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勝っても負けても同じ方を向いて進む。<br>藤井雄一郎[静岡ブルーレヴズ/監督]
今季のブルーレヴズは開幕からの8戦を戦って6勝2敗の勝ち点26で4位。(撮影/松本かおり)

勝っても負けても同じ方を向いて進む。
藤井雄一郎[静岡ブルーレヴズ/監督]

田村一博

 青いジャージーと戦うのは、どのチームも嫌だろう。
 スクラムが重い。タックルが激しい。そしてフォワードにもバックスにもパンチの効いたランナーが何人もいる。

 開幕から8戦戦って6勝2敗。静岡ブルーレヴズが勝ち点26で4位につけている。昨季王者の東芝ブレイブルーパス東京にも勝った。
 昨季より2枠増の6チームが進めるプレーオフへ、周囲の期待は増す。自分たちも手応えを得ている。

 開幕3連勝後に横浜キヤノンイーグルスに敗れたものの、次戦でブレイブルーパスをパワフルに蹴散らしてたくましさを見せた。
 しかし、バイウイークを挟んでの東京サントリーサンゴリアス戦には敗れる。しかし落ち込むことはなく、翌週のリコーブラックラムズ東京戦には勝った。

 直近のトヨタヴェルブリッツ戦(2月15日)は赤いジャージーで戦った。いつもと変わらぬハードさで勝利をもぎ取った。
 試合序盤に挙げた10番のサム・グリーン、SH北村瞬太郎のトライは、FWが接点で前に出たから生まれた。後半の3トライは、モールを押し切ったものが2つと、圧倒したスクラムからのものが一つ。
 レヴズらしい勝ち方だった。

 圧倒的な強さを誇っているわけではないが、地力が高まっているのは誰の目にも明らかだ。
 そして、決してスマートではなく、やんちゃにも見える勝ち方が見る人たちを喜ばせる。
 息切れすることなくシーズンを戦い切ってくれる予感がする。

1969年5月28日生まれ。55歳。奈良県出身。天理→名城大→ニコニコドー→サニックスでプレーした。現役時のポジションはCTB。(撮影/松本かおり)


 チームを率いるのはレヴズの指揮官となって2季目の藤井雄一郎監督だ。
 3連勝した開幕からの3試合を、「結果はついてきていたものの、選手たちは、『もうちょっとやれるのにな』という感覚だったと思います」と振り返る。
 キヤノンに敗れた試合も、思うようにいかなかった点は明確だったから、同じような気持ちだっただろう。
 そんな4戦を終えて迎えたブレイブルーパス戦には、「持っているものを出し切らないと絶対に勝てない相手」の覚悟で臨んだ。

「その一戦に勝ち、もっと得点できたようなシーンもありました。東芝までの5試合で自分たちの強みも認識できたし、どうなったら自分たちが乱れるかということも分かったと思います。そういう意味で、今季ここまでの試合でいろんな経験ができていると思います」

 昨季は8位だった。前年優勝のクボタスピアーズ船橋・東京ベイとの2戦に1勝1引き分け、サンゴリアスに引き分けるなど健闘するも、中位のチームに負けたり、レギュラーシ―ズンのラスト2試合は大敗するなど、調子の波が目立った。

 今季に向けて外部からの大型補強はなかったものの、PRショーン・ヴェーテーやLOのマリー・ダグラス、ヴェティ・トゥポウ(FWバックファイブ)やSOサム・グリーン、シルビアン・マフーザ(CTB、WTB)の出場資格がカテゴリーAとなり、実質的な戦力アップとなった。
 新外国人選手はビッグネームではなく、必要な戦力、レヴズに合う選手を数人だけ仲間とした。

 チームがシーズン中盤まで好ピッチで走り続けられているのは、補強より育てる方針があるからだ。一人ひとりの選手たちの成長が大きい。
 プレシーズンから若い選手たちを起用した。そこで勝つ経験を重ねた。競争が高まり、チーム力が上がっている。

