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赤と青の入り混じった光景。テレビの前で、心地よい悔しさを感じた。
両チームのファンが入り混じったスタンド。これがラグビー。(撮影/松本かおり)

赤と青の入り混じった光景。テレビの前で、心地よい悔しさを感じた。

渡辺匡


 2024年5月26日、国立競技場で行われたリーグワン決勝で、5万6486人という観客数は衝撃的だった。
 2022年10月の日本―ニュージーランドが6万5188人を集めたことからすれば、さほど驚くことではないかもしれない。しかし、集客に苦しんできたトップリーグ時代があっただけに、隔世の感があった。あるチーム幹部は「日本ラグビーのポテンシャルを感じました」。サムアップの絵文字入りショートメールには、興奮ぶりがにじみ出ていた。

 日本ラグビーの人気はいびつな構造だったと思う。日本代表はワールドカップ(W杯)で1995年から勝ち星がなく低迷。1980年代に隆盛を誇った大学ラグビーは人気低迷が叫ばれたものの、1年で最も観客数が集まるのは「早明戦」。国内最高峰のトップリーグは空席が目立っていた。

 振り返れば担当記者になった2011年ごろ、日々の取材は大学中心だった。
 天気予報で言えば、晴れ時々曇りのように、大学時々トップリーグ。競技レベルとは違ったヒエラルキーに違和感を覚えたが、2011年12月の早明戦は全盛期より大幅に減ったとはいえ国立競技場で約3万人。これに対し、2012年2月、トップリーグ決勝でサントリーがパナソニックに勝って2連覇した試合は秩父宮で約1万人。企業チームでファンを集める難しさを痛感し「これがラグビーか」と鬱屈とした心情になってしまった。

 変化の始まりは、言うまでもなく2015年W杯イングランド大会だった。「日本代表を憧れるチームにしよう」という決意を出発点とした選手たちが、初戦で南アフリカから金星を挙げた。五郎丸歩は一躍時の人になった。
 ただ、直後のトップリーグ開幕戦で完売にもかかわらず1万人という事態に。試合後、田中史朗が協会幹部に直接電話し「誇りをかけてこんなに頑張ってきたのに」と泣きながら悔しさを訴えた試合だ。原因は、チームを抱える企業から多くの来場者が来ると想定した、日本ラグビー協会側の見込み違い。企業頼みだった体質を露呈した。

 このシーズンは当時過去最高の約49万人の入場者を記録した。日本開催の2019年W杯後、軽々と記録を塗り替えるかと思いきや、新型コロナウイルスに水を差された。結局、初めて50万人を超えたのはリーグワン2季目、新型コロナ禍が落ち着いた後の2022-23年シーズンを待たなければならなかった。

リーグワンのファイナルで、こんな数字が見られるとは。(撮影/松本かおり)

私たちは、そういうファンではないから。

 だからこそ、今回のリーグワン決勝で5万人を超えた意義は大きい。2023年W杯フランス大会を終えた直後のシーズンであり、海外から多くの大物選手が来た影響もある。それでも、過去のような社会的なブームがあった訳ではない。リーグワンの改革はいまだ道半ばだが、いびつな構造にようやくピリオドが打たれたのではないかと思わせてくれた。

 周囲から、ラグビーは観戦のハードルが高い、閉鎖的な雰囲気で見に行きづらいという声を聞かされていた。確かに、と思うこともたびたびあった。
 2019年W杯日本大会直後の早明戦。全国的な熱気を受けて行われる伝統の一戦で、ブームに沸く雰囲気を取材しようと観客に話しかけると「私たちそういうファンじゃないから。そういうのは関係ないから」と一蹴されてしまった。「そういうの」とは、ラグビーブームであり「にわかファン」を指しているのは明らかだった。

 2015年W杯後には、一人でトップリーグを観戦した女性が来場したことに対して冷やかしの声をかけられた、という話も聞いた。1度や2度ではなかったそうで「他の競技でもそういうことはあるだろう」という考えも消えてしまう。
 人気がない時代から好きだった人からすれば、思い入れは人一倍。とはいえ、新たなファンを受け入れる雰囲気がなければ、増えるファンも増えないだろうなと、もどかしさを感じていた。

 グラウンドこそが主役ではあるが、スタジアムのスタンドは競技の実情を映す鏡であり、試合の価値を決める最後のピースでもある。南アフリカが母国で初優勝した1995年W杯。南アフリカ代表唯一の黒人選手としてプレーした故チェスター・ウィリアムズさんは「スタンドを見た時、白人と黒人が一緒になって応援していた姿が忘れられない」と語っていた。誰彼構わず勝利を喜ぶ光景こそが、人種融和の象徴になった。2015年W杯で日本が南アフリカに勝った試合では、時間がたつにつれて「ニッポン」コールが「ジャパン」コールに変わり、日本の存在感の変容を物語った。

 実は仕事の都合上、決勝を生で見ることができなかった。ただ、テレビの画面に映る国立競技場のスタンドは、東芝ブレイブルーパス東京の赤、埼玉パナソニックワイルドナイツの青で入り交じって見えた。
 各企業の招待客がスタンドを埋め、くっきりチームカラーで分かれていたトップリーグとは違う光景だった。これだけ多くの人がいれば、もう「にわか」を気にする人もいないだろう。試合内容も文句なし。「新しい時代の雰囲気を味わいたかったな」。
 どこか心地よく、悔しい思いをさせてもらった。

PROFILE◎渡辺匡
わたなべ・ただし。2002年共同通信入社。和歌山支局、大阪社会部などを経て2011年から本社運動部。ラグビー、スポーツ庁などを担当。東京都出身。


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