logo
【南アフリカコラム】黄金期到来か。
第2戦の後半33分、HOマルコム・マークスのトライ。(Getty Images)

【南アフリカコラム】黄金期到来か。

杉谷健一郎

 スプリングボックスのヘッドコーチ(HC)、ヨハン・“ラッシー”・エラスムスは51歳、そしてオールブラックスのHC、スコット・“レイザー”・ロバートソンは50歳。

 年齢からも分かるように両HCはそれぞれの現役時代にも競り合った仲である。ポジションも同じルース・フォワード(フランカー、NO8)だった。

 スーパーラグビーの前身であるスーパー12では幾度となく対戦している。エラスムスは1997年から2003年にかけてチーターズ、キャッツ(スーパー12時代に存在した現在のライオンズやチーターズなどの合同チーム)、ストマーズと渡り歩いた。
 ロバートソンは同時期にクルセイダーズで3連覇を経験している。

 2人の共通点としては、代表レベルではそれぞれが持っているポテンシャルを存分には活かし切れなかったことだ。エラスムスはキャップ32、ロバートソンが23あるが、ケガなどもあり、レジェンドと呼ばれるほど代表チームでの在籍期間は長くなかった。
 ちなみに2人がトライネーションズ(現ザ・ラグビーチャンピオンシップ)で直接対戦したのは1998年と2000年の計3回ある。エラスムスの2勝1敗で終わっている。

 もちろん当の本人たちは、今回対戦するにあたり、そんな昔の戦績を気にすることはないだろう。この両雄が今年のザ・ラグビーチャンピオンシップ(以下、TRC)でついに対峙した。
 下馬評では最近の戦績からスプリングボックスが優勢という意見が目立った。ニュージーランドのメディアであるStuffが実施した調査でも、なんと64%のニュージーランド人が今回オールブラックスはスプリングボックスに負けると回答しており諦めムードだった。

ここまで酷評されるとオールブラックスも奮起せざるを得ない。さてどうなるのか?

◆スプリングボックス、激闘の第1戦を制す。


 初戦の会場となるヨハネスブルグにあるエミレーツ・エアライン・パーク(またはエリスパーク)ではオールブラックスは過去20年間に3勝(2013年、2015年、2022年)2敗(2004年、2014年)という戦績だ。勝ち越していること自体がすばらしい。

 エリスパークは標高1800mに位置し、南アフリカで最も高い場所にあるスタジアムである。この高度に慣れなければ、少し動くだけでも息切れが激しくなる。またボールが平地より良く飛ぶので、キッカーは飛距離を調整しなければならない。

 そしてヨハネスブルグはラグビー狂のアフリカーナーが多いため、スプリングボックスには驚異的な大歓声が、相手チーム、特にオールブラックスには容赦なくブーイングや罵声が浴びせられる。ビジターが勝つのは難しいとされているスタジアムだ。

 初戦でいろいろ物議を醸したが、日本では観客が楽しみにしている試合前のハカは、エリスパークで観戦すると聞こえることはない。ハカが始まるとブーイングや応援歌により、オールブラックスの声はかき消されるからだ。

 そして、今回はそのハカの最中にスタジアムの上空を飛んでしまったがために非難の的になったのが、大型旅客機の低空飛行だ。圧巻だった。エリスパークでのオールブラックス戦では定番になりつつある。

 今回はスタジアムのスポンサーでもあるエミレーツ航空が世界最大の旅客機であるエアバスA380を高層ビルの多いヨハネスブルグ中心地の上空、わずか500フィート(152m)に飛ばした。毎回思うがこの飛行機を飛ばすのにどれだけの関連諸機関の許諾が必要になるのだろうか。

 安全基準が厳しい日本ではまず実現不可能なパフォーマンスだろう。しかし、今回はいつも飛行機の翼の下にある「Go Bokke(=Bokkeはスプリングボックスの愛称)!」の応援メッセージがなくなり、エミレーツ航空の宣伝しかなかったのは残念だった。

 さてスプリングボックスの先発メンバーであるが、個人的に非常に残念に思ったのはLOエベン・エツベスがケガ明けということもあり、先発を外れボムスコッドにまわったということだった。

 実はエツベスは2012年に初出場して以来、オールブラックスとのすべてのテストマッチに4番として先発出場してきた。LOという最もハードなポジションで、オールブラックスという最もタフな相手との真剣勝負を12年間も続けてきたのである。あまりメディアでは取り上げられなかったが、個人的にはこれは偉業だと思っている。

