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【職人指導者の頭の中】スクラムとモールは似ている。長谷川慎[静岡ブルーレヴズ](上)
はせがわ・しん/1972年3月31日生まれの53歳。京都・東山→中大。サントリー時代の1999年、2003年にワールドカップに出場(日本代表キャップ40)。サントリー、ヤマハ発動機(現・静岡ブルーレヴズ)でコーチ経験を積み、2016年から日本代表のアシスタントコーチに。2023-24シーズンから静岡ブルーレヴズのアシスタントコーチ(撮影/松本かおり)

【職人指導者の頭の中】スクラムとモールは似ている。長谷川慎[静岡ブルーレヴズ](上)

田村一博

◆チームの歴史の中でも培われていた。


 この人の話には、いつも続きがある。終わりがないと言ってもいい。
 先へ先へと進んでいく。

 2019年のワールドカップで日本代表が初めての8強に入った時、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ(以下、HC)のもとでアシスタントコーチを務めた。
 さらに4年間、同ポジションで世界と戦い続け、2023年大会ではチームはプールステージ敗退となるも、フォワードパックに魂を込めるアルゼンチンと互角に組み合った。
 長谷川慎=スクラムドクターの認知度は高い。

 その職人が2023-24シーズンから指導する静岡ブルーレヴズがたくましい。今季は15節を戦って11勝4敗の4位。すでに6チームに与えられるプレーオフ進出の権利を手にしている。

 11勝の中には、東芝ブレイブルーパス東京からの2勝、埼玉パナソニックワイルドナイツからの勝利と、自分たちより上位チームとの対戦で得たものも含まれているから価値は高い。
 藤井雄一郎監督率いるチームの土台の強さを確かなものとしている。

 今季のレヴズは鍛え上げられたフォワードが攻守においてコリジョンで相手を後退させ、仲間に勢いを与えることが多い。
 長谷川アシスタントコーチ(以下、アシスタントコーチ=コーチ)はラインアウト、モール、アタックブレイクダウンを担当している。
 スクラムについては、田村義和コーチが現場のメイン指導者。長谷川コーチも、大枠、幹となる部分を一緒に考えている。

 ブレイブルーパス戦の2勝を振り返っても、レヴズはフォワードの圧力でゲームの流れを引き寄せた。特に初戦では20メートル近くを押し切ったものも含め、モールの強さが際立っていた。
 その原点はどこにあるのか。

「何かひとつ、というものはありません。どういう時に押せているか、押せないときはどういうときなのか、相手に前に出られないためにはどういった策が必要か、細かいことがみんな分かってきたのだと思います」と長谷川コーチは言う。
「スクラムとモールは似ていると思います。なぜいいのか、どうして悪いのか、言葉にしやすい」

今季は昨シーズン王者のブレイブルーパスから2勝。第5節、1月18日に34-28と勝った試合ではモールが効いた。©︎JRLO


 チーム名がレヴズになる前、ヤマハ発動機ジュビロの時代から、スクラム、ラインアウトはチームの戦い方の軸にあった。歩んできた道を遡ればスクラムがクローズアップされることが多かったものの、モールも以前から強かった。

 長谷川コーチも、「もともとスクラムでペナルティを取って、五郎丸のタッチキック、そこからのモールで点を取る。スクラムの優位性のゴールがモールでのトライだったので、昔からそこには力を入れていました」と話す。

 スクラム、モールとも、「自分たちのディテールを持っているかどうか」が、結束の強さと生み出すパワーの大きさと深く関係する。
 同コーチは代表チームでの活動期間、スクラム時のセットアップの重要性を繰り返し説いてきた。それは強いパックとなるための第一歩であり、そこが正確でないと、8人は塊にならず、前へ動き出さない。そして、行きたい方向へ進まない、と。
 だからラインアウトも、ボールを確保した後のセットアップを追求してきた。

◆モーターズの成長。増える引き出し。


 ジャンパーやリフターのムーヴ、スローイング、ジャンパーの動き、キャッチングからデリバリーと、動きがある中でのセットアップの確立と遂行は簡単ではない。
 それを強固なものに作り上げるのは日々のトレーニングしかない。

 そんな背景を考えた時、レヴズの躍進を支えているものについて長谷川コーチは「モーターズと呼ばれるBチームの存在」を挙げる。
「スクラムもAチームだけでは、それ以上強くならない。若い選手やメンバー外の選手が強くなって、いい練習を行えることが大事。それはモールも同じで、いま、モーターズがモールディフェンスもアタックも強いから、いい。試合に向かうにあたり、いろんな課題が出て、そこを修正することを繰り返していくうちに良くなっています」

