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自分たちのチーム。大田尾竜彦[早稲田大学監督]
おおたお・たつひこ。1982年1月31日生まれ。佐賀工→早大→ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)。現役時代のポジションはSO、大学4年時は主将を務めた。2004年度から14シーズン静岡でプレー(2017年度で引退)。その後、コーチを務めていた。2021年から現職。日本代表キャップ7。(撮影/松本かおり)

自分たちのチーム。大田尾竜彦[早稲田大学監督]

生島淳


 昨季の大学選手権準々決勝で、京都産業大相手に完膚なきまでに叩きのめされた早稲田。4年目を迎えた大田尾竜彦監督は昨季の敗戦を受け、こんなことを考えたという。

「今まで築き上げてきたものが崩れてしまった。そんな思いもありました。監督になって3年目にこんな結果になってしまい、責任を痛感せざるを得なかったです。すべてを変える気持ちで向かわないと、早稲田の未来はないかもしれないという危機感を持って今季の強化に入ったわけです」

 5月から始まった春季大会は好調だった……帝京大と対戦するまでは。

流通経済 68対7
東海   59対26
明治   36対26
法政   52対14
帝京   7対60

 帝京大には敗れたものの、春には大きな収穫があったと大田尾監督は振り返る。

「総論でいえば、(佐藤)健次や矢崎(由高)が代表合宿に参加したり、昨季までのレギュラーを張っていた選手にコンディション不良があったりと、決してベストな状況ではありませんでしたが、この5か月間で積み上げてきたことには、進歩が認められると思います。今年の春は、スクラムとディフェンスに時間を集中投下しました。アタックはまだ手をつけていません。昨年は帝京、明治、京産大にはスクラムから崩されてしまったという苦い反省がありましたから。スクラムについては、春の2戦目、東海大戦をひとつのバロメーターとして重視していますが、ここでかなり手ごたえがつかめたんですよね。そして明治相手にも有利に組める局面が多く、学生たちはかなり自信をつかんだはずです」

 春を通して、FWの選手たちには大きな成長が見られたと話す。

「フロントローでは、プロップの杉本(安伊朗・2年 國學院久我山)、亀山(昇太郎・4年 茗溪学園)が強くなったと思いますし、ロックでは栗田(文介・3年 千種)が本当に安定したプレーをしてくれたことで信頼度が増しました。4番で出場することが多かった西浦(剛臣・4年 ハミルトンボーイズ高)もいい働きをしてくれています。三列は競争が激しくなってきて、田中(勇成・3年 早稲田実)、萩原(武大・3年 茗溪学園)、そして1年生の城(央祐 桐蔭学園)も堂々とプレーしてくれていました」

 バックスも新戦力の台頭が目立った。
 センターには代表合宿にも一時招集された福島秀法(3年・修猷館)、黒川和音(3年・茗溪学園)、森田倫太朗(2年・報徳学園)らによるポジション争いが激しいが、異彩を放っているのが1年生の身長192センチの平野仁(法政二)だ。

「帝京大戦ではC戦に出場して1トライ取りました。長身を生かした懐の深さは、日本人のセンターとしては独特のものがあります。平野は大器だと思っていますし、大きく育てていきたいです」

 平野だけではない。他の1年生の活躍も目立った。明治戦では、途中出場した1年生の田中健想(桐蔭学園)が見事なボディバランスを見せて右隅にトライ。

「田中は柔道をやっていたこともあって、コンタクトエリアでの体のコントロールが上手です。それにいつも淡々としている選手でして(笑)、プレッシャーがかかる場面でも1年生らしからぬ落ち着きをもってプレーしています」

 そのほか、浪人を経て憧れの早稲田に入学した植木太一(関東学院六浦)も帝京大とのB戦ではFBで出場。今年の早稲田は、下級生の突き上げが激しいのが特徴だ。

この春は明大戦だけの出場だったNO8松沼寛治(右)。ここからコンディションを高め、ルーキーだった昨季以上の活躍が期待される。(撮影/松本かおり)

