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温暖化とスタジアム。
仙台での日本代表×ジョージア代表。照明を受け、汗が光る。(撮影/松本かおり)

温暖化とスタジアム。

谷口誠


 最寄りの駅から歩くだけで汗だくになった。札幌に来ても、今年の酷暑からは逃れられない。午後2時の気温は35度まで上がっていた。

 会場に着くと、涼風が待っていた。7月21日、日本代表とイタリア代表の一戦は、空調が効いた札幌ドームで行われた。

 建物の中でやるなんてラグビーじゃない。そう言いたくなる人もいるだろう。しかし、外で試合をしていたら、厳しい環境が待っていた。時間をずらして午後7時のキックオフにしたとしても、気温30度、湿度65%。ワールドラグビーが様々な熱中症の予防策を求める基準値を超えていた。

 7月6日に愛知県豊田市で行われたマオリ・オールブラックス戦は気温32度、66%。この夏の代表戦で一番厳しい気候だった。同じ日、愛知の別の町では午後1時半の気温が40度を突破。社会人サッカーの試合が中止になっている。選手のみならず、運営に関わる人や観客の健康を損なう環境だからやむを得ない決定だった。

 今後、こうした酷暑の中で行われる試合は大幅に増える可能性が高い。

 日本では夏の試合の15%が35度以上の酷暑日に行われる——。
 国際統括団体のワールドラグビーは、6月に公表したレポートでそう警告する。地球温暖化により平均気温が3度上昇した場合、気温35度以上の日が現在の年4日から11日に増えるという試算が根拠だ。

 この数字はむしろ控えめに見える。予測に使われているのが2014年までのデータだが、2015〜’23年に東京で35度以上を記録した日数は年10日に増えている。今年も7月末までで12日を数えた。21世紀末には約50日に達するという予測まである。

 将来的には、学生や子供も含めて夏にラグビーをしてもいいのかという議論になるのかもしれない。ひとまずトップレベルに話を限れば、今後も6〜8月に日本代表戦が行われる予定になっている。この3か月の半分が酷暑日になる可能性がある。

 気候変動がラグビーに与える影響は他にもある。

 東大阪市花園ラグビー場とミクニワールドスタジアム北九州は毎年、浸水の危険がある——。
 こちらもワールドラグビーが今後起こりうると指摘するリスクだ。原因は、温暖化による海面上昇や高潮など。浸水すればしばらく試合ができないだけでなく、芝が海水で大きなダメージを受ける。

 試合ができなくなるほどの大雨も増えている。2019年のワールドカップ日本大会では2試合が台風で開催できなかった。サッカーJリーグでも2017年以前は雨で中止になる試合が年間2試合だった。それが18年以降は9.5試合に激増している。

日本代表CTBサミソニ・トゥア。コンタクト時に汗が飛び散る。(撮影/松本かおり)

◆気候変動時代に求められるスタジアム。

 気候が激変する中で試合の開催を可能にするのが、札幌ドームのような全天候型スタジアムである。酷暑や大雨も、建物の中に入ればほとんど関係ない。「気候変動に対応するためにはドーム型の施設がより必要になるかもしれない」。プロスポーツの先進地、米国でもこうした声が上がる。

 ただ、建築のハードルは通常のスタジアム以上に高い。費用は2倍程度に膨らむ。資源やエネルギーの消費量も増えるから、野放図に建てると温暖化そのものを進行させてしまう。他競技に先駆けて国際大会のためのスタジアム建設を禁止した、ワールドラグビーの方針にも反する。

 競技団体やリーグにとっては既存や整備中の全天候型施設をどう確保するかが、気候変動時代のテーマになるのではないだろうか。

 ラグビー界にとっては、まず札幌ドームが有力な「避暑地」になる。2年連続でテストマッチを開催中で、北海道ラグビー協会も試合の誘致に熱心だ。プロ野球日本ハムの本拠地ではなくなったため、日程を抑えることも比較的容易だろう。

 2027年末に開業予定の新秩父宮ラグビー場がドーム型になることも大きい。都心の全天候型スタジアムを優先的に使えることは、試合開催の安定性を飛躍的に高める。

 日本が目指す2度目のワールドカップ開催時にも、新秩父宮は貴重な存在になりそうだ。

 2019年の台風襲来時。日産スタジアムで開かれる予定だった日本対スコットランド戦の実施も危機に陥っていた。ワールドラグビーは12の試合会場に入っていなかった秩父宮での無観客開催という選択肢も検討したが、現実的には難しかった。新秩父宮なら、バックアップの役割を果たせるだろう。