 選手たちの力を引き出す指導陣は分業制をとっている。
 藤井監督はアタック、そしてディフェンスのブレイクダウンを担当。アシスタントコーチたちも、それぞれ担当の領域で力を発揮する。
 堀川隆延コーチはキックオフとディフェンス。スクラムは田村義和コーチが基本的にコントロールし、長谷川慎コーチもアドバイスを送る。同コーチはラインアウトなどFW全般のプレーを任されている。

 日本代表を地獄の格闘トレーニングで鍛え上げたジョン・ドネヒュー コーチは選手たちのタックルスキルを高めている。S&Cコーチのアダム・キーン コーチも日本代表を鍛えた人。スクラムからのアタックとジェネラルスキルについては、昨季限りで引退した矢富勇毅コーチが見る。
「1週間の最初に次の試合のゲームプランを作り、それに沿って各コーチが指導します。そのやり方もうまくいっています」

ブレイクダウンの強さは、日頃から体をぶつけ合っている成果。(撮影/松本かおり)


◆世界とも戦った経験を生かして。


 藤井監督は2002年に母校・名城大で監督に就いたのを皮切りに、宗像サニックスブルースで長く監督を務めた(2005年度から2017年度シーズンまで)。
 2018年から日本のスーパーラグビーチーム、サンウルブズのキャンペーンディレクター、GMを務めた。日本代表の強化委員長、ナショナルチームディレクターも務め、2019年(8強入り)と2023年のワールドカップにジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチとともに臨んだ。

 歩んできた道すべてが指導者としての自分の財産となっている。とりわけ6年間に及ぶ日本代表強化に携わった時間は「自分にとっても勉強になった」と話す。

 テストマッチを戦う日本代表は常に短い期間でチームを作らないといけない。リーグワンとは時間の使い方が違うとはいえ参考にできることはたくさんある。
 海を越えて転戦したサンウルブズでの日々には、フィールド内外に、長いシーズンを戦い抜くヒントがたくさんあった。

 ブレイクダウンの強化が必須なのは、国内外に限らず現代ラグビーでは変わらない。個性派揃いの選手たちをチームにするためのアプローチのよかったこと、失敗したこともいまに生きる。

 ナショナルチームディレクターとして、リーグワンの各チームとコンタクトを取り、代表選手たちを見つめた時間も貴重だった。多くのチームの特徴をいろんな形で知ることができた。レヴズを強化する上で参考になった。

 代表チームのマネージメントに力を注いだ6年を終えてコーチングの現場に戻った就任1年目の昨季、シーズンを戦う中で気づいたことがあった。
 選手たちの疲労のコントロールに苦労した。

 レヴズの社員選手たちはシーズン中も練習がない時間に社業に就く。頭とメンタルの切り替えは重要だ。疲れを蓄積させないようにしたかったが、昨季はそれがなかなかうまくいかなかった。
 今季は工夫した。毎日同じ時刻に始めていた練習時間を、曜日で違うようにした。例えば1月最終週は、月火は午後、木金は午前中。午前練後、試合外のメンバーは出社する。

 そういった改善を図るとともに、走る量を減らすなどしてコンディションを整えた。プロ選手は、自分たちで調整する時間がある。走り足りない選手は、自分の判断で走ればいい。
 また、社員選手については、手当などの待遇面の改善をおこなった成果も出ている。

 例えば日本代表などに選ばれた際の手当てを厚くした。結果、プロ転向を望む選手や移籍する選手がいなくなった。
 プロ転向により高額サラリーの選手が増えたなら、それだけクラブの経営を圧迫するケースも出てくるし、(移籍などで)陣容も不安定となる。しかし、手当てアップで社員選手たちの考え方が変わるのならお互いにとってプラスとなる。

 藤井監督は選手、スタッフの一体感を自然な形で作る。モチベーションの高さや帰属意識が、チームのパフォーマンスに直結することを、いろんな立場で経験してきた。

 例えばビッグネームの移籍選手を採らない。
「よそのチームの選手はよく見える。いろんなチームを見ていても、完成された選手がほしくなる気持ちはよく分かる」としながらも、それによって既存の選手たちのやる気が失せることの方がチームにとってはマイナスだ。

