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力で圧倒しようとしない。しかし、パワーでも相手を上回る。スピード、スキル、判断と、すべての局面でレベルが高い。
大会を通じて、高校ラグビーの最高到達点をあらためて更新したといっていいレベルのパフォーマンスを見せた桐蔭学園(神奈川)が1月7日、東海大大阪仰星を40-17と破り、2年連続5回目の優勝をつかんだ。
頂点を目指し、指導者、選手たちが真摯にトレーニングを繰り返し、考え抜いたからたどり着いた。そこは、この国の高校生ラグビーマンたち全員の憧れの場所だ。
しかし、そこまでの距離はそれぞれ違う。指先がかかっているチームもあるだろう。フォワード強化が進めばと、具体的に頂点へのアプローチが見えているラグビー部も。
頂点など遠すぎるから、もっと近くを見て、日々を過ごしているラグビー部がほとんどなのも事実だろう。
リーグワンの前身、トップリーグ2013-14シーズンまで九州電力(キューデンヴォルテクス)でプレーした吉上耕平(きちじょう・こうへい)さんは、2017年から福岡県立筑紫丘高校ラグビー部のコーチを務めている。
同校の卒業生で、ラグビー部OB。グラウンドや試合に足を運べるのは週末に限られるものの、監督の中村総一郎先生をヘッドコーチとして支えている。
同ラグビー部は1946年の創部。花園出場3回の歴史を持つ。ただ、東大阪の聖地に足を踏み入れたのは1989年が最後。今回の全国大会福岡県予選では北筑高校に35-21と勝つも、小倉高校に43-7と敗れ、3年生たちの高校ラグビーは終わった。
もう何年も後輩たちの指導にあたっている吉上さんは、自分も現役時代、OBの角(旧姓・矢ケ部)博コーチに教わった。
現役を退いた後、先輩であり恩師の角さんから手伝ってほしいと打診され、同じように愛情を注ぎたいと思った。中村監督がバックス、自分はフォワードにアドバイスを送っている。
吉上さんは現役引退後、東京勤務になった際、母校の早大でもコーチを務めた。福岡に戻ってからは、九電のコーチも。
前者は常に大学日本一を目指している集団だ。後者は、プロフェッショナルな意識を持ってラグビーに取り組んでいる。目指しているのは明確に勝利。その両チームでコーチがすべきことは、目標に届くための技術や駆け引き。選手たちもそれを求めていた。
選手たちが必要としていることに対応するのは、どのカテゴリーでもコーチに求められるものではあるけれど、筑紫丘高校では、早大や九電でのコーチングとは違うものが必要とされている。
部員たちの中にはラグビースクール出身者もいれば、高校で初めて楕円球に触れる者も少なくない。状況は、それまで経験してきたチームとは違った。
高校生たちと接し、若者が秘める可能性の大きさを感じる。コーチを務める自分たちの役目は、それを引き出すこと、さらに伸ばすこと。
そして、高校卒業後もプレーを続けたくなるように、このスポーツを好きになるようにすること。高いレベルを目指したくなる時もあるだろう。そういう時のためにも、しっかりした土台を作っておいてあげたい。
監督の意向もあり、選手たちの主体性を尊重するチームだ。2023年度は、ディフェンスからチームを作ろうとみんなで決めた年だった。
その年の春の県大会だった。福岡工に19-10。ロースコアの試合を制したのは、目指してきたものが出た成果だった。部員は、そんな成功体験を得て成長していく。
2024年度のチームは新人戦で嘉穂に10-17と敗れてスタートを切った。同校とは春の九州大会予選でも対戦し14-14。抽選の結果、次戦へ進むことはできなかった。
花園予選では嘉穂と対戦することはなく、3年生はリベンジできないまま3年間を終えた。
部員たちは相手校から学ぶことがあっただろう。それは、コーチたちも同じだ。
吉上さんは、嘉穂の様子を見ていて、田村一就監督と部員たちの近さを感じたという。
「先生は選手たちを信頼していて、選手たちは先生を頼りにしている。いい関係だな、と」
プレーヤーとしてもコーチとしても、トップレベルでの経験を持つ人でも、高校ラグビーの現場、そして選手たちから学ぶことはたくさんある。
それが、仕事の合間を縫ってグラウンドに出る理由になっているし、なにより選手たちの成長が嬉しくてたまらない。
「みんなに違う景色(今がベスト16ならベスト8へ、ベスト8なら4へと)を見せてあげたい」と話す。
まずは、福岡の県立高校で一番になれたらいいと思う。そうすればまた、その先の景色も視野に入ってくる。
2024年度のチームに1年生が入ってきた時、数名から「東福岡に勝ちたい」との声が挙がった。果たしてそれは夢物語なのだろうか。
9月、遠征で石見智翠館と練習試合を戦った。試合には敗れたけれど、通用したことも少なくなかった。花園のAシード校に挑んで感じてほしかったのは、「やってやれないことはない」の感覚だ。
常にそんな前向きな体感を得てほしい。「不可能はない」の信念は、その先にある。
ラグビーが自分のベースになっていると吉上さんは話す。「いろんなことを教えてくれる先生で、一緒に歩いてくれる友だち」という。
教え子たちにも、そんな人生を歩んでほしい。花園出場の夢は叶わなくとも、「高校3年間、筑紫丘でラグビーができてよかった。成長できた」と思って次のステージへ。
最近の卒業生も、九大や東京海洋大、信州大などでラグビーを続けている。楕円球の魅力をより深く知ってくれたら、コーチとして、それ以上嬉しいことはない。
◆吉上耕平のラグビー的視点
ラグビーは陣取り合戦とフィジカルバトル(格闘技)が混ざったスポーツ。また、相手を少しでも「コントロールできれば」勝利に近づくことができる。
キックチャージの鬼だった同コーチは、「キッカーに少しでもプレッシャーをかけ、キックを『蹴られる』のではなく『蹴らせる』ことを意識していました」という。
「ブレイクダウンの50センチや1メートルはよく意識されますが、私は『タッチキックの1メートルにこだわりを持ち、プレッシャーをかけ続け、少しでも次の起点が有利となる状況を作る』ことを意識していました」
キックチャージの極意は、跳ぶのではなく、『走り抜ける』とのこと。「そうしたら顔やお腹など、体のどこかに当たります」。
ラインアウトも相手に「取られる」のではなく、相手の強みを分析し、そこだけは「競り→取らせない」ところを作る。また、違う場所(例えば前の方)で「あえて取らせてあげて」、次のラインディフェンスでプレッシャーをかけることを意識していた。
プレーヤー時代は、「対戦相手にまたこのチーム、この人たちと試合をしたいと思ってもらえるプレーを心がけていた」そうだ。
駆け引きも含め、ラグビーのおもしろさを表現したいと考えていた。