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『デジャヴュ』だ。
シックスネーションズ(以下、6N)第2節(2月8日)、イングランドに25-26で敗れたフランス代表キャプテンのアントワンヌ・デュポンの無念の表情。思い出したのはチャンピオンズカップ、彼のトゥールーズでの試合で、南アフリカのシャークスと戦った時のことだ。20-8と勝ちはしたが、ボーナスポイント(以下、BP)を取りこぼした。
プール戦を1位通過し、決勝トーナメントでより有利な位置につきたかった。そのためにはBPが必須だった。
しかし、高い湿度の中でおこなわれた1月12日のその試合、何度もトライチャンスを作り、「スペースができた!トライだ!」というところで、トゥールーズは「アン・ナヴァン」を繰り返した。
試合後、デュポンが「ボールがとっても滑った」とコメントしていた。
「アン・ナヴァン(en avant)」は、フランス語で「前へ」という意味でラグビーではノックオンを意味する。スローフォワードも「アン・ナヴァン」だ。日本でノックフォワードという呼び方に変わっても、フランスでは何も変わらない。
そして今回のイングランド戦。フランス代表は、敵にボールを持たせてカウンターを狙うといういつもの戦術から、ボールを持って積極的に攻める戦術に切り替えてた。
戦術自体は成功だったのかもしれないし、この戦術の転換を歓迎する声も多い。事実、何度もトライチャンスを生み出した。しかし、この試合でも、そのままパスを受け取って走り切ればトライというところで「アン・ナヴァン」を繰り返した。その数、27回。
試合後のデュポンは「ボールがとっても滑った。滑るボールで練習はしていたから言い訳にはならないけど」と繰り返した。
ファビアン・ガルチエ ヘッドコーチ(以下、HC)は、自分が就任してからの代表チームの勝率は80%(実際は77%)で、それは、これまでのフランス代表が到達したことのない成績だと主張する。
しかしサポーターの思いは複雑だ。「これだけ才能あふれる選手が揃っているのに、優勝は2022年の6Nの一度きり。少なすぎる」と賛同できない。

この敗戦によるフランスのメディア、ラグビー関係者、サポーターの落胆はかなり大きい。
歴史上の宿敵、イングランドに敗れたからだけではない。今大会の優勝が難しくなったからだけではない。落としてはいけない試合、しかも勝機があった試合を、『また』落としてしまったのだ。
思い出されるのが、自国開催ワールドカップでの準々決勝南アフリカ戦だ。その試合も1点差で敗れた(28-29)。自国サポーターの前でエリス杯を掲げる夢に別れを告げることになった。
そして、この南アフリカ戦で見せた『弱み』が改善されていないことが、このイングランド戦で露呈された。「大丈夫なのか?」と疑念も生じた。
フランスは、相手のアタックのミスから火花を散らすようなカウンターでトライを奪うことを得意とする。しかし、手堅く守り、キックを多用して落下地点にプレッシャーをかけてくるチームが相変わらず苦手なのだ。
この日のイングランドも、キックを多用し、全身全霊でディフェンスした。戦前の予想は有利だったにも関わらず、フランスは勝てなかった。
苦手を克服できていないということではないか。
相変わらずハイボール処理も苦手だ。57分のイングランドのトライが顕著にそれを示している。
FBトマ・ラモスがPGを成功させた後のリスタートのキックオフだった。そのボールを、空中戦で戦力になることを期待されて抜擢されたLOユーゴ・オラドゥがミスする。ボールの落下地点を読み誤ってキャッチできず、イングランドのWTBトミー・フリーマンに渡してしまった。
イングランドはフェーズを重ねて前進し、SOフィン・スミスがゴール前にボールを蹴り上げる。不器用にまごついているWTBルイ・ビエル=ビアレをフリーマンが制してインゴールに持ち込んだ。
12-13と1点差に詰め寄った。まさに南アフリカ戦の『デジャビュ』だ。