◆『改革』。突き刺さった学生たちの声


 新戦力の台頭という明るいニュースもある。しかし、新チームの立ち上げにあたっては、大田尾監督にとっては葛藤が続いた。

「京産大に敗れて年越しできなかっただけでなく、早稲田としての危機だという感覚がありました。そこで1月上旬にマネージメントスタッフとも話をして、『学生たちに無記名でアンケートを取ったらどうか』というアイデアが出ました。中には、あまり意味がないのではないかという意見もありましたが、私としてはすべてを変える気でないと、未来はないという思いで、学生の声を聞くことにしました」

 学生たちから集められたアンケートを読むことは、大田尾監督にとって耳が痛いものが多かった。厳しく、冷めた意見もあった。「学生たちの本当の心の声が聞けたと思います」と監督はいうが、中でも気になった言葉があった。

「一生懸命やっているのに、自分たちのチームだという感覚があまりない」

 監督はこの言葉を読んだ時、「ああ、そういう感覚だったのか」という気づきがあった。

「的を射た言葉だったと思います。やっていることに間違いはないけれど、自分たちでチームを作っているという感覚が薄い。実際、アンケートでは戦略、戦術に関する疑問はほとんどゼロだったんです。だとしたら、コーチ陣として、学生たちのこの気持ちに応えなければならないと思いました」

 学生たちが情熱をもってチーム運営に携われるチームにするにはどうしたらいいのか? その問題点は、「コミュニケーション時間の絶対的不足」にあると考えられた。
 そしてその問題を解消するために決定したのは、練習時間の変更だった。

 2023年度は、早稲田大学の時間割が変わり、1限が朝8時50分からとなった。そして4限が終わるのが16時45分、5限が18時40分までとなった。時間割を工夫したとしても、4限まで授業がある選手も多く、そうなると練習に参加できるのはどう頑張っても18時くらいになってしまう。そこで昨季は朝練習をメインに据え、全員が練習に参加できる環境を整えようとした。

「2022年まではコロナ禍が続き、全員一緒の練習ができませんでした。これはいろいろな意味で弊害があって、これから這い上がっていこうとする選手たちが、A、Bの選手たちの練習ぶりを見られない。つまり、お手本が見られなかったわけです。時間割が変わり、全員が揃う時間はどこかと考えて朝に練習時間を変更しました。それはそれで、一定の成果はあったと思います。ただ、練習が終わると選手たちは授業に向かわなければならないので、練習での修正点を学生とコーチが話し合ったり、ユニットで少し残って合わせる練習をする時間が取れませんでした」

 大田尾監督は「正規の練習」以外の時間を大切にしようと決め、再び練習時間の変更を決めた。
「いまは夕方16時半から17時くらいに集合して、全体練習が19時か19時半までという流れにしました」

 この変更によって、コミュニケーションの面では大きな改善が見られたのは間違いないと大田尾監督は話す。ただし、日本一になるためには、まだまだ改善が必要だとも感じている。

「やっぱり、学生スポーツですから、最後は4年生が主体になってチームを作らないといけません。学生たちが『自分たちのチーム』だと確信するようになるには、コーチ陣が過剰に介入してはダメで、0から10まで、すべてをお膳立てするのは早稲田じゃない。その意味で、学生たちが物事を決めていく『余白』を作っています」

 余白を作る意味でも、適切な距離感をつくることを意識している。
「僕たちが学生のときは、社会人コーチたちに介入してほしくない部分が明確にありました。自分たちのチームなんで、という意味で。監督になってからもその感覚が残っていて、『そのエリアは君たちがやりたいところだよね』という思い込みがありました。そこで遠慮した面もあったんですが、交通整理をしてあげてから、学生に任せる方が上手く運ぶときがあることも分かりました。夏合宿ではコミュニケーションの密度が高まりますから、さらにチーム力を上げていきたいですね」

 学生たちにとってもチャレンジの夏となりそうだ。1990年代までの早稲田は学生の「自治」が強いチームであり、数々のリーダーが育っていった。大田尾監督としても、学生たちに望んでいることがある。

「僕らが学生のころは、かなり学生同士がやりあっていたんですよね。荒ぶるを歌うためにやっているのに、お前はなにをやっているんだとか、平気で詰めていましたからね。衝突を回避しなかった。そうした点が、まだまだ足りない気はします」

