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冷や汗の勝利も、戦いの中にいられる幸せ。小川高廣[東芝ブレイブルーパス東京]
1991年3月18日生まれの33歳。東福岡→日大→東芝。日本代表キャップ2。(撮影/松本かおり)
2025.03.05
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冷や汗の勝利も、戦いの中にいられる幸せ。小川高廣[東芝ブレイブルーパス東京]

田村一博

 小川高廣は3月18日の誕生日を迎えると34歳になる。東芝ブレイブルーパスに加入したのは2013年。それ以来積み重ねた試合出場数は、信頼の厚さと比例する。

 2024年1月27日、敵地でのトヨタヴェルヴリッツ戦でトップリーグ、リーグワン通算100キャップに到達した。
 ルーキーイヤーからの11季の間、コロナ禍でシーズンが途中打ち切りとなった年もあったことを考えれば平均で毎シーズン10試合近く出場してきたことになる。

 その小川が3月1日に鹿児島でおこなわれたクボタスピアーズ船橋・東京ベイとの試合で今季2試合目の出場を果たした。前節(2月22日)のリコーブラックラムズ東京戦に続いての出場は、通算102キャップ目だった。

 100キャップ目と101キャップ目の間に1年以上(392日)のブランクがあるのは、多くの人に祝福された豊田スタジアムでの節目の試合で大怪我を負ったからだ。
 左足の前十字靭帯と内側靱帯を断裂した。復帰に長い時間を要した。

 手術とリハビリを経た後にピッチに戻るのは簡単ではなかった。
 昨年9月からトレーニングを本格化させようとするも、何度も肉離れを経験する。今年に入って走れるようになったが、体力とスピードは、なかなか納得できるレベルに戻らなかった。

二転三転する展開を制して得た勝利だった。(撮影/松本かおり)


 そんな日々を超えて復帰に漕ぎつけ、迎えたのがブラックラムズ戦だった。後半12分からピッチに立った。
 スピアーズ戦では後半22分にベンチから出た。「先週と比べてゲームに慣れた感覚もあり、スムーズにゲームに入っていけました」と20数分間のパフォーマンスを振り返る。

 復帰してからの2試合とも、先発の杉山優平からバトンを受けてプレーした。
 いま注力しているのは、自分の強みを出すことより、チームの望む展開のテンポを最後まで落とさないことだ。「(出番が訪れる時は)チームに疲れが出る頃だと思うので、流れを取り戻せるようにしたいと思っています」。

 自分が戦列を離れている間、チームは実力を伸ばし、2023-24シーズンの覇者となった。今年も開幕から好調をキープしている。
 その戦いを見ていて感じたのは、「スクラムハーフ目線で言うと、キックが減った」ということだ。

「どこからでも、アタックすればトライを取れる力がある」と感じるほど頼もしい仲間たち。ボールポゼッションは高い。チームにはいつも、アタックしようぜ、の空気がある。

 復帰してすぐに、そんなアタッキングマインドを持つチームにフィットするには高い対応力が必要だ。正直に、「チームが強すぎて、(自分はその中に)入っていけるかな」と思ったという。

「蹴りたいなと思っても、シェイプが崩れていないならキープした方がいいのかな、と判断を難しく感じるときがあります」と話す小川は、「この試合(のクオリティーに完全)にフィットしていける体を作らないと。チームのアタックとシステムの理解も、もっと深めていかないと」と続けた。
 その表情が明るい。やっぱり最前線で戦えるのは幸せだ。

 怪我で試合から離れている間、複雑な気持ちになった。確かにベテランと呼ばれる年齢ではあるけれど、自分は気にならない。それなのに、ピッチに立っていないといろんな声が聞こえてくる。
「もう引退するの?」
 怪我をしていると知らない人の中には、「引退しちゃったの?」と言う人もいた。

 相手に悪気がないのは分かっているが、「くそっ」と自分を奮い立たせた。
「ただ何回も肉離れを繰り返した時には、本当にやばいかもしれない…と弱気になったこともありました」
 そんな時、トレーナーが「絶対大丈夫」と励ましてくれたことを、どれだけ心強く感じたか。
「いろんなことを試してくれました。お陰で、心が折れることなく頑張れました」

 鹿児島でのスピアーズ戦の最終盤は、予想できない展開になった。後半35分過ぎからの攻防は目まぐるしく、誰もが高いプレッシャー下でプレーした。
 31-27とリードしていた。自分たちの陣地でスクラムを組んだスピアーズが攻める。しばらくしてできたラックでの小川の、LOルアン・ボタへのプレーは反則とされ、PKで自陣に入られた。

ブレイブルーパスが長くキャンプ地として訪れている鹿児島で公式戦を戦ったのは、リーグワンになってから初めて。「ここでは勝った記憶があまりなかったので、きょうはよかった」。小川自身、トップリーグ時代の2016-17シーズンにコカ・コーラレッドスパークスに、その前年もNTTコムに敗戦。2013-14シーズンのキヤノン戦には勝っている。(撮影/松本かおり)


 スピアーズボールのラインアウトはノットストレートでブレイブルーパスのスクラムへ。しかし、ここで小川がパスアウトの際にボールを前に落とす。
「フォワードが圧力を受けていました。出せばなんとかなると思ったし、(SOの)モウンガも『はやく』と。急ぎすぎました」

 再びスピアーズのスクラムで、相手は押し込んでPKを得た。しかし、トライライン直前に蹴り出したかったSOバーナード・フォーリーのキックはタッチインゴールを割る。ブレイブルーパスがスクラムを得た。
 80分は過ぎている。
 もつれながらも、しっかりスクラムを組んで球を出し、外に蹴り出せば勝利を得られるはずだった。

 しかし、赤いジャージーがアーリーエンゲージ。FKを得たスピアーズはすぐに攻めに転じた。NO8ファウルア・マキシ主将が突っ込んだ。
 その時、マキシ主将の抱えたボールの周辺にあった僅かな隙間に、途中出場のLO伊藤鐘平が腕を突っ込んでボールをこぼさせた。
 それを拾ったモウンガがキックを外に蹴り出す。やっと勝利の瞬間を迎えることができた。

 一連の流れの中でペナルティとハンドリングエラーをした小川は、「(負けたら)東京に帰れんぞ、と思いました」と安堵の表情だった。
「これまで、鹿児島ではあまり勝っていなかったので、よかった!」

 戦いの中に身を置ける充実の中で、「9番を背負いたい気持ちはありますが、体力面も、パフォーマンスもまだ(足りない)。ただ、(この先)やれるぞ、というものは見せていきたい」と話す。今季、レギュラーシーズンの残りは8試合。その先にはプレーオフもある。
 前キャプテンの力が生きる季節。


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