2でも16でもいい。とにかくピッチに立ちたい。
そう思うシーズンを過ごしてきた。
この国を代表するフッカー(HO)が同じチームに2人いたのだから、置かれた状況が厳しいのは明らかだった。
しかし3週間後に開幕する新シーズンは、これまでと様相が違う。
埼玉パナソニックワイルドナイツは、チームと日本代表のスクラムを最前列の真ん中で支えてきた堀江翔太が、リーグワン2023-24を最後に現役引退。長く司令塔を務めた松田力也はトヨタヴェルブリッツに移籍した。
2年続けて覇権を逃した状況もある。それでも充実の選手層を誇っているとはいえ、チームとして変わらなければいけない時期でもある。
堀江は日本代表キャップ76。スーパーラグビーでのプレー経験(レベルズ)もあったから、プレー面はもちろん、マインド面、ナレッジの深さでも、チームを支えてきた。
チームには現役日本代表HOの坂手淳史がいるとはいえ、堀江のしていた仕事を誰かが埋めなければいけない。
11月4日、熊谷ラグビー場でグローバルラグビーフェスタと銘打ったレッズ(スーパーラグビー)との一戦でワイルドナイツのHOを務めたのは島根一磨(先発)と下釜優次(ベンチスタート)だった。
ふたりともプレシーズンにアピールし、シーズン中の出場機会を増やしたい思いを胸に日々を過ごしている。
レッズ戦でワイルドナイツは、序盤に2トライ、14点を先行されたことが響き、一時は28-31と迫ったものの、最終的には42-28と敗れた。
しかし、強度もスキルレベルも高い一戦を経て、チームが得たものは大きい。選手たちにとっては、力をアピールする機会となった。
島根は28歳になった(11月30日生まれ)。2018年度、大学選手権で準優勝した天理大で主将を務めていた。
2019年度からワイルドナイツに在籍し、トップリーグ最終年の2021年シーズンはプレーオフで3戦連続先発出場を果たす。リーグワンの直近の2季では、2、3試合ずつの出場にとどまっている。
入団6シーズン目の開幕を控える島根は、「(出場機会を増やす)チャンスとは思っています。プレシーズンからいいアピールができるように頑張っている途中です」と話す。
2番のポジションは層が厚いと承知の上でここに来た。そういう環境こそが「自分が成長できる場所」と思ったからだ。
それは正解だった。
簡単にはピッチに立てないが、日本を代表するHOたちと同じ空間にいることで学ぶことはたくさんある。詳細な説明や手取り足取り教えてくれるわけではないが、「一緒にやることで学び取っていました」。
堀江氏はアドバイザーとしてチームに残っている。まだまだ成長しないといけない自分にとっては変わらず大きな存在。「いろいろと話を聞いてもらっています。もらったアドバイスを聞いて成長していきたい」と話す。「自分のプレーを見てくれていることがありがたい」と言う。
レッズ戦後、セットプレーについては及第点も、ディフェンスシステムの遂行やタックルの成功率をもっと高めないといけないと感じた。
そしてフィジカリティーの強い相手に体を当て、FWから前に出る姿勢が勉強になったという。
開幕が近づいている。島根は、「やるべきことをやるだけ。チャンスがいつ来るか分からない、それが来た時に、ものにできるように練習に取り組んでいる」と話す。
レッズ戦に後半28分から出場した下釜は、28-36というスコアでピッチに入り、短いプレータイムながら必死に動いた。
しかしチームは最終盤に突き放された。下釜自身も、「インパクトを与えようと思っていましたが、ディフェンスに回って、受ける時間が多かった」と話し、次戦以降でもっとアピールしたいと話した。
2016-2017年シーズンを九州電力キューデンヴォルテクスで終えた後、2018年の春からワイルドナイツに加わった。カップ戦では出場機会を得るも、トップリーグ公式戦への出場はわずか。リーグワンでも、初年度と3季目(昨季)に1試合ずつ出場しただけだ。
32歳、ワイルドナイツ7季目となる今季に懸ける思いは強い。
玉龍高校時代(鹿児島)はFL。筑波大ではCTBでプレーも、4年時は志願してFLに戻った。Cチームからのスタートと分かっていても、自分の思いに正直に生きた。
ただ、大学卒業後に進んだ九州電力では、CTBとして誘われていたこともあり、同ポジションでプレーする。一念発起の移籍は3シーズン経った後だった。チャンピオンチームでプレーしたい気持ちを行動に移し、トライアウトを受けてワイルドナイツへ。
トップチームでプレーすることを優先し、「HOなら」の条件を受けて決断した。
トップチームの一員へ。その願いは叶ったものの、試合出場へのハードルが高いことを痛感しつつ、過去6シーズンを過ごしてきた。
ただ、足踏みはしていない自負がある。毎週、同じポジションの大きな存在を超えようとチャレンジを繰り返し、メンバー外と決まれば、相手チーム役となってまた、出場予定メンバーにチャレンジして、試合への良い準備となるようにした。
昨季2シーズンぶりに出番が巡って来た際、好パフォーマンスを出せたのも、「浮き沈みがある中で、できることを100パーセントやり切ることを意識してきたからだと思っています」。
久々に出場したその横浜キヤノンイーグルス戦では、筑波大時代からの同期で、昨季限りで現役を退いた内田啓介(SH)とともにプレー。さらにトライを奪うこともできた。
「地元・九州の試合でもあったし、まず楽しもう」と考えてピッチに立ったことも、思い切ってプレーできた要因のひとつだったかもしれない。
ワイルドナイツ加入後、チームの一員として優勝の空気は何度も吸ってきたけれど、その感激を、ピッチ上で味わったことは、まだない。
ただ気負いはない。「できることをやり続ける」ことこそ、蓄積と成長の原点であり、信頼を得るための唯一無二の行動と分かっている。
「堀江さんのような精神的支柱と言っていい人の引退は寂しいですが、個人的にはチャンスと思っています。セットプレーにおいて重要な役割があるポジションなので、技術だけでなく、メンタルの部分も高めて試合に臨めるようにしたいと思っています」
キリリとした眉とぎょろりとした目に、芯の強さが感じられた。
キャプテンも務める坂手とともに、ワイルドナイツのHOの座を託される候補者たちには、島根、下釜の他に、まだ24歳の島田彪雅もいる(11月30日の三菱重工相模原ダイナボアーズとのプレシーズンマッチでは島根が先発し、島田が途中出場)。また、春になればニューフェイスも加わるだろう。
競争の激化が、王座から2季離れているチームを刺激する力になることを期待する人は多い。