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小林亮太[三重ホンダヒート]◎コバ・イズ・ホンダ
1991年6月11日生まれの33歳。188センチ、98キロ。2014年度にヒートに加入。今季は開幕からの全8試合中、5試合に出場している。©︎JRLO

小林亮太[三重ホンダヒート]◎コバ・イズ・ホンダ

藤島大

 男の耳は履歴書。ただし、衝突および摩擦によって表層はあまりにもつるんつるんで、これでは経歴をつづる欄のペンの字がかすれているようなものだ。

 小林亮太。三重ホンダヒートの33歳の背番号7。ぐるんと巻かれたバンデージの下にピカピカ光る耳たぶは隠れている。2月16日。対三菱重工相模原ダイナボアーズ。いつもはヒーローを支える人物がヒーローとなった。

 公式記録の後半40分、自陣深くよりつなぎにつないだパスをつかんでインゴールへ躍り込んだ。これで36-37。途中出場のSO、呉洸太が右中間のGをしかとバーの向こうに沈めて(まさに殊勲者!)、いわばサヨナラの白星を引き寄せた。

 歓喜ののちの取材スペース。小林亮太に「劇的トライ」について質問があった。答えなら容易に想像がつく。その通りだった。

「ラッキーです。外で待っていたら相手の人数が少なくなっていたのでチャンスはあるなと。ミドル(グラウンドの中央)のところでハードワークしてくれたみんな、放ってくれたラリー(スルンガ)のおかげです」 

 そしてキッカーの呉洸太に触れた。
「ガンテ(洸太)には本当に申し訳なかった。もう少し、真ん中へいけたかなと」

 さらに昨季までの同僚、この日はダイナボアーズの2番、李承爀の名を挙げた。
「でも去年まで一緒に戦ったスンヒョ(承爀)が最後まで(インゴールで)追いかけてきたので」
 追いかけてきたので、のところ、最初、追いかけてきてくれたので、と言い間違えて、すぐ訂正した。いい人だなあ。

 帰り途、会場の最寄りの白子駅の前で4人のファンに次々と「いい試合でしたね」と声をかけられた。そんなよきゲームに小林亮太の体力と気力と人格が「感動」を付与した。

 痛覚知らずのタックル。的確なサポート。どっちが先かな、ラグビーのうまい人がひたむきなのか、ひたむきな人がうまくなったのか、いずれにせよ格別なフランカーだ。本日もまた湧いて出るように走り、鉄の棒のごとく球のありかへ体をぶつける。

 奈良の橿原ラグビースクールから天理高校を経て近畿大学へ。ホンダ入団後のデビューは2014年9月28日、トップウェストAリーグの大阪府警戦である。オオサカフケイ。しびれる響きだ。長いキャリアがそれでわかる。  

 試合後の会見。キアラン・クローリーHC(ヘッドコーチ)に聞いた。小林亮太、見ていると感動します。どんな個性、どんな選手ですか? かつてのオールブラックスのFB、当時の本職はファーマーであった63歳の指導者は一言。

「コバ・イズ・ホンダ」

 コバとは、もちろん小林である。小林はホンダそのものだ。

「ホンダの価値、ホンダはこうあるべきと体現する選手です。元キャプテンということもあり全身で手本を示してくれる」

2月16日のダイナボアーズ戦では2トライを挙げ、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた。©︎JRLO


 ゲーム主将、アルゼンチン代表キャップ109のハードマン、ナンバー8のパブロ・マテーラも英語で述べた。

「コバとプレーすることが好きです。わたしが思うに彼は戦士(ウォリアー)なのです。いつでも力を出し切り、またリーダーでもある。まあトライを期待はしていませんでしたが」

 本人にマテーラの評価を伝えた。コバは「戦士」だと。

「パブロに言ってもらえてうれしいですけど、あの人がウォリアーですから。僕もいつも刺激を受けています。世界基準のウォリアーはこうだという」

 ヒートはトスに勝ってキックオフを選び、開始直後より激しく攻め立てた。15分までに12-0。ところが、なかなか以後はスコアにいたらず、ダイナボアーズのほうが少ないチャンスをいかして、後半13分には12-34と差が開いた。形勢は不利。それでもコバには追い上げの種がわかっていた。

「最初の20分、うまくフィジカル勝負のゲームを運べました。相手にタックルさせるアタックができましたし。それが最後の20分に効いてくる。狙い通りといえば狙い通り」
 
 6点差の後半34分。痛恨かもしれぬミスをおかした。中盤でワイドにアタックを仕掛け、振り戻しの右の大外で7番は落球する。残り時間からして苦しくなるか。すると途中出場の左プロップ、本来の主将の藤井拓海を先頭にスクラムのPを得て、流れを渡さずにすんだ。

 あのノックオンは?
「陣地を考えても、ああ、やってしまったなと。あそこは僕の準備不足でした」
 準備というのは心構え、ポジショニング?
「ポジショニングですね。もう少し早く深く。正直、後半最後のプレッシャーもありましたし、体も重くなっていた。そこは、もう少し自分が成長できる点かなと」
 
 実は後半10分にいったんベンチへ退いた。だが交代のトニー・ハントの負傷で同13分には芝の上へ戻っている(公式にはHIAを経て同25分)。実質のフル出場だ。しかも足首を痛めて、直近の3戦は欠場。疲労を覚えて無理はない。

 再び取材スペース。コバ・イズ・ホンダ。そのことを証言してくれる元ホンダの好漢がいた。前述のダイナボアーズのフッカー、ジャパンのキャップ1の李承爀である。敗戦直後に礼を欠くと承知で古巣の勝者の魂を話してもらう。

「あの人がおるとチームがガラリと変わるんで。味方やったらうれしいですけど、相手だと嫌ですね。タックルはもちろんなんですけど精神的にも図太い方なんで、そこは脅威ではありました」

 所属は分かれ、これでもかと体を当て合い、なお仲間は仲間だ。敬意は鈴鹿と相模原を隔てない。





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