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仰々しい言葉をつかうな。スポーツライターの鉄則だろう。でも、たまには書きたくなる。今回がそうだ。
12月22日。三菱重工相模原ダイナボアーズの「歴史の進歩」を目撃した。仰々しいといえば仰々しい。文明の未来との関連はいまのところない。ただ、ひとつのクラブのヒストリーはスッと前へ進んだ。
本拠で迎えるリーグワン開幕節。ダイナボアーズは浦安D-Rocksを31-19で退けた。トスに勝って強く吹く風上を選び、なのに自チームはノートライの9-11で前半を終えた。
ペナルティーを重ね、繰り返しのTMOによる遅滞もあって、勢いをつかめない。かたやD-Rocksはターンオーバーのスキルや敵陣深くでの決定力がさえて、不利な条件をうまくしのいだ。
「ギオンスタジアムはいつも風が強い。この3年で初めて風をうまく利することができませんでした」(ダイナボアーズのグレン・ディレーニーHC)
風下の後半は苦しむか。いや。D-RocksのSO(オテレ・ブラックと田村熙)が続けて負傷退場というアクシデントもあり、じりじり優勢に転じ、4トライを積み上げた。向かい風が迷いを吹き飛ばした。FW陣が球を手に前へ出る。ひたひたとモールをドライブ。陣地は刻めぬものの攻撃のスペースを創造できた。ひとりひとりの身体にキレがある。やはり鍛えられている。
ダイナボアーズはうまく運べぬゲームをものにした。一例でペナルティーは「19」に積み上がった。せっかく強風を背にする前半が「11」。だが負けなかった。
そこに歴史の進歩を感じた。2022-23のリーグワンは4勝1分11敗。2023-24が6勝10敗。ここにきて「うまく戦えたから勝てた」のでなく「うまく戦えなくても勝てた」。具体的な向上だ。その先が「うまく戦えば大勝」。
今季昇格の浦安D-Rocksが相手である。まだまだ「うまく戦えても届かぬ」や「うまく戦えず完敗」を含む一進一退はあるかもしれない。それでもコツンと殻を破る瞬間は進歩そのものなのだ。
後半21分。来年の5月までダイナボアーズに加入、南アフリカ代表スプリングボクスのスピードスター、カートリー・アレンゼが疾走、トライを決める。
リーグ公式のサイズは「180㎝・76㎏」である。しかし母国の報道の多くは「176」か「177」のはず、と、取材ノートにメンバーを書き写しながら思った。
試合後、本人に確かめた。身長、諸説あります。事実を。
「ワン、セブン、シックス。176㎝」。ちなみに現在の体重は?「エイティーワン。81㎏」。と、いうことです。
もうひとつちなみに第一言語は?
「英語ではありません。アフリカーンス」。そう英語で教えてくれた。オランダ語にも近い公用語のひとつだ。ありがとうは「ダンキィー」。
かつて、このクラブには小さな大選手がいた。2012年から14年度まで所属のシェーン・ウィリアムズである。WTB。「170㎝・80㎏」の体格でウェールズ代表87キャップを得てブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズでも4テストに出場した。
帰国直前の15年2月にインタビューした。サイズに恵まれずチャンスのなかなか訪れない日本の若者にぜひ助言を。
「自分自身にプレッシャーをかけないことです。ラグビーにとりつかれてはいけません。笑顔を忘れない。楽しむ。いつかチャンスがくると信じる。それまでの忍耐は求められます。私も心からハッピーと思えた時によいプレーができました。自分が楽しめば練習でも試合でもチャレンジができる。工夫して抜きにかかることもできる。そのうちにうまくいく。そうすれば自然に自信もつく」
あのときダイナボアーズの関係者がそっと明かした。
「あれだけの選手がいっぺんも不平を述べたことがありませんでした」
どうやらアレンゼも同じだ。182㎝の9番、岩村昂太主将が会見で述べた。
「生き方が素晴らしく、学ぶ姿勢を見せてもらっている」
ディレーニーHCの評価はこうだ、
「クラブハウスでの影響力が大きい。若手だけではなくベテランにもさまざまな経験を伝えようとする」
芝の上では速さはもちろん、軽量にして強靭の凄みを発揮した。空中のボールをまるでおそれない。前に壁があれば衝突も辞さず、ゲインを刻んだ。
スコアの場面。内に迫る田村熙を右の上体で跳ね飛ばした。なにしろワールドクラスの快足、なんとか追いつこうと防御の意識は外へ向く。初対戦の身なら当然だ。そこへコンタクトが襲った。あらためて「ものすごく速いということはものすごく強いということ」だとわかった。
アレンゼに質問。ダイナボアーズのカルチャーについて。「コーチに明確な計画があり選手はそれを遂行しようとする」。過不足なし。
後半5分。左プロップに17番の蜂谷元紹が投入され、きりっと伸びた背筋のスクラムで流れを引き締めた。東海リーグの中京大学出身。21年には愛知教員クラブに籍があった。スプリングボクスのワールドカップ優勝の一員であるアレンゼの同僚は、古き時代の三菱重工相模原を支えた「叩き上げ」の系譜にある。異なる背景がひとつに溶ける。ラグビーだ。
勝利会見。ディレーニーHCの次の発言は興味深かった。
「ハードワークの本当の意味を考えています。小さな子どもが私たちの試合を見てラグビー選手になりたいと思ったら、それもハードワークなのです。相模原の人々がラグビーを観戦し続けたい、かかわりたい、そう思ってくれることが私たちの最大の望みです。走ること、強さ、鍛えることはもちろんハードワークです。さらに深い意味があるのではないか。そのことを大切にしてきました」
ハードワーク=感動。一歩、半歩、また一歩とその境地へ近づく。国内最高峰リーグにおける連戦の本当の意義である。