一部の秀でた選手に依存してしまうということは、どのチームにもあることだ。フランスは、その依存度が大きいのではないか。
アタックのシステムでデュポンとラモスの2人が中心になっている。ラインをデュポンが動かし、後方からラモスが攻め上がる。またはキックを使う。この2人が存分に才能を発揮できる時は非常に効果的だが、イングランド戦のように、相手ディフェンスのプレッシャーを2人が受け、プレーや判断の精度を欠いてしまうとリスクが高くなる。
その意味では、出場停止のロマン・ンタマックに代わって、この試合で背番号10を背負ったマチュー・ジャリベールはよくやっていた。イングランドのLOマロ・イトジェとFLトム・カリーに厳しくマークされていたデュポンからボールを受け取り、アタックを指揮。トライチャンスを生み出す起点となっていた。
それなのにガルチエHCは、67分にジャリベールを下げた。SHノラン・ルガレックを投入し、デュポンをSOに配置したのだ。この采配にも「理解できない」という声があがっている。これだけの接戦でデュポンをボールから遠ざけた。彼のゲームへの影響力を下げることになる。
ルガレックに経験を積ませたいのだろうが、デュポンのポジションを変えたことにより、ディフェンスの組織も不安定になった。ジャリベールのタックルの精度(5/10)が原因ではないかという声もあるが、それは理不尽だ。WTBダミアン・プノーは7回中2回しか成功していない。
この試合のフランスのタックル成功率は78%と低い。ジャリベールだけの問題ではない。しかも、ジャリベールが下がってから、フランスは2トライを許し逆転された。
ハイボール処理のミスが失点に繋がり、一部のリーダーが攻略の糸口を見つけることができなければ行き詰まってしまう。
『デジャヴュ』だ。何度でも言う。2023年の南アフリカ戦を思わずにはいられない。

同じ構図なのだ。
堅い守備で相手を寄せ付けず、相手のディフェンスラインの裏を狙ったキックでプレッシャーをかける対戦相手。
同じ状況なのだ。
精彩を欠くデュポン、敵チームの厚いディフェンス、そして空中戦で劣勢に立つフランス。数分間の努力が数秒で無駄になる。
そして同じ結果。
内容は悪くなかった。むしろ優勢だっただけに残酷でフラストレーションの溜まる敗戦。同じシナリオの繰り返しだ。これが繰り返されることが問題なのだ。
これまで何度も絶好の機会を「無駄にしてきた」フランス代表は、弱点を克服しているのだろうか?
「慢心か?」と試合後の記者会見で質問を受けたガルチエHCは、「このグループに限って、そんなことは絶対にない」と否定したが、英国メディアはこぞってそこを指摘する。特に『ガーディアン』紙が痛烈に批判している。
「それはまだそこにある。長年にわたって代々のフランス代表チームに見られた精神的な弱点。才能や伝統にもかかわらず、彼らが歴史上最高のチームの仲間入りを果たすことを阻んできた悩みの種が。それゆえ、彼らはワールドカップやタイトルを逃してきた。またしても、彼らは(イングランドという)裸の肉体を前に、剣を手にしながらも必殺の一撃を放つことができなかった。どうすればチャンスを潰し、得点しない方法を見つけることができるのか。フランス代表のボールを持った時の独創的なプレーは観客を魅了するが、同時に信じられないほど多くのボールを失った。その想像力豊かな攻撃能力は、ボールを失う才能によって打ち消されてしまうほどだ」と書き出し、続けた。
「60分にプノーが決めたトライは見事に組み立てられたものだった。そしてイングランドの3回目のトライに応えるべく、試合終了5分前にビエル=ビアレが見せた、この日2本目のトライもそうだった。偉大さを目指すチームは、そこから負けてはいけない。しかし、イングランドは最後にもう一度攻め込み、途中出場のFBエリオット・デイリーが、フィン・スミスの最新の手品のようなパスを受けて走り込んだ。議論の余地はない。フランスが自滅したのではなく、イングランドが最終的に勝利を収めた。しかし、フランスが勝利するチャンスはとっくに不注意な手から滑り落ちていた」と締めくくっている。