「実績がある選手が、自分のチームに来た時に、同じように活躍できるわけではありません。特に、例えば自分と同じカテゴリーの出来上がった選手がやってくるなら、力をつけてきていた若手も落胆するでしょう。何人もの選手が他から来るとなれば、チームの空気がどうなるか」

日本代表でも一緒に働いた長谷川慎アシスタントコーチ(右)と。(撮影/松本かおり)


 シーズンの反省や悔しさを翌シーズンに晴らしてみせる。反骨心をチームが成長するためのエナジーにしたい。そういった、人の内面も大切にする。
 日本代表を率いていたジョセフHCもそうだった。

◆尖ったところを大事にしながら。


 コーチ陣に関して、その分野に関しての指導能力も当然重視しつつ、信頼できる人を集めた。負けたら逃げ出す人ではなく、スタッフも選手も、次シーズン一緒に仕返ししようぜ、というスピリットを持つ人たちと仕事をしたい。
「勝っても負けても同じ方向を向いていけるスタッフが揃っていますし、そんなチームにしたいと思っています」

 チームカルチャーは、これまでのものを大切にしながら、新しいものも作っていくものと考えている。
 藤井監督は、もともとこのチームにあったものが自分に合っていたと言う。「自分たちのスタイルにプライドを持っているチームです。歴史の中で、(強化縮小など)一時苦しい時があり、そこを乗り越えた熱もある」。

 競争のレベルが年々高くなるリーグワンの歩んでいる道、そしてこの先は、インターナショナルの舞台のレベルが進化し続ける流れと似ている。
 つまり以前は自分たちの尖った部分を使い、なんとか勝てていたのに、いまはそれでは勝利できない。「いろんな強みを持っているチームが増えているので、ジャパンが勝つのも難しくなっていました」と話す。

 リーグワンでは自分たちの特徴的な部分を強調して勝てるかもしれないが、それもすぐに変わっていくと予想する。
 尖ったものは大事にしながら、トータルフットボールに対応しなければ頂点には立てない。そのためにも、「これはできるけど、あれはできないではなく、なんでもできる選手を一人でも多く育てたいと思っています」とする。日本代表としてプレーできる選手が育つチームにしたい。

 そんなビジョンがあるから、リーダーを中心に話し合って、自分たちで決断、行動できるチームであり、選手になってほしい。
 コーチ陣が方向性は示し、肝は伝えるけれど、選手たちに裁量も与える。

 そんな空気を作るも、指揮官は物を言うべき時には言う。そのタイミングを逃さない。
 例えば、普段は大事なことだけを話すリーダーの口数が多くなり始めた時に気づく。日本代表も含め、長くチームを見てきて共通しているのは、それは、リーダー自身の調子が悪いとか、うまくいっていないことが多い。
 そんな予兆を感じれば、相手がクワッガ・スミスだろうが時間を作って話す。

2024-25シーズンのチームスローガンは「ONE STEP AHEAD」。(撮影/松本かおり)


 見つめることは大事だ。選手やチームの変化に気づく。
 ブレイブルーパスに勝ったあとの最初の練習時、選手たちがそれまでとまったく違う空気を漂わせていた。そこから数日、日に日に成長するチームの姿があった。2019年のワールドカップで、アイルランドに勝った日本代表と同じような感じだった。

 それでも直後のサンゴリアス戦には負けたのだから、ラグビーはやっぱり難しいのだけど、藤井監督は代表マネージメントの仕事から現場でのコーチングに職場を移し、「チームの成長も感じられるいまが楽しい」と表情を崩す。

 ブルーレヴズにはタックルバッグもコンタクトスーツもない。
「だから試合前のウォームアップも生でぶつかり合っています。それが当たり前になると、怪我をしなくなるんです」と愉快そうに笑い、「選手たちは、相手がコンタクトバッグを使っているのを見ると、よし、と思っているんじゃないですかね」と続けた。

 マストウィンの使命感のもと、日本代表時はテストマッチで勝つ確率を高めるラグビーを築き上げようとしていたけれど、いまは、やっているほうも応援するファンも楽しめるラグビーを目指す。
「セットプレーが強くてスキルを高めたら、相手はどこから攻めてこられるか分からないでしょう」と言う顔は、いたずらっ子のように見えた。


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