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強いチームはよいチーム。ここは、ひとまず素直に受けとめたい。
では「よいチームが強いチームとは限らない」は。これも事実だ。
9月7日。熊谷。米国代表のイーグルスがそうだった。敵地、しかも日本列島で指折りの灼熱の地、それなりの長旅。ジャパンを相手にするのはなかなか厳しいぞと思い、実際に敗れて、されど、よいチームだった。
勝った側のエディー・ジョーンズHCも敗将である同業者を会見でたたえた。
「スコット・ローレンスはよい仕事をしている」
これは過去のイーグルスにもたびたび感じたが、ラグビーそのものは発展途上なのに心がたくましい。こじつけると、超のつく大国の代表という揺るぎのなさがどこかにのぞく。
1991年のワールドカップ。開幕前に参加国の選手がロンドン市内のホテルに集った。キャプテンの記念撮影。イーグルスのリーダーはすっと中央のあたりに位置する。米国留学経験のある時事通信の記者がつぶやいたのを覚えている。
「ほら、臆せず真ん中に行くでしょう。あれがアメリカ人」
この夜も、ジャパンのアタックを止めきれず失点を重ねるものの闘争心の火は消えない。あきらめを知らぬ英語の掛け声は観客席にもしきりに届いた。
背番号7のコリー・ダニエルがひとつの典型だった。うまくはない。タックルも必中というわけではない。ただし的をとらえれば倒し切り、ダメでもすぐに起き、表情を変えずにポジションについては肩をいからせ、もういっぺん発射台を飛び出す。
身も蓋もない表現だが、なんというのか「やる気まんまん」。いかにも、かの国のアスリートらしい。
9月11日で29歳のフランカーは元レスラーでフットボーラーだ。前者はアマチュアレスリングのグレコローマン、後者はアメリカンフットボールのタイトエンドである。
メリーランド州のリバーヒル高校ではふたつの競技に励み、どちらも地区では鳴らした。2014年~19年はノースカロライナ大学に籍をおき、ヘビー級のレスリングに集中、アトランティック・コースト・カンファレンスで2位になるなど実力を発揮した。
ちなみにUNCことノースカロライナ大学は米国スポーツ好きには気になる存在だ。文武に評価を得る州立の名門。かのバスケットボールのマイケル・ジョーダンの母校でもある。ここのレスリングのコーチの伝手でラグビー競技と出合った。
所属クラブのオールドグローリーDCの公式ページによると「ラグビーを始めたのは2019年」で「速やかな学習プロセスを経て」ほどなく国内のファーストクラスのレベルに達した。
2021年には「米国A代表」相当のファルコンズに呼ばれてウルグアイへ遠征、22年のケニア戦においてテストマッチのデビューを果たす。
この夜の対ジャパンで5キャップ獲得、おおむね5年弱のキャリアでここまできた。
元フットボール選手らしい2年前の言葉がういういしい。ラグビーに初めて取り組んで最初の数週間、もっともショックだったことは?
「オフェンスとディフェンスが素早く切り替わるところ」(MLR Kickoff Podcast)
熊谷スタジアムの開始3分19秒。コリー・ダニエルのタックルが決まる。芯にヒットしたわけでないのに小さくはない衝撃を与えた。強靭だ。ただし、わずかにオフサイド。このあたりが米国ラグビーの現在地を示している。よいチーム。だが強くはない。
同僚のナンバー8、赤いスクラムキャップのジェイムセン・ファナーナ・ショルツの突破力も際立っていた。もしスコアで上回ったらプレーヤー・オブ・ザ・マッチの最有力ではなかったか。壁を破っては壁をさがした。
あわてて経歴を調べると、オーストラリアのクインズランド出身、2018、19年にはNTTドコモレッドハリケーンズと栗田工業ウォーターガッシュに籍があった。不覚にも失念、こんなに優れたバックローだったとは。劣勢にとうとう消えぬ献身、よいチームを体現していた。
ロックのグレッグ・ピーターソン主将は悔しさをにじませつつ終了後に述べた。
「われわれのラブ、ワーク、エネジーを誇りに思う。それこそはチームの根幹でありマントラなのです」
チーム愛に努力と活力。昨年のワールドカップ出場を逃がし、再建を期す前向きな意志は、紺のジャージィがぺったんぺったんに光るほど汗をかいて、からくも止まらぬ足に凝縮された。
翌日。熊谷から朝霞へ。関東大学対抗戦Bの武蔵大学-上智大学を観戦するのだ。なんとなく好ゲームの予感は漂う。
午後3時キックオフ。やはり、しびれる接戦。そして、ここにも「よいチームが強いとは限らない」の例はあった。
昨年度は6位の上智大学は8-17でシーズン初戦を落とした。惜しい。勝てる試合。そうなのだが簡単に言葉にするのもためらわれた。「よく戦い負けただけ」と、かえって突き放したくなる。そのほうが礼にかなう。
同3位の武蔵のメンバー表には、國學院栃木、御所実業、東福岡、石見智翠館、報徳学園、流通経済柏などなど強豪校出身者がずらりと並ぶ。少し力の差はある。との見立ては間違いではなさそうだ。それでも上智のひとりひとりは、前夜の米国代表にも似て気持ちが強く、攻守にゆずらなかった。
ソフィア丸船長、背番号4の朝日大智主将(日本大学習志野)の愚直なほどの縦へのランは、イーグルスの8番、ジェイムセン・ファナーナ・ショルツとそっくり重なった。使命感が球を抱き、全身を凶器としながら斬り込む。大学ラグビー部キャプテンに痛覚なし!
6番の平林直哉は7番のコリー・ダニエルに似ている。前へ出ては体をぶつけ、すかされてもめげずに戻り、まさに「やる気まんまん」の様子で突き刺さろうとする。函館ラ・サール高校の2年秋まで軟式野球部。スキルとガッツがほんの少しずれる。そこがまたよかった。
12番の馬場雅史(公文国際)の迷いのないディフェンスはゲームを引き締め、15番の大田浩平(茗溪学園)の巧みなキックや状況判断は、ひたむきであろうとする集団にしたたかなクォリティーを加えた。
ここまで書いて、まるで白星をつかんだかのようだが、あらためて勝利できたわけではない。それこそラブとワークとエネジーを前半早々よりあらゆる局面に注ぎ込むので、ひとり、ふたりと負傷すると、ベンチの層の問題もあって、どうしても失速する。
かたや武蔵は、22番で登場の4年、岩淵心(國學院栃木)がパワフルな突進で仲間を落ち着かせる(すなわち、いい仕事)など、もどかしい展開に余力を残した。よさを滑らかには発揮できないのに、よいチームに寄り切られなかった。
頂点に立ってから胸を張れ。負けて、よくやった、なんて屈辱だ。そう言い切れるクラブもある。各カテゴリーの最上位級である。簡単でない角度のプレースキックがポストに当たり、そいつを「惜しい」とするか「ただ外した」と思うかの差である。
イーグルスも上智もそこの境地には達していない。歴史の順番なので仕方がない。向こう岸の「強いチーム」までの川幅は太い。しかし、よいチームでないと永遠に渡れない。