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2024年シーズントップイーストの熱戦は12月7日、Aグループは既報の通りAZ-COM丸和MOMOTARO’Sの優勝で閉幕した。
ここでは、その同じ日におこなわれた日立SUN NEXUS茨城×横河武蔵野アトラスターズの試合を振り返りたい。
今シーズン前節までの成績は、日立は3勝4敗で3位の順位が確定していた。一方の横河は1勝6敗で勝ち点はわずかに5。仮に勝ち点を挙げても4位以下で下位との入替戦が確定している。
なんとなく消化試合になりそうな予感もしたが、この予感はよい意味で裏切られ、逆転に次ぐ逆転の好ゲームとなった。
日立と横河。母体となる企業はいずれも日本を代表する電機メーカーだ。
日立はその創業の地である茨城県日立市にチームも拠点を構える。一方の横河は横河電機本社のある武蔵野市にホームグラウンドを持つ。
母体となる、と言ったが実は横河は横河電機ラグビー部を前身とし、2017年2月に一般社団法人を設立し、運用形態を企業所属のチームから地域スポーツクラブに移行している。同じく日立も2022年にクラブチーム化している。
そんなどこか似たところのある両社だからか、偶然なのか、ラグビーチームとしても似た取り組みをしている。
それは地域との交流だ。
試合当日、秩父宮に似つかわしくない戦隊ヒーローキャラクターがお目見えした。武蔵野市のヒーロー「蒼象神ザナ」だ。
聞くと武蔵野市と横河はラグビーを通じた地域貢献を自治体と共同でおこなっている。
一方の日立も毎年4月に行われる桜マラソンへのゲストランナーの参加や競技補助を実施し、地元開催の試合には1000人近い観客が駆けつけるという。試合前の電光掲示板には日立市のPR動画が上映されるなど、こちらもご当地からのサポートは手厚そうだ。
両チーム共に着実に地域に支援の輪が拡大している様子がここからも伺える。
このことは本稿の最後でもう少し詳しく述べたい。
さて試合の方を見てゆこう。
試合のオープニングイベントとして、各選手をナレーションと共にビジョンに写真入りで紹介するなど、華々しい演出が凝らされていた。しかもナレーターは各チームとゆかりのある子どもたちで、ハイタッチ入場をサポートしてくれたラグビースクールの子どもたちともども、ゲームを盛り上げてくれた。
キックオフのホイッスルが鳴った。両チームキックの蹴り合いが続く比較的静かな立ち上がり、日立がPGを決めた直後、今度は横河が左大外から折り返しのパスを受けてWTB高平祐輝(明治大)が最初のトライを挙げた。
高平は当年33歳、ラグビー選手としてはベテランの域にあると言って良いが、全く衰えを感じさせない。
ベテランと言えば、横河は30代の選手がメンバーに名を連ねる。この日のスタメンだけでもPR高田和輝(32)、NO8清水新也(32)、SH那須光(35)CTB髙橋大輔(32)、西橋誠人(32)と15人中5人が30オーバーだ。
いつまでもラグビーへの情熱を持ち続け、出場機会を自ら掴み取る姿勢は後輩たちに無言のメッセージを発信してくれていることだろう。
3-5と横河が逆転したのも束の間、前半13分今度は日立FL當眞真(流通経済大)が前から決めていたプレーなのだろうか、ラインアウトの長いボールをキャッチしそのままトライ。キックも決まり5-10と再逆転した。
日立は帝京大、東海大といった大学の強豪校出身の選手が多いが、地元茨城の流通経済大出身選手も多い。當眞もその一人だ。
もしこうした選手を大学時代から追いかけてくれるファンがいてくれれば、クラブチームとして「茨城のチーム」のカラーがより強くなってゆくだろう。
その後も両チーム相手陣深く攻め込む場面を何回か作るが、相手ディフェンスがここをよく守り、スコアが動かない。5-10のまま後半を迎える。
前のトライからハーフタイムを挟んで40分以上続いた膠着状態を動かしたのは、後半16分、横河だ。10メートルラインより深い位置からSO衣川翔大(慶應義塾大)がショートパント。相手ディフェンスの頭の上に蹴り出した。そのボールを自らキャッチする鮮やかなプレーから、パスを効果的に回し、一気にゴール前まで迫った。
衣川は常翔学園時代、故・上田昭夫監督から誘いを受けて慶大に進学。学生時代はCTBとしてもプレーしていた。横河武蔵野に入ってからはSOとして1年目から公式戦に先発出場している。
