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2月2日。関空から約8時間のフライトを経て、オーストラリア・ブリスベン空港に到着した。日本とは真逆の夏。荷物を受け取って外に出ると、すぐに強い日差しに迎えられた。早々に上着を脱いだ。
なぜ、ここへ来たのか。
クイーンズランド州ゴールドコーストに拠点を置く、ボンド大学ラグビークラブ(Bond University Rugby Club)。私はこの女子チームの2か月限定スポットコーチとして加入することになった。まずは、このコーチング留学に至るまでの経緯を説明したい。
昨年の今ごろ、私は在阪テレビ局の社員だった。2020年に新卒で入社してから、主な収益となる広告セールスの営業デスクとして働いていた。フジテレビで話題になったCMの「AC差し替え」は、まさに担当していた業務の一つだ。
初配属は東京支社の営業局で、3年目の夏に大阪本社の同局へ異動した。社業と並行しながら、ライター、そして母校の大学ラグビー部のコーチとしても活動。大阪に移ってからは、ほぼ毎週末、コーチングのために自費で東京まで通った。

働いていた当時も、いま振り返っても、職場は恵まれた環境だった。営業に身を置きながら、上司の計らいで高校ラグビーの中継業務にも携わらせてもらった。人も温かく、素晴らしい会社だった。
ただ、学生時代にできなかった留学への熱が再燃し、外に出て勝負したくなった。また、今後のキャリアを見据えても、自分には英語と海外経験が必要になることを実感していた。就職活動のときはそんなことを考えもしなかったが、気持ちはどんどん膨らみ、昨年の1月に思い切って退職届を出した。温かく送り出してくれた会社には、感謝してもしきれない。5月に正式に退社し、すぐに留学するつもりだった。
そんなときに縁あって出会ったのが、佐藤秀典さんだった。2015年、2019年のワールドカップでジャパンのチーム通訳として、エディー・ジョーンズ、ジェイミー・ジョセフの側近を務めた。デスメタルバンドのボーカルという、一風変わった側面を持つことで知った方も多いかもしれない。
佐藤さんは現在、横浜キヤノンイーグルスの通訳、そして大阪市内にある履正社国際医療スポーツ専門学校外国語学科のGMも務めている。通訳やトレーナー、チームスタッフなど、スポーツ業界で働く英語人材の育成を目的として2020年に旗揚げしたこの学科。立ち上げからカリキュラム作成まで、佐藤さんはすべてに関わった。
私は高校時代、英検2級を取ってから8年もの間、英語の勉強からはまったくと言っていいほど離れた。恥ずかしながら、大学時代はTOEICを受けたこともなかった。だから、まずはこのスポーツ英語に特化したプログラムを受けることで、私は1年間の準備をすることにした。
プログラムには、オリンピック実況のディクテーション(書き取り)や英語でのトレーニング指導、そして佐藤さんによる通訳講座も設けられていた。そのテクニックや思考は目から鱗の連続だった。勉強の甲斐あって、半年余りでTOEICは800点台まで上昇。また、佐藤さんが20代だった時のお話や、その生き方にも刺激を受けた。
母校のコーチを3年、そしてスポーツライターとして書き続ける中で気づいたのは、コーチングとライティングは密接な関係にあるということ。どちらも、選手やチーム、目の前に起きている物事を観察することから始まる。藤島大さんは「見つめる」とよく表現されているが、まさにそこからすべてが始まるのだ。密接だからこそ、今はどちらかに絞ることなく、両方に繋がるような経験を積みたかった。
この2か月のコーチング留学は、佐藤さんが育ったゴールドコーストに持つ独自のルートから実現したものだ。ボンド大学ラグビークラブには、甲谷洋祐さんという日本人のS&Cコーチがいる。甲谷さんは、かつて全日本の女子バレーや、ラグビーではジュニア・ジャパンやサントリー、ウエスタン・フォースでS&Cコーチとして働いた経験を持つ。佐藤さんと甲谷さんのつながり、そして甲谷さんがチーム側に交渉してくださったことで、今回の受け入れに至った。
ボンド大学ラグビークラブに所属する選手のバックグラウンドは、男女問わず多様だ。「大学」と付くが、実態は大学が施設や資金を提供しているクラブチーム。チームメイトの多くが、日中は会社に務めていたり、あるいはフリーランスとして仕事をしていたり。ジュニア・ワラビーズの選手や7人制代表としてプレーしていた選手もいる一方で、2児の母で練習に子供たちを連れてくる選手もいる。
チームメイトの出身地も、カナダやブラジルのナショナルチームでプレーしていた選手や、イタリアでのプレー経験がある選手など、一言で海外といってもグローバルだ。同州の選抜チームであるクイーンズランド・レッズのアカデミーとボンドを行き来している選手も数名おり、スーパーラグビーを間近に感じる。

また、女子チームは3年連続でクイーンズランド州のチャンピオンに君臨しており、7人制、15人制ともに多くの選手をレッズに輩出している。現に今シーズン、レッズの共同キャプテンを務める2人は、ともにボンド出身。ボンドでの活躍が、スーパーラグビー、そしてナショナルチームの道へと直結している。女子チームのヘッドコーチ、ローレンス(Lawrence Faifua)は、過去にレッズの女子チームアシスタントコーチとして指導していた。ローレンスはじめとするコーチ陣から、練習の組み方や選手に対しての接し方など、日々学んでいる。
とはいえ、見ているだけではなく、実際にパスやタックルのドリルセッションを任せてもらっている。もちろん、すべて英語。日本でやってきた準備が役に立ちつつも、選手やコーチから質問されたときは常に面食らう。現に、別のコーチから事前に「これ伝えて」と言われていたポイントを、自分の英語力の不足から説明できなかったときは、なんとも情けなく悔しかった。
それでも、セッション後に選手たちとハイタッチすると “Thank you Kenta” “Your English is getting better!” といじりながら声をかけてくれる。毎回、その言葉にどれだけ救われるか。限られた時間だが、学ぶだけでなく、彼女たちにも何かを残したい。
◆プロフィール
中矢 健太/なかや・けんた
1997年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。ラグビーは8歳からはじめた。ポジションはSO・CTB。在阪テレビ局での勤務と上智大学ラグビー部コーチを経て、現在はスポーツライター、コーチとして活動。世界中のラグビークラブを回りながら、ライティング・コーチングの知見を広げている。