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アントワンヌ・デュポン[フランス代表、7人制フランス代表]◎「新しい世界で、立ち直った」
ワールドカップで果たせなかった夢をオリンピックで叶えたい。(撮影/松本かおり)

アントワンヌ・デュポン[フランス代表、7人制フランス代表]◎「新しい世界で、立ち直った」

福本美由紀


「考えれば考えるほど、どんどんはまってしまう。頭に試合のシーンがよみがえって、試合が進めば進むほど、どんどん辛くなる。だから早く眠りにつきたくなる。眠って、目覚めたら悪い夢からも覚めるような気がするから。でも、目覚めたら現実で、受け入れて前に進まなくちゃならないんだ。悲しいけど」

「孤独の瞬間だね。頭の中で、何度も、何度もその試合を繰り返すのだから」

「リードしていたのに逆転され、1点差で敗れたっていうシナリオで、これからずっとこの悔いを抱えていくことになるんだろうな」

「悔いることはない。その経験が君を強くしてくれるのだから」

 2023年11月におこなわれた、アントワンヌ・デュポン(2023年ワールドカップ、以下W杯。フランス代表主将)と、元サッカーフランス代表ティエリー・アンリの対談の一部である。
 自国開催のW杯の準々決勝で南アフリカに敗れたデュポンの目には、まだ涙が浮かんでいた。

 そこから前に進むために、新たな目標に向かって準備を始めた。トゥールーズでプレーを続けながら、7人制代表スタッフから与えられたトレーニングメニューに取り組む。
 年が明けて、初めて7人制代表の合宿に参加し、新しいチームメイトに迎えられた。2月には彼らとともにバンクーバーへ飛び、初めての7人制の大会(ワールドラグビー・セブンズシリーズ)を経験した。

 15人制とは異なり、参加チームは全て同じホテルに宿泊し、食事会場も共にする。チームも15人制代表はスタッフを含めると60名近い大所帯だが、7人制は20名程度。チームメイトやスタッフとの距離もより近く、アットホームである。

 試合のテンポが速いだけでなく、3試合をこなす日は分刻みのスケジュールの長い1日になる。試合が終われば次の試合のためにリカバリーしなければならない。食事もとって、マッサージや治療も受ける。終わった試合のレビューと次の試合のためのビデオミーティングもある。
 ロッカールームは他のチームとシェアするので、自分たちがリカバリーのためにお昼寝している時に、他のチームが試合前に大音量で音楽をかけ、円陣を組んで気合を入れている声が聞こえてくる。何もかもが初めての体験だ。

「彼(デュポン)はいま、この世界を初めて経験し、学習している。ベンチからグラウンドで起こることを観察することもとても大切。7人制のちょっとした決まり事を理解することができる。試合を重ねるごとに、学び、成長していくだろう。見事なタックルを決めているし、ラックに頭を突っ込みにいく。激しく闘いたいようだね。完璧だ」と7人制代表のジェローム・ダレット ヘッドコーチ(以下、HC)が言う。
 デュポンは激しく敵に襲いかかり、レスラーのようにラックで敵をめくりにいく。

 アタックでも大会を通じて自ら3トライをあげただけでなく、機転を利かせて味方のトライを演出した。大会を終え、チームは3位、本人は大会のドリームチームに選ばれた。
 続くロサンゼルス大会でも再びドリームチームのひとりに選ばれ、フランスは念願の大会優勝を果たした。19年ぶりのことだった。

 会場もデュポンの一挙手一投足に沸き、「一選手として参加する」という本人の謙虚な姿勢とは裏腹に、メディアもデュポンに光を当て、主催者もデュポンを前面に打ち出した。スタンドで観戦しているデュポンや、ウォーミングアップ中のデュポンがしばしば会場のビッグスクリーンに映し出される。やはり『スーパースター』なのである。

 何よりも、この新しい世界を本人が楽しんで、いきいきしている。

 それから約3か月が過ぎ、欧州チャンピオンズカップ決勝にデュポンの姿があった。7人制で身につけた猛烈なジャッカルで敵のボールを奪い、トゥールーズの優勝に大きく貢献した。

 100分間の激戦の疲れと優勝を祝う宴の余韻を残したまま、翌週にはワールドラグビー・セブンズシリーズ初のプレーオフ大会である「HSBC SVNS 2024 グランドファイナル」でも優勝し、フランス初の世界チャンピオンになった。
 とりわけ、イギリス戦で「スペースがなかったから」(デュポン)とハンドオフ。力ずくで敵をなぎ倒し、敵ゴールまで走り切って獲得したトライはSNSで世界を駆け巡った。今年のシリーズの、ルーキー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。

 もちろん、デュポン一人の力で優勝したわけではない。トゥールーズでも7人制代表でも、チームの固い結束と、チーム全員の勝ちに対する強い思いが、攻守にわたって感じられた。

 しかし、彼がいることで「チームが落ち着いてプレーできる」し、このXファクターを「敵は警戒しディフェンスに穴ができる」と、トゥールーズでも代表チームでもチームメートが口を揃える。やはりスーパープレーヤーなのだ。

 昨季、デュポンはトゥールーズと代表チームで29試合に出場し、2073分プレーしている。
 その後、2週間の休暇を挟み、W杯準備合宿が始まり、W杯に参加し、頬骨を骨折。手術から3週間で南アフリカとの準々決勝に出場し、過酷なプレッシャーを受けながら80分プレーし、敗退した。
 2週間の休暇後、トゥールーズに復帰して再始動しながら、そのフラストレーションを消化せねばならなかった。

 しかも、W杯期間中はメディアや人々の関心を一身に集めていた。特に負傷してからは度を超えていた。

「アントワンヌは背負わされ過ぎていたと思う。メディア、ラグビー、あらゆる意味で。確かに彼は偉大なラグビー選手だけど、彼にかかっていたプレッシャーはとてつもなく大きかった。彼はたくさんのことを抱えることができる人だけど、あまりにも多くのことを背負わせ過ぎた」と、トゥールーズでコンビを組むロマン・ンタマック(SO)は遠くから感じていた。

 トゥールーズのユーゴ・モラHCも、「アントワンヌはあまりにも1人だった」とデュポンの置かれた状況に対して不満を漏らした。

 さすがの『スーパーデュポン』も心身ともに疲弊した。ラグビーへの愛も見失っていたのではないだろうか。
 そんな彼に、セブンズという新しい世界での挑戦がラグビーの楽しさを思い出させてくれたような気がする。失恋の傷は新しい恋が癒してくれるように、ラグビーで受けた心の傷は新しいラグビーが癒してくれた。

 以前は感情を顔に出さなかったデュポンが、最近の試合では闘志をむき出しにしている場面が見られる。この数か月でバージョンアップしたデュポンを見ていると、一体どこまで進化していくのだろうかと思ってしまう。

 ティエリー・アンリが「ほらね、強くなっただろ」と微笑んでいるのが目に浮かぶ。

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