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3連覇への門出。
2連覇を達成したRWC2023ファイナル(写真)以後、初めて動き始めた南アフリカ代表。新たな才能がいくつも台頭してきている。(撮影/松本かおり)

3連覇への門出。

杉谷健一郎


 6月22日、「超速ラグビー」を掲げて果敢に挑んだ我が日本代表ブレイブ・ブロッサムズが、やはり強大であったイングランドに屈してから5時間後、南アフリカ代表スプリングボックスもウェールズを相手に今年の初陣を迎えた。

 しかし、戦いの場所はそのイングランド・ラグビーの聖地、ロンドンにあるトゥイッケナム。スタジアムの主が東方の日出ずる国に遠征中で留守とはいえ、なぜトゥイッケナムなのか?
 国と国との戦いであるテストマッチである以上、通常はどちらかの国で試合は行われるべきであろう。理由はいろいろあるが、基本的にはお金が絡んでいるようだ。

 まずこの試合のホスト国であるウェールズ代表の本拠地であるミレニアムスタジアムでは6月18日にテイラー・スウィフト、同25日にフー・ファイターズのコンサートがあり22日には使うことができなかった。

 そしてウェールズには規模の大きなスタジアムが少なく、7万4000人の収容人数を誇るミレニアム(プリンシパリティ)・スタジアムの次に大きなカーディフ・シティ・スタジアムでもキャパシティは3万3000人と半減してしまう。

 コンサートとテストマッチのどちらが先に決まっていたのかは分からないが、2組の世界的スーパースターが生み出す興行収入を考えると、ラグビーどころのウェールズにおいても、シーズン初戦の様子見的な親善試合の優先順位は低くなったのだろう。

 スプリングボックスにとっては敵地での試合より、「中立地帯」の方が当然戦いやすい。
 昨年8月、フランス・ワールドカップ前のウォームアップ試合としてトゥイッケナムでニュージーランド代表オールブラックスと戦った際は、8万人の観客を集めた。その多くが在英南アフリカ人の同胞たちだった。

 英国の人口統計資料ではイングランドだけでも南アフリカ生まれの人たちは21万人以上いると推計されており、そのほとんどがラグビー好きの白人である。
 したがって、スプリングボックスの試合はイングランドが絡まなくてもペイできるコンテンツだと認識されている。

 今回の試合の観客数は約6万人強となった。
 ちなみにウェールズ戦のチケットは一番安くても55ポンド(約1万1000円)。現在、南アフリカで売り出されているアイルランド戦のチケットで一番安い席は200ランド(1800円)だ。

 南アフリカの長引く経済不況を考えると、チケットの価格を値上げすることは難しい。
 昨年度は680万ランド(約6千万円)の赤字であったことを発表したばかりの南アフリカラグビー協会としても、トゥイッケナムでの試合は打ち出の小槌なのかもしれない。

 ロンドン開催は、試合のメインスポンサーであるカタール航空の意向があったともされる。
 世界170都市に就航しているカタール航空であるが、ウェールズの首都カーディフへの路線は現在運航停止中。逆にトゥイッケナムから車で15分のところにあるヒースロー空港はカタール航空の欧州における重要拠点である。

デュトイ、縁のあるウェールズ戦で主将を務める。

 さて前段が長くなったが、肝心の試合である。
 この試合はスプリングボックスにとって42回目のウェールズとのテストマッチだ。1906年から始まった両国の対戦結果は南アフリカが33勝7敗1分と圧勝している。

 ただしウェールズの黄金時代だった1970年代は、南アフリカでは人種隔離政策であるアパルトヘイトが実施され、その悪法への制裁のためスプリングボックスが国際ラグビーから最も孤立していた時期である。
 両国のテストマッチは1970年から1994年まで24年間途絶えており、その間に対戦できていればウェールズの勝ち星は少し増えたかもしれない。

 スコアは最終的には41-13とスプリングボックスの危なげない勝利だった。
 前半は14-13とウェールズが食い下がったが、後半は得意の展開になった。途中出場し、チームに活気を与える「Bomb Squad」(爆弾チーム)や若手選手の活躍により3トライ、2PGを加えてウェールズを突き放した。

 ワールドカップ明けの年ということもあり、両チームとも若手や試したい選手を登用したが、両チームのキャップ数を比較するとスプリングボックスが637、ウェールズが300。エベン・エツベス(118キャップ)ひとりのキャップ数は、ウェールズの先発メンバー全員のそれとほぼ同じだった。