 ちなみにエツベスはこの初戦で途中出場したためキャップ数が125になり、レジェンドWTBのブライアン・ハバナのキャップ数を越えた。スプリングボックス歴代最多キャップ127のLOヴィクター・マットフィールドの記録が目の前に迫る。

 余談だが2年前にヨハネスブルグの空港で、偶然エツベスと隣り合わせになった。飛行機を待つゲート付近の長椅子でのことだ。“少し”大柄な人が横にいるとは思ったが、足が長いので座高がさほど高くなく、しばらく本人とは気付かなかった。ふとしたことでエツベスだと認識できたので話しかけると非常に気さくに対応してくれた。これから(当時フランスのRCトゥーロンでプレーしていたため)トゥーロンへ戻るのだという。
 それ以来、勝手に親近感を覚え、陰ながらエツベスにエールを送っている。

 その以外に先発メンバーで気になったのは、新進気鋭のサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルが前節のワラビーズ戦に続き、司令塔(SO)を務めたことだ。SOハンドレ・ポラードはボムスコッドでの待機となった。

 NO8には浦安D-Rocksに移籍が決まったヤスパー・ヴィーセ。ヴィーセは5月に当時所属していた英プレミアシップ、レスター・タイガースでの試合で悪質なタックルをしたことによりレッドカードを受けて6試合の出場停止処分となった。
 そのためこのウインドウマンスでは、前週のワラビーズ戦まで出場機会を失っていた。

 エラスムスHCはヴィーセに謹慎期間中、ケガのためレフリーを引退し、今年からSAラグビー(協会)の法律顧問としてスプリングボックスのスタッフの一員にもなったヤコ・ペイパーに指導を受けることを命じた。
 ちなみにペイパーの本職は弁護士だ。ヴィーセは元トップレフリーだったペイパーから「なぜそのようなミスをしてはいけないのか」みっちりと仕込まれたとのことだ。

第1戦のヒーローとなったSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズル(写真中央)。(Getty Images)

 今後、ドウェイン・フェルミューレンの後釜争いはヴィーセと先週までの先発NO8だったエリフ・ロウとの間で繰り広げられるのか。ともに似たような、当たりの強いフィジカルモンスターたちだ。

 試合展開をおさらいしよう。
 前半早々にオールブラックスがラインアウトモールからHOコーディ・テイラーがトライ。すぐにスプリングボックスも同じくラインアウトモールから“いぶし銀”HOボンギ・ムボナンビがトライを返した。

 その後、29分にムゴメズルが60mのペナルティゴールを決めて8-7とするが、その3分後にWTBケイリブ・クラークが快走してオールブラックスが8-12とリードしてからは、試合終了5分前までスプリングボックスが終始追いかける展開になった。

 特に後半開始1分でオールブラックスCTBジョーディー・バレットがインターセプトでトライを決めて11-19。その後51分に再びWTBクラークが2本目のトライを決め、一時期は17-27と10点差がついた。
 このあたりまではオールブラックスの動きがよく、スプリングボックスにとっては暗雲が垂れ込める展開だった。

 しかし、ここからスプリングボックスは自慢のボムスコッドが躍動する。本日のボムスコッドは、前述のエツベスをはじめ、HOマルコム・マークス、SOポランドなど、何と豪華なラインアップなのだろう。スプリングボックスの人材の層の厚さを感じざるを得ない。

 69分にラインアウトモールからFWが奮起し、最後は“我らが”FLクワッガ・スミスがゴール中央にボールを置いた。ゴールが決まり24-27。ここまでくれば逆転を信じる観客も興奮のるつぼと化した。

 大声援を受けながら75分のラインアウトモールで、キャップ13、シャークスで活躍するSHグラント・ウィリアムスがモールのサイドディフェンスの隙をついた。左中間にトライ。ゴールも決まって31-27と試合を土壇場でひっくり返した。

 ウィリアムスは2023年フランスワールドカップのスコッドにも選ばれていたが、第4のSHという立場。出場機会を求めてプールステージでは2試合WTBで出場した。

 スプリングボックスは4点差をそのまま守り切りノーサイドとなった。これでス対オールブラックス戦3連勝。
 3連勝はラグビーのプロ化以降では2009年以来、15年ぶりとなった。

 この試合、流れを変えるターニングポイントとなったオールブラックスの最初のトライ、そして、スプリングボックスに勢いがついたスミスのトライはともに相手がイエローカードを受け、一人少ない状況での得点だった。

