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◆スーパーラグビーを脱退、ヨーロッパリーグへ。
スプリングボックスとしての活動は11月10日に対スコットランド戦から始まる北半球ツアー「オータム・ネーションズシリーズ」まで一時休止中。
代表選手たちは束の間の休暇を取ったあと、国内チームに所属している選手たちは先月より始まったユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(以下、URC)の試合に出場している。
このURCは日本での知名度が低いのでおさらいをしておく。このリーグは、南アフリカ(4チーム:ブルズ、ストーマーズ、ライオンズ、シャークス)をはじめ、アイルランド(同4)、イタリア(同2)、スコットランド(同2)、そしてウェールズ(同4)と、5か国16チームから構成されている。
ウィンドウマンスの時期などは試合間隔が空く時もあるが、シーズンは9月に始まり、翌年の7月に終わるというかなりの長丁場になる。
このURCとイングランドのプレミアシップ、フランスのTOP14がヨーロッパ3大プロリーグとされ、この3大会の上位チームが北半球のラグビークラブワールドカップといえるヨーロピアンラグビーチャンピオンズカップに出場できる。
URCはもともと1999年より開始されたウェールズ・スコティッシュリーグを礎とし、その後、2001年にアイルランドのチームが加わりセルティックリーグ、さらにイタリアのチームが加わったため2011年にはPRO12と、名称と形を変えてきた。
2017年には、スーパーラグビーから放出されたチーターズとキングス(※2020年にキングスは解散)が南アフリカから加わりPRO14となった。
2021年に同じくスーパーラグビーを離脱した前述の南アフリカの主要4チームが加わりレインボーカップに。チーターズとキングスには気の毒だが、両チームはレインボーカップから再び離れた。
なおレインボーカップはコロナ禍の影響もあり予選カンファレンスは南アフリカ、ヨーロッパ勢別々で実施され、それぞれのカンファレンスの優勝チーム、ブルズとイタリアのベネトンが決勝を争うということに。結果はベネトンがブルズを35-8で降し、イタリアのチームとして大会初優勝を飾った。
そして2021-2022年シーズンより装いも新たに4つのシールド(※アイルランド、ウェールズ、南アフリカ、スコットランド/イタリア)に分かれて、ホーム・アウェー形式で対戦し、上位8チームがプレーオフに進出できるという現行のシステムになり、名称がURCとなった。
さて、ではなぜ南アフリカの主要4チームはスーパーラグビーを離脱し、URCに加わったのか?
南アフリカラグビー協会(以下、SARU)がスーパーラグビーと袂を分かつことになったのは2020年、コロナ禍の最中であった。この時期、特にニュージーランドとオーストラリアは入国の規制が厳しく、国境を超える移動が依然として難しかった。
したがって2020年のスーパーラグビーはニュージーランドがスーパーラグビー・アオテアロア、オーストラリアがスーパーラグビーAU、そして南アフリカはスーパーラグビー・アンロックドとしてそれぞれが国内でコンペティションを実施した。
そして2021年については、このまま各国でのコンペティションの形は継続されることが決定した。しかし、ニュージーランド及びオーストラリアラグビー協会は国内シーズン終了後、5月から7月にかけて両国のチームがホーム&アウェーで対戦するスーパーラグビー・トランスタスマンを実施することを発表した。両国間のみは入国規制が緩和され、チームの移動が可能になったということがある。
変異株が発生しコロナ禍の被害が甚大だった南アフリカは取り残された形となった。
SARUからすると“蚊帳の外”に置かれたわけで、このスーパーラグビー・トランスタスマンをオセアニア2か国の“一方的な決定”と非難する。このことを受け2020年9月に開かれたSARUの総会で当時のPRO14との交渉を進めることを決定した。
その後にSARUのCEO(当時)、ジェリー・ルーは総会後のインタビューで「他の場所での行動(=スーパーラグビー・トランスタスマンの実施)がなければ、私たちがこのような判断を下すことはなかった」と皮肉を交えたコメントを残している。
確かに表向きはスーパーラグビーから南アフリカが出された形になっているが、SARUはこのコロナ禍の異常な状況を利用しヨーロッパへ主戦場を移したとする向きもある。
実はもともとスーパーラグビーというシステム自体が不公平であり、参加する意味がないという否定的な意見を持つSARU関係者やファンは一定数存在していた。
