
◆サッカーの高い壁を乗り越えるには。
アジアは世界最大のラグビー空白地帯と言ってもいいだろう。
世界の総人口の半分を占めるアジアのほとんどの国ではスポーツはサッカーに席巻されており、ラグビーはマイナー競技という分類に甘んじている。たまにアジアの国に出張した際に、ラグビーを知っているという人に出会い、うれしくなって話を進めていくと、結局その人がラグビーだと思っていたスポーツはアメリカンフットボールだったと判明。がっかりしたことは一度や二度ではない。
もちろん、このような状況が続くことは望ましくない。日本ラグビーにとっても、いつまでもアジアで孤高の存在であり続けるより、近隣諸国と競い合える環境にある方が、長期的な発展につながるのは明白だ。現在インドネシアに滞在中の筆者は、この国のラグビーに関する現状を目の当たりにして、その思いを一層強くしている。
さてインドネシアの人口は約2億8000万人で、世界第4位を誇り、東南アジア全体の約40パーセントを占めている。しかし、残念ながらこのアジアの大国ではサッカーが圧倒的に人気のスポーツであり、ラグビーの知名度は低い。ただし、過去20年の間に、この「ラグビー不毛の地」に競技を広めようと情熱を注ぐ人々の努力が実を結び、競技人口は急速に増加している。

そのラグビー普及に情熱を注ぐ熱い人たちの中心となっているのがインドネシアラグビー協会(PRUI)だ。同協会のユダ・ラモン副会長によると、インドネシアにラグビーを持ち込んだのはイギリス人で、1900年代初頭とのこと。しかし、第二次世界大戦やインドネシア独立戦争などの混乱で一旦、ラグビーは途絶えた。
その後、1971年ジャカルタに住む外国人がInternational Sports Club of Indonesia(ISCI)を設立、ラグビーが復活する。そしてこのISCIは香港セブンズの第1回(1976年)から第7回(1982)大会までインドネシア代表として出場、第2回大会(1977年)にはプレートで2位になっている。
その後、再び低迷期に入ったが、2004年にPRUIの原型となるIndonesian Development Rugbyが設立されてから現在に至るまで、ラグビーが発展してきた。現在、インドネシアでラグビーが盛んな地域は首都ジャカルタ、そしてバンドンを中心とする西ジャワ州、古都ジョグジャカルタ、そして観光地として有名なバリの4地域だ。
PRUI事務局長のフィクリ・アルアズハー氏によるとラグビー発展の理由を下記のとおり3つ挙げている。
①インドネシア人が比較的小柄であることを考慮し、初期の段階から7人制の普及をメインに置いたこと
②インドネシア国軍がラグビーを訓練の中に取り入れたこと
③国際協力機構(JICA)海外協力隊の支援を受け、各地で普及活動が実施できたこと
①に関しては、インドネシアでは15人制はほとんど行われていない。ジャカルタで行われる強豪4チームが参加する大会以外は基本的には7人制が採用されている。国際大会でも15人制の大会に出ることはあまりなく、7人制をメインにしている。
②は2010年以降に国軍が訓練の一環としてラグビーを採用してから各駐屯地などでチームが結成され、現在、国軍内でのコンペティションがいくつか実施されているくらいである。
③に関しては2017年にJICAと流通経済大学が連携協定を結び、それ以降、数十人の学生やOB、教員等がインドネシアに派遣されている。

