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【楕円球大言葉】敗者の会見から。
2月8日のブルーレヴズ戦でゲームキャプテンを務めたブラックラムズの9番、TJ・ペレナラ。©︎JRLO

【楕円球大言葉】敗者の会見から。

藤島大

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 福島県双葉郡楢葉町のJヴィレッジ。海抜40mの位置にあるので東日本大震災の津波には襲われず、原子力発電事故への対応拠点となった。消防車や装甲車。芝の上にも各種車両の並んだ映像や写真を覚えている。

 2月8日。施設の一部、やや離れたところにあるので住所は広野町となるスタジアムでリコーブラックラムズ東京と静岡ブルーレヴズがぶつかった。32-24。後者の勝利。
 後半28分前後の敵陣深くでのふたつのスクラムが勝負を決めた。ベンチより投入されたフロントローがこれまた強く、押してP、さらに押してスクラムトライ。ブルーレヴズはブルーレヴズだ。

 背番号17の河田和大、同16で当日がデビューの作田駿介、同18のショーン・ヴェーテーはまさに殊勲に値した。身長はそれぞれ172㎝、175㎝、190㎝。背中から見ると急成長の会社の売り上げグラフみたいでおかしい。

 さて試合後の会見の言葉が本稿の主題である。正確には敗者の発言(以下、省略を含む引用は他会場を含めてリーグワン公式ページより。漢字使用、テニヲハなど一部変更)。

 福島に散ったブラックラムズのゲーム主将、TJ・ペレナラは「19」まで積み上がった反則について「それで勝てるチームはない」と認めて続けた。

「僕がいちばん自信を持っているのは、このチームです。よいコーチングのスタッフも選手もいます」

 敗戦に仲間のプライドを落とさない。前向きな表現だ。

「必要なのは、ひとりひとりが自信を持つこと。グラウンドで一貫性を見せ続けること。ツールは集まっているので、それに磨きをかけること。そうすれば、こういうタフな試合に8点差で負けるのではなく4点差で勝てるようになる」

 マイナス8をプラス8にと言わないところに説得力がある。あくまでもプラス4。オールブラックスで90試合の89キャップというSHの実感がそこに浮かぶのだ。

 同じ日。コベルコ神戸スティーラーズの共同キャプテン、ブロディ・レタリックは、本拠地で東京サントリーサンゴリアスに29-31の黒星を喫して、こう述べた。

「シンプルなパスキャッチをどれだけ高いレベルで遂行できるか」

 ここでは「パスキャッチ」を「キャッチパス」としたい。この場合のキャッチパス(catchpass)は「キャッチとパス(catch&pass)」とは違う。ひとつづりの用語である。そのことを10年前の新聞で知った。

 2015年9月。英国のガーディアン紙のアンディ・ブル記者が「いかにニュージーランドはラグビーの権勢を維持してきたのか」という現地リポートを書いている。
 フランスでのプロ選手経験もある作家のジョン・ダニエルは「ここではキャッチとパスは結びつき単語と化している」と説いた。いわく「それこそは根本的なスキルであり、子どもが最初に教わり、プロはいつまでもハードに練習する」。

 その記事から10年近く。現在はアイルランドもフランスも代表の面々は精密なキャッチパスを駆使できる。ただしトップ級に限らず、広く老若男女まで「つかんで放る」が上手な国は他になさそうだ。

 あらためてレタリックはオールブラックス109キャップ獲得の世界的なロックだ。スティーラーズを率いるデイブ・レニーもキウイ(ニュージーランド人)である。キャッチパスこそゲームの根幹とは熟知している。でもエラーはなかなか消えない。簡単なラグビーを簡単に行なうのは簡単ではない。

ヒートのFLパブロ・マテーラはD-Rocks戦でゲームキャプテンを務めた。©︎JRLO


 三重ホンダヒートは、ここまで全敗の浦安D-Rocksと秩父宮ラグビー場にて対戦。26-31で敗れた。ゲーム主将のパブロ・マテーラのコメント。

「最後に勝っていたとしてもハッピーではなかった」

 仮に白星でもうれしくない。キャップ107のアルゼンチンの重鎮は、ペレナラとは異なる角度でチームの誇りを保とうとしている。不出来でも勝てば喜ぶ存在ではもうないだろう、われわれは。

 開始23分。FKを得てマテーラはみずからのタップで突進。浦安の7番、繁松哲大をめがけて激しくぶつかる。札幌山の手高校-明治大学の26歳は地面に上体を打ちつけて担架でグラウンドを去った。会見では「自身のプレーで相手が負傷交代、その後の心理的影響は?」という質問があった。ハードなバックローは応じた。

「非常に興味深い質問です。もちろん、いい気持ちではありません」

 なるほど興味深い。なぎ倒しても、楕円球の同士のダメージが軽くなければ爽快ではあるまい。ただし反則ではないのだから遠慮や萎縮もしない。ラグビーは卓球ではないのだ。身体の衝突を含む競技にあって、無慈悲な闘争心と良心のどこが境界なのか。まさにスポーツの根源の問いでもある。

 横浜キヤノンイーグルスの沢木敬介監督。横浜でのクボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦を22-30で落として。

「相手の外国籍選手がどうこうと言っていたら一生勝てないですから。そこに敗戦のエクスキューズを持っていくのはよくない」

 イーグルスの11点リードの後半11分。スピアーズが動く。体重117kgのマルコム・マークス、127kgのオペティ・ヘル、身長205㎝のルアン・ボタらをいっぺんに投入する。誰が呼んだか「爆弾スコッド」。スコアの天秤はそこから反対に傾いた。

 そこで質問者は「リザーブのメンバーを見ると、後半のプレッシャーは想定できたのではないか」と聞いた。上記はその反応だ。

横浜キヤノンイーグルスの沢木敬介監督。いつも、言い訳なし。(撮影/松本かおり)


 これは学生ラグビーのほうがわかりやすい。高校のトップ級選手がたくさん集まる。まずまず集まる。少しは集まる。まったく集まらぬ。そこに生まれる差と「負けはしたけれど、この陣容でよくやった」の評価は記者など外の人間がすればよい。当事者にとって負けは負け。沢木監督は覇をめざす者の常識を語ったのだ。

 おしまいに勝者の言葉を。いや正確には勝者となる前のつぶやき。
 Jヴィレッジ。開始の45分ほど前。静岡の藤井雄一郎監督と話すと、悪童の顔でぼやいてみせた。

「ここまで7時間。シンガポールでの試合と同じ」

 サンウルブズのGМ時代にかの土地への遠征を経験したのか。なるほど浜松は遠い。長い旅の報いは自慢のフロントロー計6名の叫びであった。





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