 カードが出て一人減ったがために、逆にチームが結束し、良い結果につながったという話もよく聞く。しかし、この拮抗した高いレベルの試合では規律の乱れが命取りになる。
 また規律という面でスプリングボックスは、この試合でイエローを1枚受けたものの、ペナルティは5つのみだった(オールブラックスは15)。アイルランドやワラビーズ戦での反省が活かされたと判断できる。

 若き司令塔ムゴメズルだが、コンバージョンとドロップゴールを1本ずつ外したものの、60mペナルティキックでその失敗は帳消しになった感がある。
 結局、彼のブーツから31点中16点が生まれ、走っても64mのゲインメーター。守っても7つのタックルをすべて決めて大事な一戦の勝利に貢献した。
 先発3戦目だがチームに馴染んできたのか、風格さえでてきた。今後が楽しみだ。

 なおこの試合は南アフリカのゲイトン・マッケンジー スポーツ省大臣の肝煎りで公共放送局SABCが地上波で放映した。南アフリカでは通常ラグビーはスーパースポーツという有料放送プログラムに加入しないとテレビで観ることができない。

 もちろんスーパースポーツは莫大な放映権料を支払っており、簡単に地上波で放送させるわけにはいかない。同社とスポーツ省の間でかなりハードなネゴが行われた。
 これは南アフリカでは画期的な出来事で、同国政府としてラグビーを全国民に普及させたいという意思の表れである。

◆第2戦も勝って対オールブラックス4連勝。75年ぶり!



 第2戦はケープタウンのDHLスタジアムで行われた。ケープタウンは17世紀にオランダ人が入植した起点となる場所であり、白人社会ではマザーシティとも呼ばれる。
 ヨハネスブルグと異なり海岸沿いの海抜ほぼゼロメートル地帯であるので、オールブラックスとしてはやりやすくなった。

 このマザーシティでスプリングボックスとオールブラックスのテストマッチが最後に行われたのは2017年、そしてスプリングボックスが最後に勝利を挙げたのは2005年のことだ。
 スプリングボックスはラグビーのプロ化以降、ケープタウンの地で5回オールブラックスとテストマッチを戦ったが、白星を挙げたのはその2005年の1回だけだ。過去の戦績からはオールブラックスに相性の良い場所といえる。

『ラグビーは宗教、スプリングボックスは神様』の南アフリカだが、意外にもここケープタウンには少なくない数の熱烈なオールブラックス・サポーターが存在する。彼らは単にオールブラックスが好きで黒衣に忠誠を誓ったわけではない。
 発端はアパルトヘイトの時代にあり、その抗議の形の一つとして、あえて敵チームであるオールブラックスを応援するという集団が結成されたのだ。したがって、現在もサポーターは非白人の年配者やその子どもが多い。

 エラスムスHCは「これまでの歴史は理解している。今回のテストシリーズで勝つことにより一人でもオールブラックス・ファンをスプリングボックス・ファンに変えたい」と述べている。
 ケープタウン出身のWTBチェスリン・コルビも現地メディアに対するインタビューで「このテストマッチにおけるスプリングボックスのパフォーマンスやワールドカップ2連覇により、少しでも多くの人がスプリングボックス・ファンになってくれることを願っている。」と答えた。

 さて、第2戦のスプリングボックスのメンバーであるが、バックスに選手の入れ替えがあり、ほぼ昨年のワールドカップ優勝メンバーになった。
 ボムスコッドを含めた23人中ワールドカップのスコッドに入っていなかったのは4人のみ。先発メンバーではLOルアン・ノルティエ以外は全員がワールドカップ組だった。

 そして今回、ボムスコッドはいつものFW6、BK2の構成ではなく、久しぶりにFW5、BK3になった。オールブラックスの巧みなバックスリーに対抗するためとのことだ。

 第1戦でFLサム・ケインと衝突し、鼻の骨を骨折したキャプテン、FLシヤ・コリシは手術を延期して試合出場を決行した。
 試合前の記者会見でコリシが鼻を保護するフェイスガードを付けないと言った際に、エラスムスHCが「(鼻の曲がっている)クワッガ・スミスみたいになるかも」と茶化した。それに対しコリシが「ノーコメント」と答えたくだりは笑えた。