20年前のジャカルタにはわずか2〜3チームしか存在しなかったが、現在ではチーム数が40にまで増え(国軍内のチームを除く)、インドネシアのほぼ全州にラグビーチームが誕生している。
競技人口も約5000人(国軍内のチームを除く)に達したとのことだが、総人口約2億8000万人のインドネシアにおいては、ラグビーの本格的な普及にはまだ長い道のりが残されている。
国会議員を10年間務めたPRUI会長のディディック・ムクリアント氏は「この広大なインドネシア全域にラグビーを普及させるためには、今後も多くの努力が求められる。アジア唯一のラグビー先進国である日本からの継続的な支援をお願いしたい」と日本のさらなる協力を要請している。
ちなみにムクリアント会長は今、インドネシアのネットフリックスで配信中の「ノーサイドゲーム」にハマっている。日本の企業を母体とするチームの運営手法を理解するには良い教材になっているとのことだ。
このように当地のラグビー関係者は、アジアでは唯一無二の存在である日本ラグビーを深くリスペクトしており、日本からの技術的支援を強く求めている。一方で、日本のラグビー関係者も、アジア地域、特に“お膝元”である東南アジアを支援したいという意思を持っているはずだ。
その点、日本も決して手をこまねいているわけではない。例えば、日本ラグビー協会は2011年から「アジアンスクラムプロジェクト」を実施し、アジアやアフリカ各国でラグビーの普及活動を展開している。
さらに、2013年には上記の③にも関連するが、JICAと「JICA-JRFUスクラムプロジェクト」の連携合意書を締結し、JICA海外青年協力隊員としてラグビー指導者を各国に派遣する取り組みも進めている。
このほか、外務省が主催する対日理解促進交流プログラム(JENESYS)では、ASEAN諸国からラグビーに関心のある大学生を日本に招待し、ラグビーを通じた国際交流が行われている。さらに国内のNGOも東南アジア各国で主に子どもを対象としたラグビーの普及活動を積極的に展開している。
このように日本の多方面からラグビー普及のため各国でさまざまな尽力がされている。インドネシアのように徐々にその効果が現れつつある国もあるが、依然、アジアではサッカーの壁がまだまだ高く、ラグビーの知名度は上がっていないのが実情だ。
◆リーグワンによるアジアのラグビー普及。
ここからはまったくの個人的意見というか願望である。
サッカーの壁を乗り越えるには、もう一つインパクトのあるプログラムを投入することが必要だろう。やはりここで登場して欲しいのはリーグワンの各チームである。やはり現地サイドも日本最高峰レベルからの支援や協力を期待している。
先にそのサッカーの例を紹介する。
Jリーグ全60チームの内、半数近くのクラブがすでに東南アジアを中心にアジア各国との海外事業・国際交流事業を推進している。特に、タイ、ベトナム、インドネシアでの事業活動数は、クラブ海外事業全体の7割前後を占め、年々増加の傾向にあるという(J. League Season Review 2023)。
事業内容はチームにより異なるが、主に各国のローカル企業や各国進出日系企業とのパートナー契約、現地クラブとの提携による選手や指導者交流、指導者育成サポート、現地スクール事業、その他のスポーツ関連事業などが実施されている。
また、Jリーグにおいては、近年レベルが向上している東南アジアのローカルクラブから有望な選手をスカウトすることも目的の一つである。もちろん、スカウトされた選手は戦力としてチームに迎え入れられるが、その影響は競技面にとどまらない。
例えば、2022年にインドネシア代表のアルハン選手が東京ヴェルディに移籍した際、同クラブの公式インスタグラムのフォロワー数は1か月で2.8万人から47万人へと急増した。
さらに、東南アジア出身の選手がJリーグに移籍したことで、現在では東南アジアのほぼ全域でJリーグの試合がテレビ放映されている。これにより、自国のスター選手を観戦するために日本を訪れるファンも増加し、インバウンド需要の拡大にも寄与している。
すなわち、Jリーグの東南アジア戦略は単なる選手獲得や海外市場の開拓だけではなく、日本国内にも一定の経済的利益ももたらしていると言える。
もちろん、東南アジアにおいてサッカーが圧倒的な人気を誇り、すでに確固たる地位を築いているJリーグと、ラグビーの現状が大きく異なることは十分理解している。しかし、何も行動を起こさなければ、ラグビーがマイナースポーツの域を脱することはできない。筆者がインドネシア各地を巡り、現場で得た実感としても、ラグビーに対する需要や潜在的なニーズは確実に存在している。
リーグワンが実施可能な具体的活動内容は、Jリーグが現在展開しているものと大きく異なることはないだろう。リーグワンもまた、現地クラブやラグビー協会との連携を強化し、指導者の育成や現地スクール事業の推進を通じて、活動の場を広げていくことが求められる。
特にPRUIは現在、インドネシア全国の小・中・高等学校やクラブチームのユース部門に同協会のラグビー普及委員や海外協力隊を派遣し指導活動を行い、底辺の底上げに注力している。リーグワン各チームはアカデミーやユースチームを運営しており、そのノウハウはインドネシアでも活かせる。

