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洗練されているようで超人間臭い街。本気のパリを見せてもらおう。
ルイ・ヴィトンの特製ケースから取り出されたトーチは、パリ聖火リレーの第一走者のティエリー・アンリ(左)に渡された。(Getty Images)

洗練されているようで超人間臭い街。本気のパリを見せてもらおう。

福本美由紀


「パリオリンピック直前なので、読んだ人がパリを好きになるようなものを」とご依頼をいただいたのだが、さて、困ってしまった。

 確かにパリは好きなのだが、それは、お店のちょっとした飾り付けが好きだったり、立ち飲みバーの店員とのちょっとしたやりとりが楽しかったり、地下鉄の「オペラ」駅の通路のオペラ座のダンサーや舞台裏の職人を紹介している切り絵調のちょっとした飾りを見つけてテンションが上がったり。とても個人的な「ちょっとしたこと」なのだ。

 確かにパリは好きだ。しかし、あそこにいる間は、常にスリやひったくりを警戒しなければならないし、地下鉄はすぐに止まるし、コンビニもなく、体力と適応能力、忍耐力が試される。
 パリの友人に救いを求めて「最近のパリはどう?」と聞いてみると、「どこもかしこも工事だらけ。しかもあちこちで身分証明書のチェックがあって、もううんざり」と返ってきた。オリンピックに向けて厳重な警戒体制の中、急ピッチで準備が進められている様子が目に浮かんだ。

 どうしようと思いながら、他のお仕事の合間にSNSをチラチラ見ていると、パリ祭の軍事パレードの画像がアップされていた。「今日は7月14日か」と気づいた。例年はシャンゼリゼ通りだが、今年はオリンピックの設営のため、シャンゼリゼ通りと同様に、凱旋門のあるエトワール広場から出ているフォッシュ通りで行われていた。国家行事であるパリ祭のパレードより、オリンピックなのだ。

 このパレードの最後に今年は聖火が運ばれてきた。持ち手は黒の軍服に身を包んだチボー・ヴァレット氏。中佐であり、『カドル・ノワール』というフランス国立乗馬学校の騎手でもあるヴァレット氏はリオオリンピックの総合馬術団体で金メダルを獲ったメンバーのひとり。軍事パレードとオリンピックをつなぐのにピッタリの人物だ。2022年に彼の馬が引退したため、今年のオリンピックには出場しないそうだ。

 7頭の馬による馬術ショー後、大統領席の前で、選手村や7人制ラグビーの会場であるスタッド・ド・フランスがあるセーヌ・サン・ドニ県から選ばれた中学生アスリートに聖火が渡る。この革命記念日という、フランスにとって最も重要な日の聖火リレーをパリに当ててきたのだ。

 そしてシャンゼリゼ通りに会場が移される。ルイ・ヴィトンの特製ケースから取り出されたトーチは、パリ聖火リレーの第一走者であるティエリー・アンリの手に渡った。サッカーフランスU23代表を率いて今大会に参加するアンリは走りながら、このシャンゼリゼ通りで行われた1998年のFIFAワールドカップ優勝パレードを思い出す。

 2019年4月に火災に遭ったノートルダム大聖堂にトーチを持って現れたのは、当時消火活動にあたった消防隊員だ。大聖堂の前の広場では、消防隊の体操部員たちが、平行棒で倒立して赤・白・青のウエアーを着てフランス国旗をかたどって聖火を迎えた。

 バスティーユ広場では、32羽の白鳥に扮したパリオペラ座のダンサーが『白鳥の湖』のワンシーンを披露する中、同エトワール(最上位のダンサー)のユーゴ・マルシャンから、同じくエトワールのドロテ・ジベールに聖火が渡される。

 ルーヴル美術館のピラミッドに聖火を持って現れたのは、K-POPのBTSのJIN。館内の『モナリザ』の前で聖火を受け取った元オペラ座エトワールのマリー=クロード・ピエトラガラは、『民衆を導く自由の女神』の前で、まるで彼女が女神になったかのように優雅に力強く舞う。

