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NZ撃破のアルゼンチンFBフアン=クルス・マリーアは、トゥールーズの『万能ナイフ』
オールブラックス戦で躍動したFBフアン=クルス・マリーア。(Getty Images)

NZ撃破のアルゼンチンFBフアン=クルス・マリーアは、トゥールーズの『万能ナイフ』

福本美由紀


 8月10日にオールブラックスに勝った(38-30)アルゼンチン代表のFBフアン=クルス・マリーア(27歳)は、トゥールーズに欠かせない選手だ。
 昨季、トゥールーズの全36試合中21試合に出場し、そのうち19試合で先発メンバーだった。

 しかし、背番号15をつけたのは5試合だけ。8試合は14番、6試合は10番をつけた。必要ならばCTBもできる。さらにゴールキックも狙える。しかも、どのポジションでも期待を裏切らない。
 フランスではマリーアのことを万能ナイフと呼ぶ。

 WTBでは、いてほしい時にいてほしい所にいて、トライを取り切り、味方のチャンスを得点にしてくれる。

 昨季、特にファンを沸かせたのは、彼のSOとしてのレベルの高さだった。
 パスもキックも器用だ。周りを生かすこともできる。その前のシーズンもSOで5試合出場していたが、1年経ち、トゥールーズのプレーへの理解もさらに深まり、チームの攻撃を見事に指揮。このポジションでの成長を見せた。

 シックスネーションズで欧州各国代表選手が不在の期間、トゥールーズが勝ち点を稼ぎ、トップ14での優勝を有利に進められたのは、マリーアのおかげと言っても過言ではない。

「器用な選手で、得点力もある。どのポジションでもレベルを落とさずにプレーできる。(同じアルゼンチンの)サンチャゴ・チョコバレスと共に、アルゼンチンの気性で、チームにプラスアルファを与えてくれる。フアン=クルス(マリーア)は我々に必要不可欠な選手になった」

 トゥールーズのユーゴ・モラ ヘッドコーチ(HC)も目を細める。

 マリーアがトゥールーズに加入したのは、2021年1月。CTBの選手に負傷者が続出し、さらにシックスネーションズで代表選手が不在になるのをカバーするために追加選手として6か月の契約だった。

 当時アルゼンチン代表HCだったマリオ・レデスマと、ハグアレスを率いていたゴンザロ・ケサダ(現イタリア代表HC)からの推薦だった。新型コロナウイルスの影響でハグアレスが活動できなくなっていた頃だ。

 加入してすぐにトップ14のリヨン戦で13番をつけて80分プレーした。しかし、その翌週の練習で指を脱臼し、グラウンドを2か月離れることになった。「完全に打ちひしがれていたよ」とモラHCは振り返る。

 だが、その2か月を利用して、まったくできなかったフランス語を身につけた。さらにチームメイトが練習しているのを観察し、チームのプレー哲学を理解して、グループに合流した時にすぐにフィットできるように備えた。

 グラウンドに復帰した時には、チームメイトとフランス語で言葉を交わし、プレーでも型にはまるようにスムーズに対応できた。チームメイトの信頼も得た。

 復帰して5試合目がチャンピオンズカップの決勝戦だった。背番号は13。この試合でトゥールーズの唯一のトライを決めた。トゥールーズが接戦を制した(22-17)。

「プロ選手としての将来が見えない状態だった。ハグアレスが消滅してしまい、6か月の契約でフランスに来た。でもそのあとは何もなかった。トゥールーズに残るために全力を尽くさなければならなかった。あのトライで僕のキャリアは変わった」

RWC2023では日本戦に出場して活躍した。(撮影/松本かおり)

 約1か月後、トップ14の決勝では14番をつけて80分プレーした。

 シーズンが終わると、マリーアの契約延長が発表された。

 入団当時はFBでプレーしたいという希望も口にしていたが、トゥールーズにはトマ・ラモスがいる。当時はマキシム・メダールもいた。今はスコットランド代表のブレア・キングホーンもいる。

「ここでは、プレーが始まると背中につけている番号は関係ない。どのポジションであってもチームに貢献できる」と言うマリーアのことを、モラHCは高く評価している。

「彼はいくつものポジションをこなす能力が高く、まるでこのクラブで生まれたようだ。『ポリバレント』(複数役割可能)な能力は我々のシステムの中で最も重要な要素。カメレオンのように変幻自在な選手をコーチできて私は恵まれている。フアン=クルスはそのマインドセットを最もよく表している選手だろう」

 そしてトゥールーズはマリーアを成長させてくれる。特にゲーム理解度と試合の駆け引きで成長できたと本人は感じている。

「トゥールーズではミスは学習プロセスの一部だと考えられている。アルゼンチンではミスをすると叱られて萎縮してしまう。ここは逆に、思い切ってイニシアチブを取ることを奨励している。ミスをすれば修正できるように手助けしてくれる。技術の問題ならスキルの練習をする。判断が良くなかったのなら、次からはどうすれば良いのかコーチと話し合う。クラブが選手の成長を助けてくれる。だから、このクラブにいたいという気持ちがモチベーションになって、プレーのレベルを上げようと努力する」

 その努力は報われている。

 マリーアとトゥールーズの契約は2023年にも再度更新され、現在、2026年までになっている。ヨーロッパチャンピオンに2度、フランス国内チャンピオンに3度輝いた。
 そして先週末はウェリントンでニュージーランドを相手に勝利を挙げた。

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