素早くスペースを見つけて大きくゲインできる正確なキックと、「窮地の冷静」が保てる精神力の強さ、トイメンを確実に倒す慶大仕込みの「魂のタックル」が魅力だ。
その後ブレイクダウンを挟んで、最後にCTBの髙橋大輔(帝京大)がガラあきとなったインゴールに飛び込む。
これで10-12と横河がまたしても逆転だ。
しかしその直後、日立もFL當眞がブレイクダウンで自らボールを持ち出すと、ハンドオフでトイメンのディフェンスをかわし一気に走ってそのままトライ。キックも決まり17-12とこの日4回目の逆転とした。
逆転のたびに秩父宮のスタンドからは歓声が上がった。
「横河!」
「日立がんばれ!」
一進一退の試合展開に、スタンドの声援も大きくなる。武蔵野市、日立市の関係者、あるいは横河電機、日立製作所の関係者がこの場にいたら、思わず胸が熱くなる瞬間である。
スポーツの、ラグビーの持つ素晴らしさが最高潮に達した瞬間だった。
熱戦が続き、そろそろ選手たちにも疲労の色が見え始める時間帯だ。しかし日立は選手交代が少ない。この試合の交代はわずか2名と、13人は80分ピッチにたち続けた。
その中でも特に光ったのがLOの藤丸優也(専修大)だ。183センチ、 99キロと社会人のLOとしては決して大きくはないが、攻守にわたってアグレッシブさをいかんなく発揮してスタンドを何回となく沸かせた。
この選手も専大松戸高出身の「準地元」選手、今年入団の期待の星だ。
そして後半30分、日立の反則からPKをタッチに蹴り出し、ラインアウトからのモールで横河HO塩田海輝(大東文化大)がインゴールに押さえて17-17の同点。コンバージョンキックが決まり再再再再逆転。日立はこの試合PKがわずか4で、後半唯一のペナルティーがこれであった。
その機を逃さなかった横河の勝負強さが光ったプレー。最終スコアは17-19で、大接戦を横河がものにした。
これでトップイーストの全日程を終了し、前述の通り日立は3位、横河は4位が確定した。そのゲーム内容は拮抗したもので、今後もトップイーストAの名勝負を繰り広げてくれそうな予感がする。
見る者にとってはこの上なく楽しいゲームだったが、当事者はどのようにこの試合を見たのだろうか。勝利した横河の高島大地HCに試合後話を伺うことができた。
「今シーズン開幕当初は苦しい戦いだったが、前節の丸和戦から手応えをつかめてきた。今日はそれを活かして勝ち切れた。入替戦は1点差でも、とにかく勝つということにこだわりたい。」
順位という点では横河は、この試合に敗れても7点差以内の負けであれば勝ち点1が付き、得失点差で4位を獲得できた。その状況下でも勝ちにこだわり、勝ち切れたことは入替戦に向けて大きな弾みとなるだろう。
入替戦は12月22日13時KO、横河電機グラウンドでBグループ2位のクリーンファイターズ山梨を迎え打つ。
現在トップイーストAグループでは日立、横河、秋田ノーザンブレッツがクラブチーム形式、要するに企業のラグビー部の社員選手が出場する「実業団チーム」ではなく独立した球団となっている。
日立は基本的に日立グループ各社の社員で構成されるが、他の企業に勤める選手にも門戸を開いているチームもある。Bグループについても筆者が把握しているだけでも、クリーンファイターズ山梨、明治安田ホーリーズ、ライオンファングスが様々な勤務先から選手を受け入れている。
「リーグワンができてからトップイーストもレベルアップした。」
周りからはよくそのような声を聞くようになった。プロ志向の強いリーグワンよりも、引退後の自分のキャリアパスを考え一般企業に就職する大学生プレーヤーが増えたことがその一因だろう。
しかし企業チームとしてもいくら大企業が母体とは言え、ラグビー部採用の社員を無限に増やせるわけではない。プレーしたい選手がいて、プレーしてもらいたいチームがあるのに、採用ができない。希望する就職先が別にある。そのようなジレンマに対しクラブチーム化という方法が上手くはまっているのではないかと思う。
ただそうなると、「企業」というチームの輪郭線が曖昧になる。では一体なにによってチームはアイデンティティを保てるのであろうか。このキーワードが「地域」だ。
とにかくラグビーがやりたい、と言ってみても人間やはり最終的に「自分たちは何者なのか」という問いは残る。今回秩父宮でスタンドから聞こえた声には、確実に「地域の、自分たちのチーム」としての横河武蔵野、日立を応援する声が混じっていた。
地域から愛されるチームには選手の居場所があり、そのようなチームがやがて強くなってゆくことだろう。