彼らが指摘するのは、近接しているニュージーランドとオーストラリアは有利で、地理的に離れている南アフリカには不利ということである。条件が異なる勝負をする意味があるのかという結論に繫がった。
スーパーラグビーはホーム&アウェーでの対戦となったが、確かに南アフリカは移動距離が長くなり、ニュージーランドとオーストラリアを転戦することが多かった。必然的に遠征期間が長くなるため南アフリカ選手はオセアニア2か国の選手より心身の負担は大きかったといえる。
そしてスーパーラグビーの終盤には日本のサンウルブズやアルゼンチンのハグアレスが加入し、さらに移動距離は増えた。
ちなみに南アフリカとニュージーランドの間には直行便がない。乗継時間を含めると、所要時間は20時間から30時間になる。
しかも両国間の時差は11時間と、日本とヨーロッパ以上の差がある。この時差は選手に影響を与えただけではない。スーパーラグビーの試合がニュージーランドで行われた際は、南アフリカの視聴者はかなり早起きを強いられていた。
そのような状況下もあり、SARUはヨーロッパリーグへの加入を水面下で進めているのではないか、という噂が2000年代初頭からあった。
ヨーロッパと南アフリカは時差がほとんどなく、移動時間もオセアニア2か国に行くことからすると半減する。もちろん北半球と南半球で季節は逆になるし、雨が多く、ピッチの状態が異なる。さらにシーズンが長いなどデメリットもあるが、収益の面も含めてそれらを上回るメリットがあると判断されていた。
もちろんSARUは噂が飛び交う度に否定していた。ただヨーロッパリーグ、そしてヨーロッパ市場に魅力を感じていたのは事実であろう。
そしてSARUは前述のとおり2017年、スーパーラグビーの規模縮小のために脱退を余儀なくされたチーターズとキングスをPRO14へ送り込んだ。初年度のみチーターズがカンファレンスAの3位となりプレーオフに進出した。
しかしその時以外は両チームとも、3年の在籍期間に、期待された戦績をあげることはできなかった。南アフリカ国内でもPRO14に対する注目度は低かった。
SARUとしてはPRO14の強度を確認でき、また南アフリカのチームがヨーロッパリーグに参戦する場合のノウハウを取得することができた。そして2021年、スーパーラグビーからの脱退を経て、満を持してというと怒られるかもしれないが、南アフリカ主要4チームがレインボーカップに、そして2021-22年シーズンから本格的にURCに参戦することになった。
◆賛否両論のURC参入。
これまでのURCにおける南アフリカ勢の戦績は、2021-22年はストーマーズが優勝、ブルズが準優勝といきなり上位を独占した。
2022-23年はストーマーズが準優勝、2023-24年はブルズが準優勝と、両チームが好調に躍進している。またシャークスについてもこれまでに2回上位8チームには入り、プレーオフにも進出している。
ライオンズも常にプレーオフ進出ギリギリのところにはいる。
もちろん、その時々でチーム事情が異なり一概に比較はできないが、各チームともスーパーラグビーにいた時よりは(URCの方が)白星を重ねている印象だ。
しかしURCで4シーズン目を迎え、そのような結果を残しているからこそ、SNS上では南アフリカのラグビーファンの意見が飛び交っている。大きく分けると「ヨーロッパリーグに移って良かった」という肯定的な意見と、「本当にヨーロッパリーグに行って良かったのか?」と不安を感じている否定的なものにわかれている。
前者は、単純に南アフリカの4チームが勝つことが多いので満足している。スーパーラグビーでは苦杯をなめることが多かった南アフリカの4チームが勝つ試合を観られることが多いので、ファンからすると痛快なのだろう。
後者は少し複雑だ。スーパーラグビーでは23年に及ぶ歴史の中で南アフリカのチームは3回しか優勝できなかった。しかしURCでは簡単に勝てている。つまりURCよりスーパーラグビーの方が強度は高かったのではないかという不安があるのだ。
そして南アフリカ勢が抜けてから、フィジアン・ドゥルアとモアナ・パシフィカが加わりスーパーラグビー・パシフィックが2022年に発足した。隣の芝生は青く見えるのか、アイランダー系チームが加わったことで、さらにスリリングになったラグビーをうらやましく観ている南アフリカのラグビーファンも存在する。
いずれにせよ環境が違い過ぎるスーパーラグビーとURCを公平に比較することはできない。したがって、どちらが南アフリカラグビーにとって良かったのかという問いには、明確に回答することはできない。
