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伸びたリーグワンの観客数。継続的な成長に必要なものはなんだ?
2023-24シーズンのリーグワンは、D1、D2、D3の173 試合(リーグ戦/順位決定戦/プレーオフトーナメント/入替戦)で総入場者数は114万6524。(撮影/松本かおり)

伸びたリーグワンの観客数。継続的な成長に必要なものはなんだ?

谷口誠


「こんなに増えてすごい」「招待券のばらまきじゃないの?」
 今季のNTTリーグワンの観客数を巡り、様々な意見を聞いた。
 表面上の数字は大幅に伸びている。額面通りに受け止めていいのか。集客に苦しんできたかつてのラグビー界を知る人ほど、疑問を抱くようだ。
 実際のところはどうなのか。数字の中身を見て、他と比較することで、リーグワンの強みや弱みが見えてくる。

 今季の1部リーグ、レギュラーシーズンの平均入場者数は約8900人だった。プレーオフの4試合も含めれば9600人。前身のトップリーグ時代を含めてもかなりの好成績となった。
 これまでに最も多くの観客を集めたのは、2019年のワールドカップ日本大会のあとだった。「ラグビーブーム」がしぼむ前に新型コロナウイルス禍でシーズンが打ち切られたこともあり、平均観客数は1万1400人に達した。次点が2015-16年。直前に日本代表が南アフリカから大金星を挙げたことで、7700人が集まった(プレシーズンリーグを除く)。今季の入場者数はこの年を超え、歴代2位となった。

 海外と比べてみるとどうだろう。主要リーグのほとんどが各試合の入場者数をウェブで公開していないため、詳細は把握しづらい。ただ、現地報道などを見ると、フランスとイングランドの集客力が高いようだ。
 フランスのトップ14は今季の8割を終えた時点での数字を発表し、平均1万5000人だった。南半球のスーパーラグビーは1試合あたり1万人強とみられる。リーグワンは海外のリーグにまだ追いついていないが、急速に差を縮めつつある。

 もう1つ注目すべき数字がある。観客数の前年からの増加率は55%に達した。スポーツ界全体を見ても極めて高い部類に入る。
 誕生32年目となるサッカーJリーグがこの水準の伸び率を記録したのは、2022年の1度だけ。それも特殊要因によるものだ。この前年は感染予防のための入場制限が厳しく、観客数はコロナ禍前の半分以下に落ち込んだ。その反動で増加率が高くなった。

 リーグワンの記録的な成長の背景には、いくつかの要因がありそうだ。もともとの観客数が大きくなかったため、増加率が高くなりやすい。昨季の前半はコロナ禍の影響が一部残っていたが、今季は完全になくなった。好天も追い風になった。自力でのチケット販売というチャレンジを始めた各チームも、徐々にノウハウを蓄積しつつある。

 リーグワンの東海林一専務理事は、別の原因に言及する。
「ワールドカップの後に海外からたくさんの選手が来て、日本人選手も切磋琢磨したことで競技力が上がり、ファンの皆さんに素晴らしい試合をお届けできた」
 世界最優秀選手のFLアーディ・サベア(コベルコ神戸スティーラーズ)。この栄誉を2度経験しているSOボーデン・バレット(トヨタヴェルブリッツ)……。昨年のワールドカップフランス大会後、ニュージーランドなどのスターが大量に来日。その雄姿を一目見たいというファンを呼び寄せた。

今季王者の今季の有料客比率は75%ほど。

 昨年はラグビー以外の2競技でもワールドカップが開かれ、国内リーグに恩恵をもたらしている。
 女子サッカー、WEリーグの今季の平均観客数は1700人で、前のシーズンから23%増えた。バスケットボール男子のBリーグは4600人。前季比では33%増えた。Bリーグはもともと満員の試合が一定数あった事情もあるが、リーグワンの伸び率の方が上回った。

 この結果は正直、予想しなかった。理由はワールドカップにおける日本代表の成績である。バスケはアジアの最高位となり、パリ五輪の出場権を自力で獲得した。48年ぶりの快挙だった。女子サッカーは8強。一方のラグビーは2大会ぶりの1次リーグ敗退である。
 ワールドカップで自国のチームが期待に応えられなかった場合、国内の集客に好影響はない。ラグビー日本代表が0勝に終わった2007、2011年大会の後、トップリーグの観客は増えなかった。起きるはずのないお祭り効果は、やはり海外のスターによるところが大きかったのだろう。

 もう1つ理由があるとしたら、ワールドカップ日本大会の遺産だろうか。日本代表の躍進を受け、ラグビーに興味を持つ人が大きく増えた。しかし、直後のコロナ禍で実際に試合を見られた人は僅かだった。そうした人たちの胸の「残り火」をスターの来日が刺激したのかもしれない。