 スプリングボックスは、ベテランと若手、経験の浅い選手をバランス良く配置していた。
 対してウェールズは昨年まで大黒柱だったアラン=ウィン・ジョーンズ、ダン・ビガー、そしてルイス・リースザミットなどが代表から退き、小粒になった感は拭えなかった。
 シックスネーションズでも全敗の最下位だった。その低調ぶりに、今後が危惧される。

ウェールズ戦で主将を務めたピーターステフ・デュトイ。写真は28タックルと、スーパーな活躍を見せたRWC2023の決勝より。(撮影/松本かおり)

 今回のスプリングボックスのキャプテンは、メンバー外のシヤ・コリシに代わり、ピーターステフ・デュトイだった。
 キャプテンとしてスプリングボックスを率いるのは2回目。偶然であるが2018年、米国ワシントンDCで行われたウェールズとのテストマッチでラッシー・エラスムスHCより初めてキャプテンに指名された。

 ただ、その試合は翌週にメインとなるイングランド戦がホームで控えていたため、主力選手は出場しなかった。控え選手や、2019年のワールドカップに向け、エラスムスHCが試してみたい選手により形成されたチームだった。
 現在はスプリングボックスの中核として欠かせぬ存在になっているデュトイであるが、その時点ではまだそこまでの信頼は得られていなかった。

 その6年前の試合では20-22とスプリングボックスは惜敗したが、デュトイは攻守にわたり獅子奮迅の働きを認められ、翌週のイングランド戦から主力組に引き上げられた。
 その後は7番に定着。2019年のワールドカップ優勝、そしてワールドラグビーアワードの最優秀選手賞受賞にまでつながった。

 ちなみにこのウェールズ戦ではクワッガ・スミスとマカゾレ・マピンピが初キャップを得ている。
 彼らにとってもその後の躍進につながるきっかけとなった。

ひしめく才能。SO、WTB争い激化。

 デュトイは今回の試合前、「ウェールズとは特別な絆があるような気がする」と述べた。特別なものを感じていたようだ。
 キャプテンとしては言葉でチームを鼓舞するタイプではないが、いつものように体を張ったプレーでチームをけん引した。

 今回のウェールズ戦で特筆すべきは、ともに初キャップを得た2人のフライハーフ(スタンドオフ)、ジョーダン・ヘンドリクスとサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルが周囲の期待に応えて活躍したことだろう。

 ヘンドリクスはライオンズ、ムゴメズルはストマーズに所属し、同じ22歳。ここ2、3年のうちに頭角をあらわし、今回、代表入りを果たした。
 ムゴメズルの父親はイギリス人でラジオパーソナリティであるニック・ファインバーグだ。イングランド代表になる資格もあったため、イングランドHC時代のエディ・ジョーンズからも熱心な誘いがあったという。

 両選手とも名刺代わりの50メートル超のペナルティゴールをそれぞれ前後半に決めた。
 ハンドレ・ポラードの後継者候補ができたことでエラスムスHCの表情も明るかった。

 もう一人。14番で出場したライオンズのスピードスター、エドウィル・ファンデルメルヴァは28歳で初キャップ。遅咲きではあるが、この試合ではプレーヤー・オブ・ザ・マッチの大活躍だった。

 よく守り、よく攻めた。
 特に独走かと思われたウェールズの韋駄天リアム・ウィリアムズにうしろから追いついた。一旦、ウィリアムズからフォロワーにボールが渡った際も、瞬間的に体の方向を変え、そのフォロワーもタックルで止めた。

 他にも見せ場があった。
 観客を唸らせる難しいタックルをいくつか決め、最後は試合終了5分前に密集を個人技で抜け、約40メートルを走り抜く。ダメ押しとなる代表初トライを決めた。

 今後、怪我で欠場していたチェスリン・コルビやユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(URC)の決勝戦に出場していたカートリー・アレンザが戻ってきたら誰がウイングを務めるのか。
 エラスムスHCは頭を悩ますことになる。

※この日、南アフリカ・プレトリアにてURCのプレーオフトーナメントの決勝がブルズとグラスゴー・ウォリアーズ(スコットランド)の間で行われていたため、ブルズの選手はこのテストマッチには参加していない。

 いずれにせよ、ワールドカップ2連覇のスプリングボックスの初陣は順調な船出となった。
 7月にはシックスネーションズ2連覇の好調アイルランドをホームに迎える。世界王者の現時点での立ち位置が確認できる。
 熱戦を期待したい。

【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了。立命館大学経営学部卒。著書に「ラグビーと南アフリカ」(ベースボール・マガジン社)などがある。

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