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【楕円球大言葉】ジャパンは持たざる側なのか。
ジョージアに敗れた後、ロッカールームに引き上げるリーチ マイケル主将。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】ジャパンは持たざる側なのか。

藤島大

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#日本代表


 せっかくスポーツライターを職業に選んだのだ。富める側を積極的に応援する気にはならない。心はいつでも「持たざる側の金星」を待っている。サニックスブルース、愛しておりました。

 パリからの映像で男子マラソンを追う。トラが勝った。エチオピアのタミラト・トラ。ここは映画『男はつらいよ』のおいちゃん、法政大学ラグビー部の戦前のWTBである俳優、松村達雄のイントネーションで発音したい。おい、寅、速かったなあ。

 陸上長距離国。2時間6分26秒の五輪新記録。と、紹介すれば本命のようだ。しかし、このトラさんは2週間前までは補欠だった。シセイ・レンマが肉ばなれでチームを離れ、繰り上がりで呼ばれた。「強国の実力者の金メダル」は脳内で「金星」に置き換えられた。

 2019年のラグビーのワールドカップ。ジャパンのアイルランドおよびスコットランド戦、放送や報道の立場で冷静を装っても、もちろん勝て、勝っておくれと胸の奥や喉の手前のあたりで願った。願いました。手に汗は確かににじんだ。
 
 そのときと似た感覚に包まれた試合がそれより前にあった。

 2014年。11月9日。東京の駒沢補助競技場。ここが大切なのだが「補助」である。午前10時、関東学生クラブラグビー選手権大会第6節の早稲田大学GW―山梨学院大学グリーンイーグルス戦が始まった。勝ったほうが優勝だ。

 グレイ&ホワイトのジャージィ、GWの勝利を願った。自分の出身校だから? そうではない。開始前のウォームアップ、両インゴールの選手たちの胸板の厚さがまったく違ったのだ。

 山梨学院大学グリーンイーグルス(フェアでいいチームだった)はいわゆる体育会ラグビー部の活動の一環として臨んでいた。これはこれでひとつのあり方である。したがって体格は運動部らしく、ひと回り、たくましかった。

 かたや早稲田GWの連中はやせて映る。最初の印象だけならグリーンイーグルスが圧倒か。この時点でひいきは決まった。

 キックオフ。薄い胸が躍動した。腕相撲なら全員が完敗しそうなのに、ふてぶてしいほどにボールを鋭く動かし、トライを仕留める。迷いのないキックもことごとくチャンスをつくった。

 いま振り返ると「格闘技ならぬ球技としてのラグビー」を懐かしむ気持ちもあった。体育会対一般学生クラブの図式を勝手に頭の中でふくらませた。

 あの日は放送席や記者席に座るわけではなく、観客として見つめた。だから、ひいきにためらいがなくなった。勝て。勝っておくれ。てのひらは湿りっぱなしだった。

 GWのベンチには監督もコーチも存在しない。接戦のさなか、リザーブの人間が自分で自分の出場を審判団に告げる。40―27。比較においてガリガリのほうが白星を引き寄せた。ただ観戦しただけなのに、ボールと一緒にタッチラインぎわの行ったり来たりを繰り返したら、ぐったり疲れた。

 さて2024年の男子の日本代表は果たして「持たざる側」だろうか。ジョージアに退けられ、イタリアには完敗を喫して、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は会見でみずからの集団をこう評した。

「テストラグビーを成長の過程とすると、まだ幼稚園生」

 若手の起用と長期計画という文脈での表現だ。これは国代表のヘッドコーチがよく行なう、状況をコントロールするための言葉による仕掛けである。本当はジャパンは園児ではない。

イタリアに敗れた後、記者会見に臨んだエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ。(撮影/松本かおり)

 5年前に世界8強進出を遂げた。コロナ禍をはさんで、3年前の6月はブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズに10-28、7月の敵地のアイルランド戦が31-39、2年前の秋には国立競技場でオールブラックスにも31-38と善戦できた。

 いざワールドカップでは大会3位となるイングランドに12-34、対サモアは28-22、4強のアルゼンチンとの決戦を27-39で落とした。そのロス・プーマスは先日、敵地でオールブラックスに競り勝っている。

 ときに大敗のテストマッチ(22年11月、アイルランドに5-60)もあった。それでもラグビー国力を削るほどの軌跡ではあるまい。地力は培われた。

 現在のジャパンは、ひとつ前のジャパンと断ち切られてはいない。もはや幼稚園生でないから大学の才能を抜擢できるのだ。顔ぶれが変わろうと、日本ラグビーのてっぺんはてっぺんである。たとえば「体育会」を破ってみせた学生クラブの主力がごっそり卒業、残された後輩が「また最初から」と覚悟するのとは異なる。

 3年後の目標より逆算した強化を進めるのは正しい。そうしたプランも、ジョージアに負けたらファンが大いに不満を覚えるような環境があればこそ鍛えられる。
 
 昨年のワールドカップのジャパンは前述のごとく歩みに大崩れするところは少なかった。パンデミックの活動停止の影響も相対的に深く、よって惜敗すなわち健闘、批評の対象になりづらかった。結果、本番でプール突破ならず。あと一歩を埋めるのは「テストマッチは必勝」の声ではなかったか。

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