 文化、芸術を織り込みながら、パリを象徴する歴史的な名所を次々と紹介する。

 それは輝かしい歴史だけではない。

 2015年11月に起こった、パリ同時多発テロ事件で99人が負傷し、89人の命が失われたバタクラン劇場の前では、チェロがしめやかに奏でられる中、見物の人から拍手を受けながら、この惨劇の生存者のアルチュール・デヌヴォーさんから、ここで息子を亡くしたフィリップ・デュペロンさんへ聖火が渡された。

「この祝祭の日に、聖火がバタクランに立ち寄ることは重要なことでした。ここには私たちが共に生きた歴史があります。私たちはそのことを決して忘れません」とパリのアンヌ・イダルゴ市長も駆けつけた。

 夜は市庁舎で一泊し、市庁舎前の広場ではコンサートが賑々しく行われ、パリの空は、革命記念日の花火とオリンピックを祝うドローンのショーで彩られた。

サクレ・クール寺院では、赤・白・青のフリルのダンサー達にフレンチ・カンカンで迎えられた。(Getty Images)

 翌日、アフリカ系移民が多く暮らすバルベス地区を通過した聖火は、モンマルトルの丘を登りサクレ・クール寺院に立ち寄り、映画にもなったキャバレー『ムーラン・ルージュ』で、赤・白・青のフリルが華やかな衣装のダンサー達にフレンチ・カンカンで盛大に迎えられた。

 凱旋門では無名兵士の墓に祈りを捧げ、エッフェル塔を望むトロカデロ広場ではBMXのパフォーマンスを照らし、全仏オープンのローラン・ギャロスのセンターコートにも立ち寄った。ラグビーフランス代表CTBガエル・フィクーもリレーに参加した。
「歴史的、象徴的なパリから、人々が暮らすパリまで」とイダルゴ市長が言うように、聖火はトーチからランタンに移され、人々の暮らしの足である地下鉄にも乗った。誇らしくランタンを手にするのは、地下鉄運転士のクリスティーヌさんだ。

 オリンピックの現地中継局のフランス・テレビジョンでは、ラグビー解説者のマチュー・ラルト氏(44歳)が聖火を掲げた。ラルト氏は、2009年から男子15人制フランス代表の試合の解説を担当し、フランスラグビー界の声となっている。膝の癌が再発したため、昨年4月に右脚を切断し、5か月後の9月10日には復帰して、ワールドカップの開幕戦、フランス×NZの解説を担当した。

 その後、聖火はヴェロドローム・ディヴェールの子供記念公園を訪れた。1942年7月、ナチスドイツ占領下のフランスで行われた最大のユダヤ人大量検挙事件が起こった。2日間で1万3000人のユダヤ人が検挙され、この場所にあった自転車競技場に一時的に収容された。そのうち4000人は子供だった。そこから多くの人がアウシュビッツへ送られた。奇跡的に生還したレオン・ルコヴィッツさん(94歳)がこの場所で聖火ランナーを務めた。

 華々しい歴史から、悲しい歴史まで。世界中の誰もが知っている名所から、ケバブのサンドイッチ屋や中古品の電化製品や携帯電話のショップが並ぶ通りまで。パリの持つあらゆる顔が詰まった聖火リレーだった。この多様性こそがパリの魅力なのだ。ハイグレードもあれば、超庶民的もある。洗練されているようで超人間臭い。

 時代の波に翻弄されながらも、軽やかに、そしてたくましく生きていくパリ。開会式も総力を上げて仕掛けてくるに違いない。セーヌ川を船に乗って選手がパレードする。その安全を守るために、周辺の地下鉄の駅は閉鎖、道路も封鎖され、住民の生活に支障をきたしている。

 その地区の飲食店も商売にならない。それでも成功させなければならない。世界をあっと言わせる開会式にしなければならない。フランスの威信を取り戻すために。

 本気のパリを見せてもらおう。

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