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「どこかで誰かが見ていてくれる」。栗原大地(東洋大)は、高校生にそう伝えたい。
192センチ、102キロ。将来を見つめ、「ラグビーで可能な限り、力を尽くしたいと思っています」。(撮影/松本かおり)

「どこかで誰かが見ていてくれる」。栗原大地(東洋大)は、高校生にそう伝えたい。

田村一博

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 何回も断った。
 だって自信がなかったから。
「自分なんて無理。そう思っていました。僕は農業をやりたいんです、と何回も言いました」

 10月6日の関東大学リーグ戦1部で、東洋大が流通経済大に27-24で勝った。
 試合後、濃紺のジャージーが歓喜の輪を作った。その中に笑顔でいたNO8の栗原大地は3年生。今季、開幕から3戦続けて出場している。

 そのうち2戦は先発。4番のジャージーも着た。
 昨季は5試合に出場。そのうち4試合は8番でスターターの座に就いている。

 LOのジュアン・ウーストハイゼンが211センチもあるから、近くにいると小さく見える。
 しかし栗原は192センチ。大きいのに、よく走る。ラインアウトでも働く。伸び盛りだ。

 昨季2位の流経大に勝って、チームは盛り上がった。試合後は、控えの選手たちと抱き合い、笑った。
 しかし、「勝つには勝ちましたが、自分にもチームにも課題が残った」と話した。

 チーム全員で「リンク」という言葉を胸に臨んだこの試合。「ディフェンスでも、アタックでも、ちゃんとリンクできなかったところがありました」と反省する。
 そうは言いながらも、セットプレーで圧力をかけ続けたことも勝利の要因となった。FWとしては手応えを感じただろう。

 栗原は群馬県立伊勢崎興陽高校の出身。トップレベルの大学ラグビー選手の出身校に、その校名を見たことがない。
 東洋大・福永昇三監督の大学、三洋電機時代の先輩にあたる島田直樹さんが群馬に住んでいた。試合を見て長身の少年の存在を知り、伝えてくれたことが始まりだった。

211センチのジュアン・ウーストハイゼンがいると、周囲が小さく感じる。栗原は左から3人目。(撮影/松本かおり)

 190センチ超の身長がある。知る人ぞ知る存在ではあった。しかし、3年時の花園予選では1勝しただけで敗退。部員数も多くない。
 その身長なら、「ビッグマン&ファストマンキャンプ」の網に引っかかりそうなものだが、本人は「僕に熱意がなくて」アピールする気などなかった。コロナ禍で人の目に触れる機会も少なかった。

 だから、高いレベルでやれる自信なんてない。冒頭のように、普通なら嬉しいはずの誘いにも首をタテに振らなかったのも仕方ない。
 熱心に誘った福永監督は、「5回ほど通い、(全部本人に)断られました」と当時を懐かしむ。

 中学時代までサッカー部。伊勢崎興陽高校に進学したのは農業を学びたかったからだ。
 祖父母が農業を営み、トマトやこんにゃく芋を育て、収穫しているから、「いずれは自分も」と考えていた。

 楕円球のクラブに入ったのは、サッカー部がなかったのが第一の理由。サイズを見込まれ、ラグビー部から誘われて入部を決めた。
 高校時代の恩師は、いまも同校ラグビー部を率いている。森田達哉先生は、「入学してきた時はすでに180センチを超えていましたが、線が細かった」と言う。

「ただ、素直で、人の話を聞いてくれました。入学した頃は長い距離も走れなかったのですが、真面目で、ウエートや走り込みに取り組んだ。力をつけ、2年生の秋には強くなっていました」

「試合でも練習でも、簡単には止められなくなっていきました」と続けた。
 普段は穏やかで、いつも笑顔。しかし、スイッチが入ると激しい。そんな頼もしい存在になった。

 東洋大からの誘いを聞いて、恩師も説得した。
「農業をするにしても、大学に行って、その後でもいいんじゃないか、と。でも、気持ちはなかなか変わりませんでした」
 最終的には、いろんな人と話し、チャレンジすることを決断した。周囲の熱が届いた結果だった。

 全国から実績のある選手たちが集まってくる部だから、大学入学後、周囲との力やナレッジの差に戸惑うこともあった。「ルールもよく理解していませんでした。最初は何もできませんでした」と本人が苦笑する。

 しかし、先輩たちは優しかった。「多くの方にサポートしてもらったお陰で、たくさん学びました」と感謝する。
「高校時代とは違う、ラグビーのおもしろさを感じています」

「ラインアウトでもっと自分の強みを見せたいです」。(撮影/松本かおり)

 自分の強みをもっと磨きたい。
「ラインアウトのディフェンスが、まだまだだと思っています。練習しないと」
 そして、もっともっと走りたいと話す。

 想像していなかったレベルで、いまプレーできている。夢のようだ。
「どこで誰が見ていてくれるか分からないですね」と幸運に感謝し、「いま、ラグビーがめちゃくちゃ楽しいです」と顔をくしゃくしゃにした。

 全国には、自分と同じような境遇の高校生たちがたくさんいるだろう。「俺なんて無理」と思っている者たちも。
「きっと誰かが見てくれている。一瞬一瞬を大事にして」のメッセージが優しい。

 母校の森田先生も、教え子が充実していることを喜ぶ。
「こちらに戻ってくれば電話をくれて、練習に行っていいですか、と言ってくれます。優しいところ、まったく変わりません。いまいる部員たちが、自分たちも、と思うようになってきたのも嬉しいですね。私も、誰が見ていてくれているか分からない。誰にだって可能性はあるぞ、と。そんなことを、よく話します」

 ひとりの少年がラグビーの楽しさを知り、強くなって、人に影響を与える存在になった。
 栗原大地に限った話ではない。こうやって、人から人へ熱が伝わっていることに嬉しくなる。

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