しかし、「成功」の定義が究極的にはワールドカップの優勝ということであれば、スプリングボックスは2019年、2023年を連覇できた。スーパーラグビーでも、URCでも、どちらでも良かったということになるだろう。
もちろん、ここ数年、スプリングボックスの主力選手の半数は日本やヨーロッパでプレーしており、URCに属する効果がどこまでスプリングボックスの強さに影響しているかは分からない。
ただ南アフリカの選手は誰もが最初はこの4チームやカリーカップに参加している国内チームを起点としている。つまり現在、URCが南アフリカのラグビー人材を輩出する泉となっている。
そういう意味ではURCに移った効果は、次のワールドカップにどれだけ新しい人材を送り込み、そして良い結果が得られたかということで判断できるだろう。
◆URCの今後、合併問題。
残念ながらURCの試合を日本で観ることは難しい。ただ筆者が観る限りレベルはかなり高いのではないかと思う。
実際、2000年以降これまで8回、URCのプレーオフを制しているアイルランドの強豪、レンスターはヨーロピアン・ラグビー・チャンピオンズカップを4回制覇しており、直近3年も準優勝が続いている。
それもそのはずで例えばレンスターの昨年のチームにはPRタイグ・ファーロング、LOジェームズ・ライアン、WTBジェームズ・ロウなどのアイルランド代表及びその経験者が18人在籍していた。そして先週の試合からこの豪華メンバーに、長らくケガで休場していたスプリングボックスの“オフロード・キング”ことLO、RG・スナイマンが加わった。
しかし、それだけのアイルランド代表選手を擁するレンスターでも、昨年のURCではプレーオフ準決勝で知将ジェイク・ホワイト率いるブルズに20-25で惜敗した。そしてそのブルズも決勝ではスコットランドの強豪、グラスゴー・ウォリアーズに16-21で逆転負けという残念な結果になった。
ちなみにこのグラスゴー・ウォリアーズも先発15人中11人がスコットランド代表だった。
さらに余談だが、グラスゴー・ウォリアーズのHCはスプリングボックスのキャップを9つ持ち、ブルズなどで活躍したフランコ・スミスである。スミスはグラスゴー・ウォリアーズの前はイタリア代表を率いた。南アフリカの人材は、選手だけではなくコーチも世界中に散らばっている。
代表選手という意味では今年のシャークスは、FWにはFLシヤ・コリシをはじめ、LOエベン・エツベス、PRオックス・ンチェ、BKにもWTBマカゾレ・マピンピ、CTBルカニョ・アムなど新旧スプリングボックスが13人も集結している。
他のチームでは代表級選手の海外流出が続く中、比較的資金が潤沢なシャークスの選手構成は地元ファンにとってはありがたい。代表選手の人数と勝ち数が比例するわけではないが、今年のシャークスはURCでの躍進が大いに期待できる。
そして今年に入ってから表面化してきたのが、URCとイングランドのプレミアシップの合併話だ。両リーグとも財務的には厳しい状況が続いている。両リーグの株式を保有するプライベートエクイティ投資会社CVCキャピタルパートナーズが間に入って交渉中とされている。
一時期、合併に際して南アフリカとイタリアのチームは新しいシステムから除外されるという噂が飛び交った。しかし、最近URCが明確にそれを否定した。
また南アフリカの新聞RapportはSARUがこの合併を支持しているということを報じた。
現段階では、南アフリカのチームはアイルランド、スコットランド、イタリアのチームと同じシールドに配置され、イングランドとウェールズのチームがもう1つのシールドを構成することが示唆されているという。正式に発表されているわけではないので、実際はどうなるのか気になる。
最後に個人的な意見というか願望を。
南アフリカ4大チームがURCを主戦場にしたことに異存はまったくない。しかし、南アフリカにはスーパーラグビーとの絆を断ち切ってほしくない。例えば4大チームにカリーカップから4チームを加え、それらを2つに分けて4チームをスーパーラグビーへ、残りの4チームをURCに参加させることはできないだろうか。受け入れ側からはそのような中途半端な参加形態では“要らない”となるだろうか。
やはりストーマーズ対エディンバラよりもストーマーズ対クルセイダーズの方がしっくりくる。あくまで個人的な好みであるが…。
10月22日、スプリングボックスの北半球ツアー「オータム・ネーションズシリーズ」のツアーメンバーが発表された。11月が待ち遠しい。
【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了