 そして司令塔はムゴメズルから安定のポラードへ戻った。ポラードも新人ムゴスメルが好調だけに、この出場機会に自らの存在価値をアピールしておきたいところだ。

 またケガのWTBカートリー・アレンゼに代わり、ワールドカップ以来のカナン・ムーディーが起用された。
 ムーディーは2年前に19歳で代表デビューして以来、キャップ10を積み重ねており、テストマッチでは無敗記録を更新中である。まだ21歳、スプリングボックスのWTBは層が厚くなかなか定位置をつかめていないが、エラスムスHCとしても単に「良いWTB」で終わってほしくない選手の一人である。

 試合は、やはり双方から負けられないという気持ちが強く感じられた。結果、ディフェンスでプレッシャーをかけ続けるも、オフェンスではハンドリングミスも多く、なかなかゴールを割ることができなかった。
 結局前半は双方ペナルティゴールだけの3-9。スプリングボックスが6点差を追う形で終わる。スプリングボックスは前半ブレイクダウンとラインアウトでミスが目立った。

 状況は、後半早々にボムスコッドが登場したことにより一変した。
 48分、左ラインアウトから右へ展開し、最後は鼻骨骨折をおして出場の大黒柱コリシがオールブラックスのディフェンス網をこじ開け右中間にトライ。ポラードのコンバージョンも決まり10-9と逆転した。
 そして73分だった。ボムスコッドの中心的役割を担うHOマルコム・マークスが、やはり左ラインアウトから攻めた。モールを組み、隙をついてインゴール左端に飛び込んだ。本当にこの選手は毎試合良い仕事をする。
 最終的には18-12。第1戦に続き、スプリングボックスは後半に勝負を決めた。オールブラックスは結局ノートライに終わった。

 この試合、ペナルティの数はスプリングボックスが14、オールブラックスが13、イエローカードは双方に2枚ずつ出され、全体的に規律が守られた試合ではなかった。
 ただスプリングボックスは、オールブラックスのPRティレル・ロマックスがイエローで一時退場した直後に、先のマークスのトライとなった。
 一方のオールブラックスは62分、自分たちに勢いが傾きかけてきた絶好のタイミングでスプリングボックスのFBウィリー・ルルーがデリバレイトノックオンでシンビンになったのに、好機を活かすことができなかった。

 第2戦の勝利で2004年から始まり、毎年両国間のテストシリーズの勝者に授与されるフリーダムカップは2009年以来久しぶりに南アフリカに渡ることになった。
 2009年のスプリングボックスはキャプテン、HOジョン・スミットが率いていた。前述のマットフィールド、ハバナや、FLスカルク・バーガー、そしてSHフーリー・デュプレアなど、2007年のワールドカップ優勝メンバーがさらに強化された最強のチームだった。
 今回のコリシ率いる2019年および2023年のワールドカップ優勝メンバーを主体としたチームは、再び黄金期を迎えることができるのだろうか。

 この勝利でスプリングボックスは対オールブラックス戦4連勝となった。過去に4連勝したのは1949年のことなので75年ぶりということになる。
 対してオールブラックスはプロ化以降、対スプリングボックス戦では4連勝はおろか8連勝、6連勝を達成している。つまり3、4年スプリングボックスに負けなかった時期が何度かあった。

 しかし、スプリングボックスの永遠のライバルであるオールブラックスの不調については気になる。やはりこの2チームが鎬を削る状況でないとラグビー界が盛り上がらない。

 勝負の世界なので「勝てば官軍、負ければ賊軍」となり、オールブラックスに対する批判的な意見は世界中で飛び交っている。
 初戦を落とした後、ニュージーランドヘラルド紙でコラムニストのクリス・ラトゥ氏が、「かつてはオールブラックスのオーラが対戦相手、そしておそらくレフリーをも威圧すると言われていた時代があった」と主張していた。そして「サー・ウェイン・シェルフォード、ショーン・フィッツパトリックやリッチー・マコウなどのレジェンドが持っていたオーラが薄れ、チームとして自信を失っている」と指摘した。

 連敗したあとということもあり、ラトゥ氏の意見に共感してしまう。
 ただ、それはオールブラックスには100年前からの称号であるインビンシブル(無敵)でいてほしいという想いから、復調への期待の裏返しでもある。

 スプリングボックスは次節(9月21日)ではワラビーズを67-27の記録的大差で一蹴したアルゼンチン代表ロスプーマスと敵地で対戦する。
 GO BOKKE!

【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了

ALL ARTICLES
記事一覧はこちら