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ジェシー・クリエル[南アフリカ代表/横浜キヤノンイーグルス]◎ディフェンスはチームへの愛。
RWC2023時のクリエル。2023年7月10日のオーストラリア戦までに72キャップ。186センチ、98キロ。(撮影/松本かおり)

ジェシー・クリエル[南アフリカ代表/横浜キヤノンイーグルス]◎ディフェンスはチームへの愛。

田村一博

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 ハードワーカーの評価があらためて高まっている。
 7月、横浜キヤノンイーグルスに所属する南アフリカ代表CTB、ジェシー・クリエルに多くの目が注がれた。

 同月13日におこなわれたアイルランドとの第2テストに出場したクリエルは、その試合で13番を背負った。12番のダミアン・デアレンデとCTBコンビを組んだのは、その日で30試合目だった。

 それまで、ジャン・デビリアーズとジャック・フーリーの29試合が同国テストマッチにおけるCTBコンビの最多だった。ふたりで新記録を打ち立てた。
 8月10日、ザ・ラグビーチャンピオンシップ(以下、TRC)のオーストラリア戦で、記録は31に更新されている。

 新記録樹立に際し、相棒のデアレンデがメディアのインタビューを受け、「誰が最高のパートナーか」と質問された。
 チームでいちばんのパサーでもある12番は、2019年と2023年のワールドカップ(以下、W杯)で優勝している。

 2019年のファイナルでコンビを組んだのはルカニョ・アム。そして、2023年大会ではクリエルとともに勝利の美酒を浴びた。

 最高のパートナーについての質問にデアレンデは、アムとクリエル、両者の名を挙げ、「彼らは世界最高。一緒にプレーできることを誇りに思っている。彼らが僕のアウトサイドにいるだけで嬉しい」と答えた。
 仲間へのリスペクトの気持ちが溢れる回答だった。

 クリエルとアム、デアレンデは、それぞれイーグルス、コベルコ神戸スティーラーズ、埼玉パナソニックワイルドナイツと日本でプレーし、2021-22シーズンだけ在籍したアム以外の2人は、現在もリーグワンで活躍中だ。

 クリエルとデアレンデは、2023-24シーズンのリーグワンで2度戦った(チームは3回対戦)。
 勝ったのはいずれもワイルドナイツも、開幕戦で53-12と大差がついた両チームの力は、セミファイナル時には20-17と詰まっていた。

 その試合の前半、デアレンデが防御をクリーンブレイクし、大きくゲインしたシーンがあった。
 そのとき瞬時に反応。矢のように戻って追い、トライライン近くで止めたのがクリエルだった。

 ハードワーカーは、その試合後に一連のプレーを振り返って言った。
「(デアレンデは)ベストフレンド。あそこで抜かれるわけにはいかない。一生いじられるからね」
 そして、「ともにプレーできているのは幸せなこと」と続けた。

 接戦となったセミファイナルでは、イーグルスの防御の固さが光った。
 クリエルは「前でプレッシャーをかけることを徹底しました。こういう(強敵と戦う大きな)舞台では勇気を持ってプレーすべき。自分たちのプランを遂行することにこだわりました。何があっても立ち上がり、戦う。きついことをし続けました」と覚悟の大きさを言葉にした。

 防御の鉄人は、「チーム愛はディフェンスにあらわれる」と言った。
「ディフェンスリーダーのひとりとして、愛を行動で示しました。(仲間同士)お互いのためにハードワークできたことを誇らしく思う。きょうは、ディフェンスを通してチームへの愛、ファンへの愛を伝えたつもりです」

イーグルスでのクリエル。鍛え上げた肉体でハードにプレーする。(撮影/松本かおり)

 チームメートの誰もが認めるナイスガイ。イーグルスに加入した2019年には、「優勝するまではここを離れないと決意しています。トロフィーを掲げるまで成長し、ハードワークを続けるつもり」と言い、その言葉を実行中だ。

 決して順風満帆な選手生活を送ってきたわけではない。
 南アフリカ代表は直近のW杯で連覇を果たしているが、2019年大会は不運に泣いた。プールステージ初戦のオールブラックス戦に途中出場した際、左のハムストリング(太腿の裏)を痛めた。

 帰国して治療も、大会中の復帰には間に合わなかった。
 しかし、チームは決勝の週に合流するように呼び戻してくれた。同じように怪我でスコッドを離れていたチームメートとともに、ふたたび日本へ。その週は分析のサポートに携わった。決勝の舞台に立つ仲間たちを支えた。
 当時、「(ラシー・エラスムス ヘッドコーチが)最後は、もう一度全員で結束して戦おう。そう言って日本に呼んでくれて嬉しかった」と語っていた。
「勝った瞬間、ピッチの中になだれ込んでシヤ(コリシ主将)たちと抱き合った。夢にまで見たシーンの当事者になれて感激した」

 1994年2月15日生まれ。南アフリカのケープタウン出身だ。双子の兄弟であるダンは、現在メジャーリーグラグビーのシアトル・シーウルブズでプレーしている。
 曽祖父のジョン・ホジソン氏は元イングランド代表。ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズにも選ばれている。

 クリエル本人は2015年に初めて南アフリカ代表のキャップを得た。しかし、最初から鉄壁のディフェンスを誇っていたわけではない。
 同年8月8日におこなわれたTRCのアルゼンチン戦ではWTBに入り、トイメンのフアン・イモフに3トライを奪われて打ちひしがれた。

 代表チームの低迷期も当事者として味わった。2017年のTRCではオールブラックスに0-57と大敗。その後、ベンチスタートが続いた時期もあった。

 しかし、努力と結果を積み重ねて信頼を得る存在となった。
 2023年W杯では7試合中6試合に出場。強豪相手の試合ではすべて先発し、デアレンデとコンビを組んだ。安定したディフェンスでチームへの貢献度はMVP級だった。

 雨中戦となったイングランドとの準決勝(16-15)では、キックオフから60分ボールを持たず、自分の役割に専心した。

 そのことを決勝前の記者会見で問われた時、「もちろんボールは触りたい。僕だけでなく選手ならみんなそうだと思う。ただ試合によって求められることは変わってくる。イングランド側の戦術もあり、ポゼッションを得る機会が少なかった。勝利に必要なことに徹して実際に勝つことができた。大事なのはそれだけだから、嬉しく思っている」と答えた。

 前述のワイルドナイツ戦後、W杯準決勝についてあらためて尋ねると「雨で外までボールがまわらない状況だった。自分の役割にベストを尽くしただけ」と言った後、「(ボールをよく動かす)日本ではあり得ないよね」と相好を崩し、日本のラグビースタイルへの愛着を伝えた。

「ボールをもらう、もらわないは自分ではコントロールできないから、コントロールできることにフォーカスしました。自分がやるべきことをやる。チームにエナジーを与えることも、自分の意志でやれます」

 2度の世界一を経験し、南アフリカに戻った後、国内のあちこちを優勝パレードで回った時の記憶はいつまでも鮮明だ。

「シヤの故郷で見た光景が忘れられません。貧困の問題を抱えた地域です。そこに笑顔があふれていた。自分たちの成し遂げたことの価値をあらためて理解しました」
 2019年大会後も、2023年のあとも、同じ感想を口にした。

 仲間や応援してくれる人たちのために、当たり前のように体を張れる人。8月17日にパースでおこなわれるTRCのオーストラリア戦では、12番のアムとCTBコンビを組んでプレーする。
 いつもと変わらずタックルし続ける13番であり続ける。

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