 開業は2032年度と少し先だが、東京・築地でも全天候型の新スタジアムが建設される。プロ野球巨人の新本拠地になりそうだが、ラグビーの開催も想定されている。収容人数は5万人。国立競技場や日産スタジアムで行うようなドル箱カードは、こちらを会場にできる。

「新型」のスタジアムには問題点もある。新秩父宮と、築地の新球場では人工芝が採用される。

 よく言われるケガの増加は、過去の話になりつつある。サッカーの8つの論文を比較、分析した研究によると、人工芝の方が天然芝より1割強、ケガが少なかった。ラグビーなどのコンタクトスポーツに関する12本の論文を対象にした研究でも、人工芝の方が頭部外傷が1割起きにくかった。

 課題は別にある。現在の人工芝は、人体への悪影響が懸念されるマイクロプラスチックの発生源になっている。有機フッ素化合物、PFAS(ピーファス)の心配もある。発がん性が指摘されており、米国ではこの物質を含む人工芝の設置を禁止する州が出てきた。新秩父宮もこれらの問題に向き合う必要がある。

7月21日の日本代表×イタリア代表に向かうファン。札幌ドームへ向かう途中、汗だくになっていた。(撮影/松本かおり)

◆理想型の追求と気候問題解決への取り組み。

 欲張るようだが、天然芝と全天候型という2つの特長を備えたスタジアムが、競技者や観客には一番ありがたいのだろう。国内にある数少ない適合例が札幌ドームである。

 だが、このタイプはさらに新設が難しい。ドーム型の施設で天然芝を育てるには、開閉式の屋根か、札幌ドームのような移動式のピッチが求められる。建設費はますます上がる。芝を酷使できないので、コンサートなどのイベント開催で管理を賄うことも難しくなる。

 札幌ドームでのイタリア戦の翌日、エスコンフィールドHOKKAIDOで野球の試合を見た。日本ハムの新本拠地で、開閉式の屋根と天然芝を備える「理想型」だ。

 ガラス張りの壁の向こうに山並みが一望できる。好天で屋根が開けられたから、暮れなずむ空が美しかった。スタジアムを見るためだけに足を運ぶ価値のある、素晴らしい施設である。

 思ったのは、これは都市部では難しいだろうなということ。見晴らしの良さや、空間をぜいたくに使うデザインの代償で、敷地面積あたりの収入は減る。エスコンのように建物のほとんどない平原に造るならいいが、地価が高い都会では投資に見合うリターンを稼ぐのは難しい。築地の新球場が固定式の屋根、人工芝という組み合わせになったのは、そういう背景もあっただろう。

 これから先、日本で夏に観客を入れて試合をするには、ドーム型のスタジアムが重要になる。ただ忘れてはいけないのは、気候変動を止めるためにラグビー界としてもやるべきことがある、ということだ。

 国連の「スポーツを通じた気候行動枠組み」というものがある。人の心を動かすスポーツの力を気候問題の解決に役立てようという組織だ。各国の有力な競技団体やクラブが署名し、温暖化ガスの排出量の測定・削減や啓発活動に取り組んでいる。

 日本からは日本オリンピック委員会と、バスケットボールBリーグの3つのクラブが署名したが、ラグビー界の参加はゼロ。リーグワンを見ても、温暖化対策に熱心なのは昨年から意欲的な取り組みを始めた浦安D-Rocksくらい。各クラブの母体企業はいずれも温暖化対策への取り組みを求められる大企業ばかりなのだから、もっとできることはあるはずだが……。

 リーグの取り組みも遅い。Jリーグは昨年、「気候アクションプラン」と銘打った活動を開始。「このままだと、サッカーをしたいと思う子どもたちが、サッカーを選択すること自体が難しくなる」として、2030年までに二酸化炭素の排出量を半減させるべく動き出した。

 温暖化の影響を受けるのはラグビーも同じ。まして、リーグワンは「社会的価値の実現」を掲げている。真っ先に取り組むべきテーマが、ここにあるように見える。

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