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俺たちが世界一だ!
アイルランドの南アフリカツアー、第1戦はスプリングボックスの勝利。写真はRG・スナイマン。(Getty Images)

俺たちが世界一だ!

杉谷健一郎

 両者から『俺たちが世界一だ!』という魂の叫びが飛び交った熱いシリーズだった。

 ラグビーワールドカップ2連覇の南アフリカ代表スプリングボックス、そしてシックスネーションズ2連覇のアイルランド代表のテストシリーズ。ワールドラグビー・ランキングでもスプリングボックスが1位、アイルランド2位で追走しており、スプリングボックスが初戦に敗れた場合は1位と2位が入れ替わることになっていた。
 6、7月の国際交流期間(ウインドウマンス)に世界中でテストマッチが行われているが、その中でもこの南北の王者対決は最も注目度の高いテストシリーズだった。

 もちろん、ワールドカップチャンピオンでランキング1位のスプリングボックスがまぎれもなく「世界一」である。ただアイルランドもその事実を素直に受け入れられない事情がある。

 両チームのこれまでの通算戦績はスプリングボックスの18勝9敗1分けでスプリングボックスが圧勝している。
 しかし、最近10年をみるとスプリングボックスはアイルランドに2勝5敗と大きく負け越しており、勝率だけを比べるとアイルランドはスプリングボックスにとってオールブラックスより勝つことが難しい相手なのである。

 実際、2大会連続でエリスカップを掲げたスプリングボックスは、アイルランドに2016年以来、8年間一度も勝っていない。言い換えればアイルランドはこの8年間、スプリングボックスには負けていないのである。
 昨年のワールドカップでも大会の覇者スプリングボックスはプールステージでアイルランドに13-8で惜敗し、大会で唯一黒星を喫した。

 ただアイルランドも過去2回のワールドカップは大会前まではワールドラグビー・ランキング1位まで昇りつめ、前評判は高いのだが、ピーキングの調整が悪く、結果としてはいずれもベスト8で終わっている。
 特に2023年のフランス大会では前述のとおりプールステージで土を付けたスプリングボックスが優勝し、アイルランドファンは臍(ほぞ)を噛む思いでシヤ・コリシが掲げたエリスカップを眺めていた。当然、悔し紛れに「決勝トーナメントの組み合わせが違っていれば、我々が…」という声はいたるところで挙がっていた。

 そのような状況下で“前哨戦”が2月に始まった。
 元ウェールズ代表で、ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズでも2回主将を務めたレジェンド、サム・ウォーバートンがBBCのインタビューで「南アフリカのファンはこう言うと嫌がるだろうが、私はアイルランドが世界最高のチームだと思っている。あれほど完成されたチームは見たことがない」と明言したのだ。

 このインタビューはシックスネーションズの予想がメインテーマであり、ウォーバートンはついでにスプリングボックスに触れた感じなのだが、その後、騒ぎが拡大した。
 この発言に対し、『ラグビーは宗教、スプリングボックスは神』と崇める南アフリカのラグビーファンが黙っているわけがない。当然「(ワールドカップで)ベスト8を超えてからものを言え!」という反発の声が飛び交ったのは言うまでもない。

 ファンの怒りはラグビー関係者やコメンテーターにも飛び火し、南アフリカ代表キャップ最多の127を持つ同じくレジェンド、ビクター・マットフィールドも「ワールドカップの決勝を経験していない彼(ウォーバートン)が、ワールドカップを連覇したスプリングボックスをさておき、アイルランドが世界一とはよく言えるな!」と怒り心頭のコメントを返した。

 これにライオンズの元HCで最近はコメンテーターとして活躍しているスワイス・デブルウィンも「海外の評論家は煽情的だ。そして真実を述べていない」と続いた。南アフリカではテストシリーズ直前までSNSを中心にウォーバートンへの批判が止まらなかった。

日本代表のテクニカルアドバイザーを務めたヴィクター・マットフィールド氏。(撮影/松本かおり)

プッシュオーバートライで得た初戦勝利


 前哨戦はウォーバートンがその後は反応せず、うやむやに終わったが、その論争に決着をつける時がついにやってきた。7月6日、13日にアイルランドを南アフリカホームへ迎えてのテストシリーズである。

