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【車いすラグビー日本代表】池 透暢が10年務めた日本代表主将を退任。「キャプテンという役が自分を成長させた」
10年にわたり日本代表キャプテンという大役を全うした池 透暢(44歳)。向上心と努力の人だ。(撮影/張 理恵)

【車いすラグビー日本代表】池 透暢が10年務めた日本代表主将を退任。「キャプテンという役が自分を成長させた」

張 理恵

◆『生きた証』を自分でつかむためにも、やろう。


「楽しさよりも苦しさを伴った10年だった。でも、キャプテンという役が自分を成長させた」
 車いすラグビー日本代表のキャプテンを務め上げた池 透暢(いけ・ゆきのぶ)は、重責を終え充実した表情で語った――。

 パリ2024パラリンピックで史上初の金メダルに輝いた、車いすラグビー日本代表。
 パラリンピック後初(※)の国際大会となった2月の「2025ジャパンパラ車いすラグビー競技大会」(千葉市)では、オーストラリア(パリ・銅メダル)、イギリス(同4位)、フランス(同5位)と世界の強豪が集結するなか、日本が優勝を果たし、ロスに向け好スタートを切った。
※若手の育成を目的とした国際親善大会「SHIBUYA CUP」を除く。

 パリを沸かせた各国代表のパフォーマンスに、今年1月に施行された国際ルールの一部変更による影響など、多くの見どころがあったが、その中で伝えられたのが、日本代表キャプテンの交代だった。
 これまで、リオ、東京、パリとパラリンピック3大会で日本代表をけん引した池 透暢がキャプテンを退き、乗松聖矢、小川仁士、橋本勝也の3名が新キャプテン候補として選任された。

 チームの大黒柱として大きな存在感を示した池が、日本代表キャプテンに就任したのは2015年。
 車いすバスケットボールから車いすラグビーへと競技を転向して、2年後のことだった。
 ラグビー経験がほとんどないまま代表合宿に呼ばれ、まだ選手として磨かなければいけないことだらけ。「まだ早いよ」というのが、監督からオファーを受けたときの率直な心境だった。

 だが、監督の意図することや自身に向き合ううちに変化が現れた。
 当時、チーム内では仲間への尊重のない言葉が行き交っていて、それを改善したいという思いを持っていた。それに自分自身、中学時代にバスケ部でキャプテンをうまく務められなかったというコンプレックスがあり、それを克服して過去の自分を超えたいと思った。

ケビン・オアー元HCと臨んだ最後の大会。チームは心をひとつにして戦いパリへの切符を勝ち取った(2023年アジアオセアニア選手権、写真中央が池)。(撮影/張 理恵)


 そして、もうひとつ。
 池には、やり遂げなければならない明確な目標があった。
 19歳のとき、車が炎上する大事故で障がいを負い、同乗していた3人の友人を亡くした。生かされた自分に何ができるのか。苦悩の末たどりついた思いが、友人の分まで生き、その「生きた証」としてパラリンピックのメダルを獲るということだった。
 キャプテンを務めることで、その目標に対しても主体的に突き進むことができるのではないかと考えた。

「自分の中でキャプテンというものは大きくて、チームを勝たせる存在、チームを結果に導く存在だと思っていました。それを担うということは、自分の努力がメダルに直結すると感じたんです。(10年必死にあがいた)車いすバスケで掴み取れなかった金メダル、そして『生きた証』を自分でつかむためにも、やろうって思いました」
 そうして、庄子 健とのダブルキャプテンという形でスタートした。

 翌年に開催されたリオ・パラリンピックで日本は史上初の銅メダルを獲得。
 池は、池崎大輔に次ぐプレータイムをマークし、チームの主軸としてメダル獲得に大きく貢献した。
メダルセレモニーで「生きた証」を空高く掲げ、天を仰ぐ池の姿は、印象的なシーンとして刻まれた。

◆どう生きるのかを問い続けながら生きてきた。


 東京パラリンピックでの金メダル獲得に向け、新たな挑戦が始まった。
 日本にとって、池にとって、大きなターニングポイントとなったのが、2018年の世界選手権だ。
 東京パラリンピックを2年後に控え、チームはこの大会をパラリンピック本番と想定し「最高到達点を取りに行こう」と試合に臨んだ。

 順調に勝利を重ねた日本だったが、予選最終戦で世界王者・オーストラリアに52-65と惨敗。厳しい現実を突きつけられる。
 プール2位の日本は、アメリカとの準決勝を控えていた。
 チームミーティングで池は、メンバー全員に「チームの良いところ、日本がどんなときに強いか」を発言させた。全員をポジティブシンキングにさせ、勝利している自分たちの良いエッセンスを認識することが、良い結果を生むのではと考えたからだ。

強豪が集う国際大会でMVPを授賞するなど世界のトッププレーヤーである池。2022年の世界選手権でも数試合でマン・オブ・ザ・マッチに輝いた。(撮影/張 理恵)


 すると、これがポジティブなメンタルをもたらし、どん底まで沈んだチームを這い上がらせた。準決勝でアメリカを51-46で下し、オーストラリアとの決勝戦では粘り強く戦い抜き62-61とリベンジの大勝利。日本が史上初の世界チャンピオンに輝いた。
「あのミーティングによってチームをチェンジすることができた、『できない』を『できる』に変えることができたのは、とても良い経験となりました」

