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隣の芝生は青い。フェンスの向こうの緑はいつでも濃い。大学ラグビーの指導者の胸の内に生い茂る言葉だ。
いわく。あれだけ高校の有力選手が集まれば。いわく。入学難関といったって逸材は最後は伝統校に流れますよ。いわく。あちらは学費免除に栄養費まで。いわく。あそこは海外のエージェントを介した留学生が何人もいる。いわく。年間予算のケタがひとつ違います。いわく。いわく。いわく。
みずからのかかわるクラブ、そこにあるチームを少しでもよくしたい。およそコーチであるなら、そんな気持ちに偽りはない。あったら罪だ。本日もまた、おのおのの立場で全力を尽くす。それでも対戦校のほうが恵まれていると、つい思う。人情ですね。
だから12月14日の近藤翔耶の発言に感心した。東海大学のCTBで共同主将。明治大学に17-50で敗れ、シーズンを終えての秩父宮ラグビー場における記者会見である。
前半は激しいタックルやブレイクダウンで健闘するも、風上の後半に反則を重ねて勢いをなくした。よって敗因は。
「自分たちのことをコントロールできない。自律できていない」
質問から時間をおかず的確に応じる。学生にして「論客」だ。
明治の「多彩で上手なアタック」に対するチームの防御は「自分たちの見ている選手には機能していた。でも(さまざまな角度や方向から)入ってくる選手」をとらえ切れなかった。
理由。「プレー中の意思疎通、会話の質が足りない」。ゆえに紫紺と白のジャージィがアタックの「テンポを上げて」ディフェンスのセットアップ(備えや構え)が整わぬと、とたんに脆くなる。
背番号12の近藤翔耶その人は鋭く、力強くゲインを果たした。つかんだボールが生きていてもそうでなくとも同じように前へ運んだ。流れにまかせず、攻めても守っても、万事に意思があった。前半32分過ぎ、明治のリスタートを捕球の際の身のこなしはさりげなく、なお完璧だった。
180㎝、90㎏。東海大学附属大阪仰星高校の出身である。キャプテンシーを託された3年、花園の準々決勝で東福岡高校と引き分けた。21-21。抽選に退けられる。終了の笛が響いたのは実に「後半48分」の語り草の名勝負であった。
ティーンエイジャーにして負けたら(ときに引き分けでも)おしまいのノックアウトのこわさを叩きこまれた。もちろん勝ち進む醍醐味もわかっている。
対抗戦のチームはリーグ戦の相手と違うのか?
「接戦、ロースコアを経験している。それを言ってもしかたがないので、やはり自分たちがリーグ戦で選手権を想定した試合をできていなかったのかなと」
隣の家の庭でなく、自宅の芝の色を語り続ける。22歳のリーダーは「言い訳」を遠ざける、というより、そもそも知らない。
ではリーグ戦の優勝を逃がしたシーズン、東海はどこに課題を残すのか。
「練習の質。目の前に見えていることに対しては100%できる、そのことが得意な選手は多いんですけど、ひとつ違った視点を持って気をつかえる選手は少ない」
学生の新聞メディアである「東海スポーツ」の誠実そうな記者が、いちばん後ろの席から「後輩へ伝えたいこと」を聞いた。
近藤翔耶は珍しく、ちょっとだけ間をとって答えた。
「練習でいかに相手を想定してやるか。私生活でいかにラグビーの会話を増やせるか。もっともっとラグビーを好きになって、深い部分の会話を試合の前、試合の後にできるようになれば、より意思統一が図れると思います」
コーチの視点である。好きで好きでたまらぬにまさる上達法はこの世にない。青春の貴重な時間を費やすのだから、みんな好きだろう。そうかもしれない。しかし、好きと本当に好きは異なる。元日本代表監督、敬称略で大西鐵之祐の口ぐせを引くなら「ライクでなくラブ」。翔耶先輩は正論を述べている。
このところ関東大学リーグ戦勢の成績はふるわない。全国選手権では7大会続けて決勝進出に届いていない。昨年度も一昨年度も4強に残れなかった。会見で東海の木村季由監督は「理由」を問われた。
「うーん。こんど、ゆっくり話しましょうか。なかなか難しいですね。答えはひとつじゃないんで。緊張のあるゲーム、緊張感のある環境で(対抗戦は)やってる…。うちなんか入学してから鍛えて鍛えて4年になってレギュラーになる選手が多い。練習を重ねてレベルを上げるチームづくりなんで時間がかかる。経験値がなかなか上がってこない、という部分はあるかもしれませんし。ま、自分たちでコントロールできないことをいろいろ言ってもしかたがないので」
明治と比較して先発・リザーブのメンバーの高校でのキャリアには開きがある。ひとつの実相だ。ただし東海も大阪仰星を筆頭に複数の実力付属校と結ばれている。留学生の列も途切れず、南アフリカからもやってくる。
これだけは確かなのは、あらゆる大学、すべてのチームが「いまよりはよくなれる」ことだ。みずからの庭の芝のところどころが枯れたのはなぜか。どうすれば青くなるのか。コーチは考え抜くほかない。
あらためて近藤翔耶の「リーグ戦のさなかにも選手権の相手を想定」や「ひとつ違った視点」や「もっと好きになれ」という総括は内容のみならず態度においても正しい。
1993年度の冬。中央大学の当時の遠藤敏男監督を取材した。雑談で早稲田論になった。赤黒ジャージィの大学にはあのころ合格確実のスポーツ推薦制度はなかった。各部数名の枠にも落ちる可能性があった。すると、同シーズンに上位校を苦しめた指導者は「そこが強みではないですか」と話した。
「一般の受験を突破しているということは強い人間じゃないですか」。そうか。不利もまた角度によっては有利なのか。教えられた気がした。
いまここまで書いて、自分が都立国立高校のコーチであった時代を思い出した。机の上の優等生がもっぱら集い、スポーツ歴はささやか。ラグビー経験どころか確たる運動部経験もない部員ばかりだった。フェンスの向こうの緑は濃かった。ところが練習試合の対戦校の監督はこう言うのだった。
「国立高校に受かるということは中学で体育だって5でしょう。悪くないよ」
そこで緊急部内調査を行なった。総じて4か5。ただし「保健のテストがいつも満点」および「体育実技で球技のルールをあらかじめ暗記するなど予習に励んだ」成果であった。