 実験的なメンバー構成だった、先月のウェールズ戦の先発メンバーの総キャップは637。その時のメンバーからは一転し、スプリングボックスはほぼ2023年の優勝メンバーを揃え、手堅く勝利を狙った。
 初戦先発メンバーの総キャップは975だった。ちなみにその優勝メンバーからは闘将ドウェイン・フェルミューレンが引退したぐらいで、その他の主要メンバーは健在である。フェルミューレンは早速、ラッシー・エラスムスHCよりスプリングボックスの巡回コーチに任命されている。

 さて初戦の舞台であるブルズの本拠地、ロフタス・ヴァースフェルド・スタジアムでのアイルランド戦は1998年以来。その時は33‐0でスプリングボックスが圧勝している。
エラスムスHCはその時のトライスコアラーの一人だった。ちなみに初戦のメンバー23人中、ブルズ出身者や現在ブルズ所属の選手はハンドレ・ポラードやジェシー・クリエル、ウィリー・ルルーをはじめ7名おり、地元の応援はさぞかし心強かっただろう。

 そのプレトリアの熱狂的なファンの声援の後押しもあり、スプリングボックスは27-20で接戦を制し、アイルランドから8年ぶりの勝利を何とかもぎ取ることができた。
前半は13-8、後半は14-12とアイルランドも最後までよく粘った。トライ数はスプリングボックス、アイルランドとも3。最終的には7点差がついたが、接戦だった。
 スタッツの分析はほぼ互角。強いて言えばオフロードなどのアタックに関してはややスプリングボックスが優勢だったが、タックルなどのディフェンス、セットピースに関してはほぼ同じ数値だった。

 この日のマン・オブ・ザ・マッチは『我らが』ジェシー・クリエル。相手との間合いを見計らった絶妙のタイミングのパスで最初のカートリー・アレンザのトライを演出し、チーム一の155メートルのゲインメーター(Metre Made)を記録した。
 もちろん、いつもの闘志あふれるタックルもあった。何度もアイルランドの勢いを止めた。

 そして、この日、圧巻だったのは78分に試合を決めたスクラムトライだ。英語でスクラムトライのことを「Pushover Try」と言うが、まさにブルドーザーが土砂を押し退けるようなイメージでスプリングボックスのフォワード8名がアイルランド・フォワードを粉砕した。

 たまたま同日、ブエノスアイレスで行われたアルゼンチンとフランスのテストマッチで、強力アルゼンチンフォワードが同様のスクラムトライを挙げたが、国際レベルの試合で、ここまでスクラムが一方的に押されることは稀である。アイルランドは為す術がなく、スクラム内で反則を犯したため結果的にはペナルティトライとなった。

 試合終了間際、アイルランドはこの試合で大活躍の元マオリ・オールブラックスのウイング、ジェームズ・ロウが起点となり1トライを返したが、この『これぞスプリングボックス』というダイナミックなスクラムトライが観られてファンは満足してノーサイドを迎えることができた。

 ただし、試合後、エラスムスHCは「全体的に目標は達成されたが、完璧なパフォーマンスからは程遠かった」。キャプテンに復帰したコリシは、「まだ終わっていないことは分かっている。やるべきことはたくさんある」とそれぞれ次戦に向けて気を引き締めた。

幕切れは劇的DG

 第2戦はシャークスの本拠地である、ダーバンのキングスパーク・スタジアムに場所を移した。先発メンバーでは、代表キャップ120を誇るフォワードの大黒柱、エベン・エツベス、闘魂の塊、ボンギ・ンボナンビ、そしてスクラムの支柱であるオックス・ンチェが現在シャークスに所属している。

 この日もスプリングボックスのメンバーは初戦と変更がなく、キャップ総数が史上最多の990となる強力な布陣で挑んだ。特筆すべきは12番ダミアン・デアレンデと13番ジェシー・クリエルが30回目のCTBコンビでの出場ということだ。
 2015年ワールドカップの「ブライトンの奇跡」、日本戦時にキャプテンだったジャン・デヴィリアスと神戸製鋼などでも活躍したジャック・フーリーの名CTBコンビが保持していた29回という記録を塗り替えることになった。ちなみにその次は同じくダミアン・デアレンデとルカニョ・アムが28回CTBコンビでテストマッチに出場している。