 あまりに観客数が増えたために、一部のファンや関係者からは疑問の声も上がった。無料招待で「水増し」された数字ではないかという指摘である。

 長らく企業スポーツとして歩んできた日本のラグビー界は、招待客が多かった。トップリーグ時代はおよそ半数に上ったとされる。ところが、リーグワン1年目の2022年シーズンは有料客の比率が約90%となった。各チームがラグビーを事業として捉え、自分たちでチケットを売るようになった。コロナ禍で招待券を配りにくい事情もあり、観客の中身は大きく変わった。
 2年目以降、リーグは有料客の割合の公表していない。招待客の割合は徐々に増えているようだが、いくつかのチームの状況を聞く限り、今季に極端な変化があったわけではなさそうだ。

リーグワン各クラブのファンへのアプローチは、年々進化している

「あそこは社員をめちゃくちゃ動員している」。今季、観客数を大きく伸ばしたあるクラブに、こんな噂が立った。
 しかし、通常の試合では8割ほどがお金を払って見に来る観客で、社員も自分でチケットを買うという。招待券を大きく増やした試合も一部あったが、シーズンを通した有料客比率は7割前後だろう。他の競技では、半数以上が招待客というクラブもあるから、7割ならそう低くはない。

 ビジネス面でリーグの先頭集団にいる、東芝ブレイブルーパス東京。有料客比率は昨季の90%弱から今季は75%程度に下がった。荒岡義和社長は「今年はスターがたくさん来た。これを期に試合に来てもらうために招待券を増やした」と話す。タダ券のばらまきは自らの首を締めるが、戦略的な招待は悪いわけではない、Jリーグの場合、招待客の20%が再びスタジアムを訪れるというデータがある。

チームの分社化か、企業の一部門か。

 実はここ数年、多くの競技が招待券を増やしている。コロナ禍で離れた観客を呼び戻すためだ。クラブの入場料収入を総入場者数で割った「チケット平均単価」を見れば、その様子が浮かび上がる。

 顕著なのがBリーグである。1部のクラブの2022-23年シーズンの平均単価を見ると、3分の1がコロナ禍前より落ちている(昇降格したクラブは除く)。リーグ平均は2700円だが、その半分以下と異常に安いクラブも3つあった。物価や人件費の高騰を考えればチケット価格も上がるはずだから、招待券の影響とみるべきだろう。Jリーグ1部でも、昨季のチケット単価がコロナ前より落ちたクラブが4分の1あった。
 リーグワンはクラブの経営指標を公開していないため、チケット単価を比べることはできない。ただ、招待客の割合が他競技より極端に低いわけではなさそうだ。「招待券のばらまきで観客数が増えた」も事実ではないだろう。

 集客面で飛躍を遂げたリーグワンだが、今後も成長曲線を描き続けられるだろうか。
 話はそう簡単ではない。むしろ、来季は客足が少し遠のく可能性が高い。他競技を見ても、ワールドカップ効果があった翌年は、集客が落ちこむのが常。ブームが冷めるのは仕方がないが、肝心なのは落ち幅をどこまで抑えられるか。そのための体制整備が、リーグワンはまだ遅れている。

 初優勝を果たした東芝ブレイブルーパス東京の荒岡社長が決勝の前に言っていた。「チームを東芝から分社化した効果は大きかった。選手やスタッフにプロ意識が浸透し始めてきた。外部の人材も増やすことができている。分社化はチームが強くなったことと無関係ではないし、ビジネス面の成長にも大きな違いが出る」。

 各競技のビジネスに関わる人と話していても、分社化によるチームの「プロ化」こそがリーグ発展のカギだと話す人がほとんどだ。しかし、東海林専務理事はリーグワン全体で取り組む可能性を否定する。「企業の一部門としてうまくいっているチームもある。全てのチームに独立法人化を求めることは今の時点では考えていない」。

 年20億円の活動費がブラックボックスとなるため社内外の批判を受けにくい。チームと責任会社が連携しやすい、など実業団のメリットは確かにある。ただ、こうした議論はサッカーやバスケが既に通り抜けてきたものである。
 Bリーグの創設が議論されていた10年前、バスケの各チームを取材したときも分社化への反対意見をよく聞いた。しかし、どちらの道が良かったのか。「プロクラブ化」を義務付けたBリーグの発展を見れば、結論は明らかに見える。

 来季のリーグワン1部に所属する12チームのうち、分社化しているのは、ブレイブルーパスと静岡ブルーレヴズ、浦安D-Rocksの3つ。大半は実業団のままだ。意思決定に時間が掛かり自由度が低い組織のままで、「祭りのあと」の落ち込みを防げるだろうか。
 大きく伸びた観客数が今後のリーグワンのベースとなるのか。今回もまた一過性の波で終わるのか。継続的な成長に必要なものをもう一度、議論する必要があるかもしれない。

PROFILE◎谷口誠
たにぐち・まこと。日本経済新聞社編集局運動グループ、記者。1978年12月31日生まれ。滋賀県出身。膳所高校→京都大学。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署勤務。ラグビー以外に、野球、サッカー、バスケットボールなども取材する。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。高校、大学時代のポジションはFL。

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