 池のリーダーシップは揺るぎないものへと確立されていった。
 しかしその一方で、キャプテンという立場が負担や重荷になったことがあるとも明かしている。
「新しいことにチャレンジしたり、チームにイノベーションが起きるようなことを発案したり、想像のいかないところにリードしていくのが、日本代表のキャプテンとして理想だと考え、背伸びをした時期もありました。同じことの繰り返し、変化のない状況が怖かったし、チームのために何もできてないんじゃないかと苦しんだこともありました。みんなをリードしなければと、いろいろ本を読みながら試したり、言葉のチョイスなど試行錯誤した時期もあります」

 そんな人知れぬ苦悩を抱えながらも、ブレなかった思いがある。
「チームの心を同じにしたいという思いがあったので、常にみんなの心を見ようとしたし、お互いが信頼し合い、心がある程度近い部分で進むことを大切にしてきました」

 自身3度目となったパリでのパラリンピック。ついに池は、悲願の金メダルを獲得した
 車いすバスケで世界を目指したあの日から20年。悔しさの欠片もない、人生最高の「生きた証」を、自らの手でつかみ取った。

池はキャプテンとしてチームの先頭に立ち続けた(写真は、2024年クアードネーションズ)。(撮影/張 理恵)


 キャプテン退任後、初めて臨んだ今年2月の国際大会。
 講演や普及活動で多忙を極め、トレーニングにあまり時間を割けずに臨んだ大会だったが、パリ以来の代表戦は「楽しかった」と振り返った。
だが、いちプレーヤーとして出場する感覚がなかなか掴めず、「楽しむんだったっけ、恐い顔をして猛獣モードか? 何モードでいくと良いパフォーマンスがでるんだったっけと考えてしまい、逆に緊張してしまった」と、笑いを誘う場面もあった。

 そうして、10年にわたった日本代表キャプテンの経験を、このような言葉で締めくくった。
「キャプテンという、ある一定程度演じなければいけない自分があったことで、ノーマルな自分よりも、成長しなければいけない、向上心を持たないといけない、姿勢を見せないといけない…という思いがありました。常に自分を律して生きていかないと、チームを牽引していくことはできないし、信頼を得ながら進んでいくことはできません。俳優でいえば役作りのような、キャプテンという『役』が自分を本当に成長させたし、その分、考える時間や悩む時間、苦しむ時間も多く与えたけれども、気を抜けなかったからこそ、選手としても、人間としても成長することができました。
『演じる』というと、何かを被ったり、本当の自分はこうじゃないのに、と聞こえるかもしれませんが、そうではなく、すばらしい本質をもった人間になるために、僕はどう生きるのかを問い続けながら生きてきた結果、強い自分になれたし、強くいつづけることができました。ただ、その楽しさよりも苦しさを伴う10年だったなというのは思いますね」

◆新たなリーダーシップで、さらに前へ。


 池からバトンを受け取り、この大会で共同キャプテンを務めたのは、乗松聖矢と橋本勝也だ。
 乗松は、日本のディフェンスの要としてリオ、東京、パリの3大会連続でパラリンピックに出場。ハードワークが代名詞の経験豊富なプレーヤーだ。
「自分自身も成長するチャンスだと思うので、がんばります。楽しんだうえに勝ちがついてくればいいなと思うので、全員がそう思えるように努めていきたいです」と力強く意気込みを語った。

 そして、「いずれ日本代表のキャプテンを務めたいと思っていたので、すごくうれしいです」と笑顔を見せたのは、来月23歳になる橋本勝也だ。
 高校1年生のときから日本代表候補として経験を積み上げ、自身2度目のパラリンピックとなった昨年のパリ大会ではチーム最多得点をマーク。日本のエースへと成長した。
今大会でキャプテンを務めるにあたり、池にアドバイスを求めた。
 池からは「相手の心を読むこと」という言葉が返ってきたという。

【写真左上】日本代表として国際大会の経験も豊富な乗松聖矢(右)はプレーでチームをけん引するつもりだ。(撮影/張 理恵)
【写真右上】シニアチームでは初めてキャプテンを務めた橋本勝也。どのようなキャプテンシーを発揮していくのか楽しみだ。(撮影/張 理恵)
【写真右下】新たなリーダーのもと、車いすラグビー日本代表がどのような景色を見せてくれるのか期待だ。(撮影/張 理恵)
【写真左下】コートでもベンチでもリーダーシップが光る小川仁士。昨年度の日本選手権では大会MVPを獲得した。(撮影/張 理恵)


 キャプテンを務めるプレッシャーについて問われると、「正直、楽しいです」と橋本。
「みんなに大変な役目だねって言われますが、大変は『大きく変われるとき』と書きます。上を目指すにあたって、つらい状況とか環境をどう打開していくかを考え、それを実行しフィードバックすることで成長できると思っています。悔いのない競技生活を送れるようにがんばります」

 さらに、プレーのみならずコートでもベンチでもリーダーシップが光る小川仁士を加えた、新キャプテン候補たちが、今後の日本代表を力強くけん引する。

 4月18~20日には、若手の育成を目的とした国際親善大会「三井不動産 車いすラグビー SHIBUYA CUP 2025」(東京・国立代々木競技場第一体育館)が開催され、池は自身初の日本代表アシスタントコーチを務める。そして、橋本は同大会3度目のキャプテンとして出場する。

 新たなリーダーがどんな日本代表を見せていくのか、キャプテンの経験を活かし、池がどのような軌跡を描いていくのか、その言動に込められた思いにも注目したい。


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