 そのスプリングボックスに対して、アイルランドは初戦の先発メンバーからダン・シーハン、クレイグ・ケイシー、そしてバンディ・アキなどの主力選手を怪我で欠いた。しかし、その危機感がチームを団結させたのか、前半はアイルランドが試合をほぼ支配。スプリングボックスは動きが鈍く、このシリーズで目指したキックを使わずボールをつなぎ続けるラグビーが機能しなかった。

 激しい肉弾戦が続いた。
 先発フルバックで出場したウィリー・ルルーは開始2分で脳震盪により退場。両ロック、フランコ・モスタードとエベン・エツベス、そしてアイルランドのルーズヘッドプロップのアンドリュー・ポーターは顔面を負傷し流血した。
 この日スプリングボックスは白を基調としたサード・ジャージを着用していたため、ジャージに血がついている選手が目立った。

 結局、前半はアイルランドのスクラムハーフ、コーナー・マレーがこの日両チームで唯一のトライを決め、16-6と10点をリードして終える。

 後半はスプリングボックスが息を吹き返した。
 この日、アイルランドに優勢だったのはスクラムしかなかったスプリングボックス。スクラムで得たペナルティで得点を重ね、後半56分にはついに18-16と逆転し、全体的に勢いが増した。
 しかし、アイルランドも初戦同様に粘る。その後も両チームとも意地の張り合いのようなシーソーゲームが続いた。

 64分の時点では24-19。スプリングボックスはこの5点差で何とか逃げ切りたいと願った。
 しかし、その消極的な姿勢が仇となったのか、後半から途中出場したアイルランドの控えのフライハーフ、キアラン・フローリーが残り16分で2本のドロップゴールを決めた。24-25とアイルランドが最後に勝利をつかんだ。
 特に2本目のドロップゴールは、ボールがバーを越えたと同時にノーサイドの笛が鳴るという劇的なものだった。

ダーバンでの第2テストは劇的な展開でアイルランドが勝った。(Getty Images)

 結局、この試合でスプリングボックスが得た24点はすべてハンドレ・ポラードのブーツから生まれた(8PG)。すなわちこの日スプリングボックスはゴールを割ることができなかった。アイルランドが鉄壁のディフェンスがゴールを守り抜いた。
 エラスムスHCは試合後、「その日最高のチームが勝利した」。コリシも「フィジカルで彼らに支配された」と素直に勝者を称え、自らの敗北を認めた。

 今回テストシリーズは3戦目がないので、両者が1勝1敗でドローとなった。両者の「世界一」をめぐる熱戦はこれからも継続される。
 両国のファンやラグビー関係者は早くこの決着をつけたいと思っているだろうが、このように実力伯仲の好勝負が続くのであれば、世界中のラグビーファンはもう少しこの状態が続くことを期待するだろう。

王者の戦いはさらに続く

 エラスムスHCは、7月20日にあるポルトガルとのテストマッチ、そしてその先にあるラグビーチャンピオンシップのための準備をすでに開始していた。
 スプリングボックスのスコッドには入っているものの、今回のテストシリーズには出場していない9名の選手を所属チームに返し、現在、南アフリカ国内で実施されている世界最古の地域代表選手権であるカリーカップへの出場を指示した。先のウェールズ戦で活躍したエドウィル・ファンデルメルヴァやマカゾレ・マピンピ、そしてケガから復帰したルカニョ・アムなどが含まれる。

 代表の活動期間中にあえて所属チームの試合に出場させるという技法は他ではあまり聞かないがが、エラスムスHCは「チームの層を厚くすることは我々の重要な柱の一つである。(中略)各選手が次の試合に向けて実際に試合をすることで調整をしてほしい」と実戦で試合勘を保つ指示を出す。ラッシー流である。

 7月21日、格下であるポルトガルがワールドチャンピオンにどこまで食い下がれるか。健闘を期待する。

【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了。立命館大学経営学部卒。著書に「ラグビーと南アフリカ」(ベースボール・マガジン社)などがある。

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