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【楕円球大言葉】一撃サーブで決まらぬラグビー。
史上初の大会3連覇を果たした東京山九フェニックスのCTB古田真菜。決勝でも好タックルを見せて大会MVPに選出された。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】一撃サーブで決まらぬラグビー。

藤島大

 雪の予報もあった。なんとか細い雨にとどまり、それなりに冷える日曜。始めからおしまいまで熱を帯び、最後まで引き締まった攻防は続いた。

 2月2日の秩父宮ラグビー場。全国女子選手権決勝。東京山九フェニックスの鍛えられた堅守はとうとう乱れず、PEARLSの果敢な全面攻撃をはね返した。13-5。数字以上の快勝である。

 緊張に満ちた80分。記者席で思った。なぜ、おもしろいのか。

 中盤のペナルティーがなかなか得失点につながらないからだ。少なくとも、この午後はそうだった。公式記録のPの数は勝者が「12」で敗者は「15」におよんだ(他にFKはひとつずつ)。なのにトライは2対1である。

 これが男子なら、と、つい考えてしまう。以下はイメージ。ハーフウェイラインから少し自陣に入られたあたりのスクラム。組み合う前、レフェリーの示す「センターライン」よりフロントローの上体がほんのちょっぴり、わずかに前へ傾く。笛が響く。「2度目。ペナルティー」。あるいはタックルにつぐタックルでスタンドをわかせるも、こんどは、かすかなノットロールアウェー。長いタッチキックは22m線の内側へ。ラインアウト。モール。そのままか、ちぎれてか。ともかくトライ。

レフリーの笛が主役にならず、あくまでボールの動き、プレー、選手で勝負が決まるからおもしろい。この日は池田韻レフリーがゲームをマネジメントした。(撮影/松本かおり)


 球が動けば互角、押しても当たっても渡り合えるのに、しっかり春から準備を積んだ攻守の脇のところで白黒の天秤がどんどん傾く。あからさまなオフサイドや危険なプレーなら「P=ほぼ失点」という罪と罰は道理だ。ただ、トライラインよりうんと離れた陣地での「かすか」や「わずか」が勝負の命を奪うのはどうだろう。

 正論では「わずか」を撲滅してこそ覇者なのだろう。レフェリーのコモンセンス(社会の共通の認識や良識)は問われても、5㎝、0.5秒のあやまちもルールはルールと押し切って、罪ではありえない。

 ただ。この問題を書こうとすると「ただ」だらけになるが、ただゲームの魅力は削られる。観客や視聴者の喜びともかかわってくる。

 PEARLSは良好とはいえぬグラウンド状態にあって自陣でも中盤でも展開戦を志した。フェニックスのスペースを消すディフェンスを崩しかけて崩し切れず、攻めた際の反則を重ねた。ただし同格の男子よりキックの飛距離は限られるので、たちまち自陣ゴール前の大ピンチとはならない。「ピンチかも」くらいに収まる。プレースキックの射程もしかりだ。

 攻撃時に反則をおかせば、よくつなぎ、よく走った努力は虚しく消え、こんどは防御に回る。PEARLSはそこで敗れた。だがPすなわち被トライの窮屈さはなく、ゆえに総アタックをやめず、激しいコンタクトの応酬をファンは堪能できた。巧みなキック戦がつまらなくないように、雨滴のまじる冷気のさなか展開に徹する意思もまた楽しい。

 ラグビーはラグビーだ。女子のファイナルはただファイナルである。セットプレー、ブレイクダウン、守りの連係、パスの質に一級の見ごたえはあった。

 芝の上に大物がいた。2021年のワールドカップ覇者(コロナ禍で2022年開催)、ニュージーランドの一員にして東京およびパリ両五輪の金メダリスト、さらに17年の女子年間最優秀選手、PEARLSに加入のポーシャ・ウッドマンウィクリフである。

 さて重厚なキャリアの13番は大暴れしたか。本欄の責任で記そう。しなかった。フェニックスの前へ前へのライン防御、ハードなタックル(12番、古田真菜!)がよく封じた。いかに高名でも最盛でなければ自由にさせない。競技力のひとつの証明だ。

 前に述べたようにキックの距離は男子の国内トップ級とは開きがある。そして、そのことは試合の構造を大きく変えるとつくづくわかった。PEARLSはエリア中盤のスクラムでPを得ても、ときに蹴り出さず、もういっぺん同じ場所で組み合う選択をした。開始7分過ぎには自陣22m線内で球にからんでP獲得、そこでもスクラムを主審に告げた。まずリーグワンでは目にしない。 

 大きなキックでたちまちトライ圏侵入。そいつをテニスのハードコートにおける高速破壊サーブとしたら、こちらは赤土にラリーが持続するような感じだ。スコアの均衡は短時間では崩れない。

 後半10分。PEARLSは敵陣22m線と10m線の中間あたりのPをこんどはタッチキック、西村蒼空のひと蹴りはよく伸びて、ラインアウトで仕掛ける。「こうなったらサイトウでしょう」。まわりの同業者が口にした。日本ラグビー界の誇るゴール前スコアの達人、ナンバー8の齊藤聖奈はやはりインゴールへ。

写真中央は、この日のPEARLSが奪った唯一のトライを挙げた8番、齊藤聖奈。(撮影/松本かおり)


 敵陣の真ん中のP。直前のオープン攻撃で歓声を引き寄せた流れもあった。中盤の「わずか」のもたらす即得失点によぎる物足りなさはなかった。

 ものすごく速い選手、ものすごく速い攻めや守りはスポーツ観戦の醍醐味だ。しかし「ささいなきっかけであっさり得点。しかも何度も」はその範疇にない。

 ラグビーに「よい反則」はない。ないはず。ないだろう。ないと信じたい。中盤のPがほとんどスコアに結ばれぬなら、今回のファイナルにそんな雰囲気は皆無であったものの、将来、「ここはファウルでひとまず止める」式、したほうがよい反則の出現もありうる。

 P→モール→トライ(仮称PMT)の連続は妙を欠く。されど、反則したほうがお得、は、あってはならない。ジレンマ。この競技は人間の寛容と良心のありようをいつも問う。

 東京山九フェニックスとPEARLSの激突には、スクラムの優劣を除き、反則をさらおうとする意図のようなものがまずなかった。PMTの位(くらい)が高くないからだ。PよりB(ボール)がどこまでも主役で、継続と確保と奪取にただ力を尽くし、結果、たとえば相手のノットロールアウェイが起きる。それだけ。だから、おもしろい。




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