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鹿尾貫太、変わらず元気。MOMOTARO’S上昇を引っ張る
1995年9月6日生まれ、福岡県出身。草ヶ江ヤングラガーズ、東福岡、東海大とラグビーを続けた177センチ、90キロのハードタックラー。(撮影/松本かおり)

鹿尾貫太、変わらず元気。MOMOTARO’S上昇を引っ張る

田村一博

 仲間を元気づける。その場を明るくする。キャラクターは変わっていなかった。
 ボールタッチがとても多い。周囲に頼られているからだろう。鹿尾貫太(しかお・かんた)はいま、『AZ-COM丸和MOMOTARO’S』(丸和運輸機関ラグビー部/以下、MOMOTARO’S)でプレーしている。

 1月26日には、千葉県柏市の東京大学 丸和 柏FUSIONフィールドで3地域社会人リーグ順位決定トーナメント戦の決勝がおこなわれた。
 MOMOTARO’Sが戦ったのは東京ガス。その試合は43-33で東京ガスが勝ち、2年ぶりの優勝を果たした。

 トップイースト、トップウェスト、トップキュウシュウ各リーグの上位2チームずつが参加する3地域社会人リーグ順位決定トーナメント戦。MOMOTARO’Sは2013年創部ながら順調に階段を昇っている。
 2024-25シーズンは初めてのトップイーストリ―グAグループで優勝(7勝1敗)。そして、3地域社会人リーグ順位決定トーナメント戦のファイナリストにもなった。

 決勝は東京ガスに先行を許す展開となったが、残り20分過ぎまでリードをするなど健闘した。
 勝利には届かなかったけれど、チームとしての経験も少なく、若い選手たちも多い中で、頂上決戦を戦えた経験値は今後につながるだろう。

 鹿尾はその試合で13番を背負って出場し、80分間ピッチに立った。
 得意のアングルをつけた走りで前進し、強いタックルも健在。仲間を鼓舞する声も大きく、明確で、フィールド全体を活気づけるものだった。

妹・みなみさんは東京山九フェニックスのWTBで、先の全国女子選手権大会で3連覇。「結婚して野原さんになったので、全国に40人前後しかいない鹿尾姓がひとり減りました」。(撮影/松本かおり)


 試合を終えた29歳は、「終始ブレイクダウンでプレッシャーをかけられて自分たちが思うような展開はできませんでしたが、戦えるところは戦えました。ただ課題は(ブレイクダウンと)明確です。そこを詰めていかないと来シーズンも勝てない。ディテールが大事」と試合の総括と来季へ向けての思いを簡潔にまとめた。

 静岡ブルーレヴズには2023-24シーズンまで所属した。昨年9月から丸和運輸機関で働く。
 総務部に所属し、チームでもフィールド内外の活動に積極的に参加する。SNSの発信や企画に「しゃしゃり出ています」と愉快そうに話す。

 東海大4年時(2017年)、香港代表戦に2試合出場して日本代表キャップを2つ持つ。
 2018年度にヤマハ発動機ジュビロに加入し、2023-24シーズンに静岡ブルーレヴズを退団するまで6シーズンを静岡で過ごした。

 リーグワン初年度は13番のジャージーを7試合で着るなど充実していた(計8戦出場)。しかし徐々に出場機会は減り、ラストシーズンはピッチに立てなかった。

 MOMOTARO’Sを新天地に選んだのは、グラウンドなど整えられた環境や選手たち、スタッフの意欲に触れて、「未来を感じるチーム」と判断したからだ。
 トップチームで社員選手として4年、プロ選手として2年プレーした経験を周囲に伝えて、チームとともに上昇していきたいと願う。

 置かれた立場を気に入っている。持っているものを仲間に伝えるアウトプットにより、自分も成長、チームも上昇していけていると感じている。
 伸びしろの多いチームと体感している。

 初めてのトップイーストAグループで優勝できたのも、各試合で出た課題を1週間でクリアし、次戦に臨むサイクルを実践できたからだ。
「しっかりとしたプロセスを経たからこその結果だったと思っている」

 リーグワン、ディビジョン1の中でプレーしてきた者として、そこに這い上がること、そこで勝つことがどれだけ大変かよく理解している。
 近道はないと分かっている一方で、「全員でセイムページを見て、毎日成長し続けられたら、前進し、ディビジョン3、ディビジョン2と上がっていける」と確信もある。

 それでも簡単なことではないから、自分の目標を問われると「チームをリーグワンに引き上げることだけ」と即答する。
 練習でも試合でも、その他の活動でもムードメーカー。インタビュー時には「トレードマークなので」とわざわざヘッドキャップを被り、「チームの周知をどんどんしていきたい」と話した。

得意のタックルは相変わらず威力あり。今季はプレーオフも含めて10試合に出場。(撮影/松本かおり)


 チームの先頭に立ち続けるにも、自分が成長することも忘れない。前述のように仲間へのアウトプットも進化の一助になっていることに加え、ゲームの中での役割が以前とは変わったことで力をつけている。

「静岡の時はアタックできる選手が他にたくさんいました。なので、もともと得意なディフェンスを意識することのほうが多かった。いまはアタックできる機会を多くもらっているので、ボールキャリーは成長していると思います」

 実際、東京ガスとの試合でもボールを多く持った。本人も、「きょうはボールタッチが特に多かったですね。戦略もあるし、匂いを感じ、どんどん走り込んだ状況もありました」。
 鋭く前に出て、トライを呼ぶプレーもあった。

 赤いヘッドキャップだから、そんなプレーがよく目立つし、記憶に残る。
 鮮やかなその色にしたのは4年ほど前から。「それまでは青のヒョウ柄や、いろんな色が散りばめられたものを被っていたのですが、赤がいちばん目立つと友だちやファンの方から言われたので、赤のスパイクと合わせています」という。
「ま、そのぶんミスしても目立つのですが」

「来シーズン、(トップイーストでの)全勝優勝はマスト。きょう課題として出たブレイクダウンは、絶対に改善しないといけない。そこは率先して変えていこうと思います」と先を見て言う。

 チームに加わってすぐに感じた熱はいま、さらに高まっているから、「毎日が楽しい」と素直に言える。
 みんなで、ひとつの目標に向かっていくのって、やっぱりいい。



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