またJリーグのようにローカルクラブから選手を確保することは容易ではないが、不可能ではない。東南アジアにおけるラグビーの競技レベルは年々向上し、選手の体格も着実に大きくなってきている。その成長を決して軽視すべきではない。
実際にインドネシアのローカルチームの試合を観戦すると、もちろん全般的に技術レベルとしては高くはないが、「この選手はダイヤモンドの原石ではないか!」と思わせるようなプレーに出会うことも少なくない。
さらにリーグワンの各チームのスポンサー企業にとって、東南アジアは重要な市場であり、生産拠点を構える企業も少なくない。
例えば、スポンサー企業の工場が立地する地域でラグビー教室を開催したり、近隣の小・中学校で出張授業を行ない、ラグビーを紹介したりすることで、地域に対して良い社会的インパクトをもたらすことができる。それは単にスポーツの普及のみならず、企業の社会貢献活動としても意義があり、結果として企業イメージの向上にもつながるのではないか。
現実的に考えれば、リーグワンはまだ創立3年目であり、現在は活動範囲を拡げていく段階といえる。また、群雄割拠のリーグワンにおいて、各チームにとって最優先課題は戦力強化であり、ほとんどのチームが海外での支援活動にまで手を広げる余裕はないだろう。そうした現実を踏まえると、海外展開を進めるには、各チームの事情を考慮しつつ、段階的に取り組むことになるのだろうか。
ちなみにNTTジャパンラグビー リーグワン2023-24アワードの社会貢献賞を日野レッドドルフィンズが受賞した。笠原雄太選手のセネガル共和国での支援活動が表彰理由となっている。このようにチーム全体としてではなく個人単位でできることから始めても良いと思う。
リーグワン関係者によると、来年以降、リーグ全体としてアジアでのラグビー普及に本格的に取り組むというビジョンがあるとのことだ。また、リーグが主体となってアジアでのラグビー普及を推進するのであれば、単なる競技の普及にとどまらず、現地の社会課題に寄り添う形で活動を展開することが求められる。
例えば、スポーツを通じた教育プログラムの実施や、地域コミュニティとの連携を深めることで、より持続可能な形での普及が可能となるはずだ。
とにかくアジアにはラグビー開拓の需要というかニーズは無尽蔵に存在する。リーグワンのレベルの高い試合を東南アジアの人々に見せることができれば、ラグビーの知名度も上がり、ラグビーに関心を持つ人も増えるだろう。
リーグワンが日本国内におけるラグビー文化の発展に貢献してきたように、アジア全体においてもその存在感を示すことができれば、長期的に見てリーグや各チームの価値向上にもつながると確信する。
◆グローバル・ネットワーク
最後にこれも以前から思っていることなのだが…。
世界の主要都市には日本企業の駐在員が主体となっている日本人のラグビークラブが存在している。例えばロンドンジャパニーズ、ニューヨークオールジャパンラグビークラブ、バンコクジャパニーズ…、そしてインドネシアにはジャカルタジャパンラグビーギラ(JJRG)がある。

ほとんどのチームは、日本人会や日本人商工会議所などの傘下にあり、組織的にもしっかりと運営されている。またラグビーに関しても、余暇を楽しむという目的もあるが、練習中の凡ミスには厳しい指摘が飛び交うぐらい真剣にラグビーに取り組んでいる。
またジュニアレベルの育成、現地のラグビー協会とも親密な関係を築いており、ラグビー普及活動、そして奉仕活動まで行っているクラブもある。
日本ラグビーフットボール協会やリーグワンなどがこの全世界に点在している日本人クラブをネットワークという線でつなぎ、双方で情報を提供したり共有したりして、連携できれば、現地でもっといろいろなことができるのではないだろうか。

JJRGは、ジャカルタのクラブリーグにおいてビッグ4の一角を占める。実際にプレーしているメンバーは30~50名ほどだが、登録者数は100名を超えている。ジュニアチームの育成にも力を入れており、“卒業生”の中には花園に出場し、大学でもラグビーを続けている選手が多数いる。素晴らしい!
日本ではクラブチームの衰退が懸念されているが、海外ではラグビーを通じた結束がより強まるのだろうか。
いずれにせよ日本ラグビーがインドネシアの地で頑張っている。
※次回、Vol.2へ続く。