練習の時に、昔の仲間と再会して、『あ、まだやってたの』とか、『元気だった?』とか言って、握手をしていました。なんか嬉しかったんですよね。そういうのが、どんどん少なくなっていって寂しいな、と」
ラグビーをやりたい少年たちの居場所がたくさんあったから、大瀬さんの好きな空気や光景もあった。
自分たちの時代は幸せだった。楕円球を追い続けられる環境の中で、いろんな人と出会い、目標が見つけられた。
そんな場所を作ってあげたい。その思いが『えぼし』の原点。共感してくれる人たちと一緒に2024年、やっと踏み出せた。
『えぼし』のネーミングは、「地域に根付いた名前にしたくて」という思いからだ。
茅ヶ崎とか湘南とすれば限定的に感じてしまうかもしれない。思いがあれば、どこからでも集まってほしいと考え、広くみんなが知っていて、好きな『えぼし岩』からもらった。
体験会は随時受け付けをしている。8月中旬にも一人足を運んでくれた。少しずつメンバーが増えていってくれたら、もっと楽しくなる。
まずは、クラブの存在をもっと広く知ってもらうことが大事だ。
◆誰でもどうぞ、ではなく。リーダーの育成も。
ただ門戸を開けっぱなしに、やりたい人は誰でも集まれ、とはしていない。「高校生が部活に入るのと同じように、あくまでチーム、クラブとしての活動をしたいと思っています」と大瀬さんは話す。
学校の枠を超え、広域から高校生が集まるクラブ。
そこは既存の部活動と違うけれど、ただ集まって、散っていく場にはしたくない。同志が集い、仲間になる。それが大事だ。
誰でも入れるよ。
そうした方が人は集まるだろう。それは分かっているが、あえてハードルを高くしているのは、「入ってから考え方の不一致が起きないよう、最初にベクトルをある程度同じと確認したいと思っているからです」。
信念は入部希望者に最初に話し、理解してもらった上で加わってもらっている。
これからもそうしていく。
アルバイトをしている人もいるだろう。人それぞれに事情があることも分かる。
ただ、「参加できる時は行きます」とか、「3週間に1回くらい、行けたら行きます」でもよしとすることが、ラグビーをしたい高校生たちの仲間を募る上で正解なのかを考えた。
「未経験者も歓迎します。フルコミットは難しいという高校生も。ただ、ラグビー、このクラブに参加することにプライオリティーを置いて生活してくれる人たちでないと、(ただ人が増えるだけでは)活動していけないのではないか、と思うんです」
12年間コーチをした湘南高校で、部員たちに教わったことがある。
勉強も、学校行事への参加も、部活も、そのすべてに全力で取り組む校風。楽しんで三兎を追う若者たちがいた。
ラグビー部員たちは多忙な中、工夫して時間を作り、部活動に笑顔で加わっていた。楕円球を追いたい。仲間たちとそこにいたい。
ラグビー愛。チーム愛。それがあるから、時間を作るエナジーも、仲間を思う気持ちも生まれる。限られた時間や条件があるからこそ生まれるパワーもある。
大瀬さんの頭の中には、もうひとつ、『えぼし』の活動の中で大事にしたいものがある。
リーダー育成という観点だ。
大学時代の記憶がある。
いつもコーチや4年生の同期のキャプテンが、「(僕らは)日本を背負って立つ人間になるためにラグビーをやっているんだ」と言っていた。
政治家や官僚になるわけではない。「一人ひとりの心の中の話」と理解した。
大学を卒業すれば、一人ひとり、それぞれの世界で生きていく。そのとき、与えられた場でリーダーシップを発揮する、先頭に立つ、しっかり自分の意見を言う。
ラグビーは、そういう行動ができる人間を育むスポーツだ。
「えぼしも、一人ひとりがリーダーになっていくようなところにしたいと思っています」
8月某日の午後8時過ぎ。2人の高校生の夜の練習に、何人もの大人、若者たちが集まっていた。
普段から、茅ヶ崎RSのOB、近隣高校の卒業生で大学に学んでいる者、地元クラブに所属している人たちが練習に加わってくれる。コウヘイもユウタも楽しそうだ。
しかたなくそこにいる人はいない。みんな、この地でラグビーを楽しむ高校生の姿を見ること自体が幸せだ。
ハンドリングの練習、2対1、3対2、ボールの置き方などをやって、やがてお楽しみタイム。タッチフットになると、ますますみんなの表情が輝く。
ユウタは自身が言っていた通り、パスを受けると迷いなく走る。クラブには、近年活動を始めた同様の近隣クラブチームや人数が少ない高校チームと連携して試合もおこなおうと考えている。その実直な動きは、実戦にも強そうだ。
びゅっ。
タッチフットの途中、風が吹いたような気がした。コウヘイがディフェンスを切り裂いて走り去った。
いいぞ。
そんな感じで、いい風を吹かせていこう。