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偏愛。かたよって愛すること。好きな言葉だ。
どちらかというとメジャーな対象については用いない。スポーツであれば大きくはない競技の大きくはないチームを凝視、こっそり手に汗を握ったり、かまわず声を張り上げる。
スポーツ新聞社に勤務時代、たまに社会人野球の春の大会を取材した。いるんですね。単身、ネット裏のほぼ無人の席に腰かけて、じーっと一投一打を見つめる本物が。なにしろ35年ほど昔、名を忘れたが、映画で目にする役者の姿がよくあった。つい、スカスカの記者席からその人を目で追ってしまう。キャンバス地のトートバッグに水筒を詰めて脇に置き、ほとんど打席から視線を外さず、コーヒーなのか、すっと飲んだ。なんだか尊かった。
以下、韓国の小説、弱小球団に心を奪われた少年のたどる道を描く『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』(パク・ミンギュ著)の一節。
「野球の好きな人は誰しも、自分だけのチームと選手を持っている。六〇年間野球を愛し続けてきた老人にとっても、昨日の夜野球に目覚めた中学生にとってもそれは同じだ」
その世界に「どこも似たようなもんだろ」という態度は成立しない。わかる。わかる気がする。
1月19日。ディビジョン3のルリーロ福岡は東京・調布のAGFフィールドに乗り込み、クリタウォーターガッシュ昭島戦に臨んだ。質素なスタンドに「ル、リーロ、ル、リーロ」の応援がしきりに響く。この午後の観客は「759」。しかも敵地なので声は束にならない。ならないのに「ル、リーロ」の響きは絶えない。少数の愛と熱の発露は大観衆の大歓声よりでっかく聞こえる。
地域との共生の旗を堂々と掲げるクラブを「マイナー」と評しては礼を欠く。この場合は、たとえば埼玉パナソニックワイルドナイツと比べれば、九州電力キューデンヴォルテクスと並べても「大きくない」という意味だ。
スコアほど攻守の崩れた印象は薄いものの26-64で敗れた。次節の結果を含めて、本稿執筆時点で得失点差「-177」の5戦全敗。苦闘、奮闘の創成期のクラブには、すでに遠路をためらわず、劣勢にも喉を嗄らすファンが存在する。この一点でルリーロ福岡はこの世にあってよかった。
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前半、観客席の隅で観戦した。背中の左のほうで数人の老齢の観客が楽しそうだ。ひとりディビジョン3に精通する人物がいる。どうやらウォーターガッシュ昭島の11番のひいきらしい。
「ハマゾエに回せ。おもしろいから」
濱副慧悟。174㎝の80kg。30歳。つくば開成高校から拓殖大学。おっ。球をつかんだ。きびきび。しゃきしゃき。足腰が強い。ここで「通」が隣の仲間に解説。
「キヤノンのタケザワ(竹澤正祥)、いるだろ。いい選手が。あれよりも足腰が強い」。ふたつ上のディビジョンにあって似た体格のランナーの名を挙げた。そして問題の一言。「でも、あれより不器用」。あっ、本稿の見解ではありません。
いいなあ。この観客席の感じ。弱々しくはない「マイナー」の心地よさ。ここにいる両クラブともいつか「上」へ去るかもしれない。ならば、どこかがここに収まる。そのことを前提に思った。「ディビジョン3」の「自分だけのチーム」にほれ込むのは悪くない。
ローカルの下部クラブは日本のラグビーにとって欠かせない。ディビジョン1のメンバー表に海外出身の「カテゴリーA」登録者はどんどん増える。すると、いわゆる「日本の選手」の枠はどうしても狭くなる。学窓を巣立ち、一流のレベルで競技を続けたい人間の行き場は限られる。
その事実は個人の可能性を閉ざすのみならず、この国のラグビーの足腰をもろくさせる。せっかく高校や大学で打ち込んだのに、そこから先、真剣勝負の機会がなくなれば、長い射程で地域の普及や部活動の強化もままならない。
東京の西にウォーターガッシュがある。福岡の筑後にルリーロがある。広島にはスカイアクティブズとレッドレグリオンズ、埼玉にはラガッツとレビンズがある。それは未来を示すだけでなく、実はこの国のラグビー競技の生き残りのための礎でもある。
てっぺんのクリーム、すなわちスプリングボクス級がひしめき、トンガやフィジーなどからの留学経験者の列も絶えぬトップのカテゴリーは、ますます「見るスポーツ」と化すだろう。際立つ体格や分厚い国際経験のアスリートによる高次元の激突。ディビジョン3なら「するスポーツ」の延長線上にとどまれる。おのおのが努力を積んで、成果をぶつけ合い、ちゃんとコンタクトの厳しさも戦術の練度もあって、なお、草の根とも断ち切られない。
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ここからは新しき者に伴走する特権について。ルリーロ福岡は2022年に創設。2024-25シーズンにリーグワン新規参入した。母体の企業なき集団は簡単には白星を引き寄せられない。負けて負けてまた負けた。さまざまな背景の選手の集う組織、勝負を突き詰める心構えに濃淡はありそうだ。
親愛なる支援者のみなさん。志を抱いて歩を踏み出した直後の連敗のヒストリーを目撃できて、そのことは、よく勝つようになり、さらに、めったに負けなくなると、むしろ自慢となる。「あのころは苦しかったもんね」。そう笑える。若者が身を粉にして働き、ついに開いた街角の酒場。その戸を最初に引いたようなものだ。やがて人気の店となって、齢を重ねた主人は「いちばん最初のお客さん」を絶対に忘れない。
ウォーターガッシュ戦。背番号7、久田侑典はさながら生きる鉄杭であった。痛覚なしの再三の衝突に人格は浮かんだ。松山聖陵高校から環太平洋大学。31歳。公式のメンバー表のサイズは「180.3/88.6」。小数点以下を律儀に記して、これは不気味か、はたまた、まじめか。たぶん両方だろう。知る人ぞ知る実力者、黒星にもかすまぬ不屈の闘争心を網膜に焼き付ければ、それは偏愛の喜びである。
会見を終え、ややあって、ルリーロの豊田将万ヘッドコーチが用具を手に明かした。
「スタッフはクルマで帰ります」
東京ー福岡。空路でも鉄路でもなく道路を走る。こんな苦労も、将来、チームが何事かを成したら、微笑ましい逸話となる。そのためには眼前の公式戦の準備においてクラブのすべてのメンバーが「最善の極致」を突き詰めなくてはならない。