 もっとも、学生たちに同情する余地はある。今の大学4年生は高校3年の時にコロナ禍が始まり、「密を回避すること」を求められてきた世代であり、チームビルディングの経験が不足しているとも考えられる。

「練習が終わったらすぐに帰れって言われるの、さびしいですよね。早稲田も一昨年まではそうでした。そうした時間を取り返すというわけじゃありませんが、いろいろ話し合ってほしい。4年生であれば、一緒にお酒を飲むのもいいんじゃないですか。それだけでもチームは強くなると思います」

ラストイヤーに懸ける佐藤健次主将。写真は昨季の帝京大戦。(撮影/松本かおり)

◆最後はキャプテン。


 さあ、菅平の夏がやってくる。
 ターゲットは6月に上井草のグラウンドで大敗を喫した帝京との再戦である。大田尾監督は春の帝京戦を次のように振り返る。

「それまでが順調だっただけに、チャレンジャーではなく、若干身構えてしまったところがあった気がします。がっぷり四つに組んでしまったというか。ウチの選手たちとすれば、これまでは2メートル前進できていたところで前に出られず、後手を踏むことになりました。そして取らなければいけないところで取り切れず、そのうちにスコアを離されてしまい、主導権を握られてしまった。帝京さんの圧力に負けない強さを身につけなければいけないことを、選手たちは実感したと思います」

 この試合では、帝京のキャプテン、青木恵斗の存在感が際立った。キャプテン自ら3トラをあげる獅子奮迅の働きを見せたのである。大田尾監督も、青木の活躍には脱帽だった。

「青木君の存在感が光りましたね。ウチが良いディフェンスをしても、その組織を超えて青木君という個人が突破してきた。大学ラグビーのキャプテンとはかくあるべしという姿を見せていました」

 夏から秋にかけ、早稲田はどんな陣容で臨むのだろうか? キャプテンの佐藤、そして代表から帰ってくる矢崎も重要なピースになる。特にエディー・ジャパンでFBの定位置を張っている矢崎に対する期待は大きい。

「矢崎に対しては、『どのカテゴリーに参加しても、そのチームが求められることを実行してほしい』ということを伝えました。ジャパンで求められていることで成果を出しても、早稲田ではまた違うラグビーがありますから。今のところ、日本代表ではのびのびとやらせてもらっているのかなと思います。とにかくラグビーに対して真剣だし、それに意欲がありますから。早稲田にとっても勝つためには必要な選手ですから、大いに期待したいところです」

 佐藤、矢崎の復帰に加え、前述の春に活躍した選手のほかにも、ケガで離脱していたNO8の松沼寛治(2年・東海大大阪仰星)、SH宮尾昌典(4年・京都成章)の復帰も見込める。

「けが人が復帰して、夏からはアタックに時間をかけていきます。今年は11番、14番を柱にアタックを組み立てていきたいですし、対抗戦が始まったら、10番は固定していき、シーズンが深まるにつれてユニットとして熟成させていきたいです」

 春はSOを野中健吾(3年・東海大大阪仰星)が務めることが多かったが、コーチ陣の構想としては、野中は12番の方が能力を発揮できるのではないかという。

 そうなると期待したいのは、大田尾監督の佐賀工業の後輩でもある服部亮太(1年)だ。花園で見せたキック力は高校生レベルでは図抜けていた。

「服部もケガをしていましたが、徐々に練習を始めています。たしかにキッキングスキルがあります。長短、スピード、コントロール。彼がケガから戻ってくれば、早稲田としてはオプションが増えます」

 多士済々。能力の高い選手たちが多いだけに、メンバーがそろっての帝京との対戦には大いに興味をそそられる。しかしなんといっても、早稲田が光るか否かは、キャプテンの佐藤健次の双肩にかかっている。

「最後はキャプテンですよ。健次が日本代表で学んだことを、そのまま早稲田に移植しようとしてもうまくいかないことがあるかもしれない。そうした葛藤を経て、リーダーシップを発揮して、いいチームをつくっていって欲しい。健次は帝京の青木君とは桐蔭学園では同級生ですし、青木君を超えるキャプテンの力を見せてほしいと思っています」

 大田尾体制4年目の夏。
 帝京という高い山を越えるための夏が始まる。



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