 選手自身が引き出しを増やしていけると試合中の判断や対応力が高まる。
 例えば、今季の東芝との1回目の対戦時、敵陣22メートル付近のラインアウトからモールを組んでトライライン直前まで迫り、最終的にトライを奪ったプレーがあった。

「いいモールでした。ただ、あの位置からモール組むと僕は予想していませんでした。いい意味でびっくりした。あの位置では違うサインも持っていましたがモールを選択した。選手たちはすごいな、と感心しました」

選手からのフィードバックがコーチングスキルを高める。(撮影/松本かおり)


 2016年から2023年まで、日本代表の指導者として世界と戦った。
 ラインアウト時、どこで取るかはジョセフHCがデザインしていたが、モールを押すのは自分の担当。だから理論と理屈の蓄積はある。
「ただ、原則、根っこのところ、つまりベーシック部分は同じでも、その時と国内で戦う時に違いはある。いろいろ変えないといけない」

「うちは、2メートルが2人いて 195センチ以上もいるというチームではなく、他のチームと比べたら小さい。マリー・ダグラスでも195ちょっと(198センチ)で、大戸(裕矢/187センチ)、(ヴェティ・)トゥポウ(190センチ)、桑野(詠真/193センチ)はみんな190センチ前後。なので、スピードやテンポを使い、相手のディフェンスの癖などを見ながら、みんなでいろんな話をしています」

 試合を重ねるごとに、モールのクオリティと破壊力が高まる。シーズン前の延岡合宿(宮崎)から「ずっと同じことをやっています」。
「ここがうまくいったら、次はこうなる。そして、そこがうまくいけば次はこうと、全部つながっている。一番最初がうまくいかなかったら、あとがうまくいくことはない。そういう考えでやっています。そこが、スクラムとモールが似ているところです」

 セットアップを大事に、みんなの力を漏らさないようにすることが重要。スクラム時の鉄則は、モールにも当てはまる。
 力を漏らさないために実行すべきこと、共通認識を選手たちが言語化して、それを試合中に喋れるようになっている。

 増えた選手たちの引き出しが、現在のモールをはじめとした強さを支える。
「(練習や試合を)毎回レビューして、ここが足りないね、っていうことが出てきて修正し、どんどん引き出しが増えていく。モールはスクラムと違い、動き始めた時にみんながバラバラになりやすい。そういう時に、(全員に)どう同じ方を向かせるか。いまブルーレヴズがやらないといけないことは、そういうところだと思う」と言っていたのが、2月初旬だった。
 その時から3か月弱が経った。ピッチ上のパフォーマンスを見れば、選手たちのプレーの幅は、さらに広がっている。

◆世界中のラインアウトからヒントを得る。


 モールの深みを知り、考え、レヴズスタイルのそれを築く。そして、選手たちとともにブラッシュアップを続ける同コーチは、その作業を楽しんでいる。

「僕はプロップ、フッカーをやったことはあるけど、ロック、ナンバーエイトはない。そういう中でラインアウトをどう教えるか。そこがすごく面白い。そうなると、いろんなものを見るしかない。(たくさんのラインアウトの)映像を見て、考え、(うまくいかない時は)解決策を探す」
 プラモデルを作っているみたいなもの、と目尻を下げる。

 毎週、世界各地の試合映像を見られるだけ見て、それぞれのラインアウトからヒントを得る。
「ワールドカップ前のシックスネーションズ序盤、イタリアのラインアウトはおもしろかった。そういう時期って、いろんなことを考え、試すんですよね。レンスターも、変わったことをしていました。(国内では)ホンダがおもしろいことをやっているように感じました。昔は九電の吉上(耕平/ラインアウト達人)がいろいろ考えていたので、教えて、と言いにいったこともあります」
 学ぶこと、生み出すことが好きなのは、いまに始まったわけではない。

 そんな人のもとを、未来のコーチたちが訪ねてくるのも自然なことだ。アドバイスを求められることも多い。
 そんな際は、「自分の考えをまとめておくためにも、自分の教科書を作っておいた方がいいと話します」。

学ぶことと考えることをやめない。(撮影/松本かおり)


 2016年、初めて日本代表の指導陣に加わった時のことを思い出す。最初の頃の選手たちへのプレゼンテーションを思い出すと恥ずかしい。
「言葉ばっかり、文字だらけで、(作った資料の)色は赤か黒だけ。日本語だけで映像もなかった。どう伝えるか、っていうことが大事なのに」

 場数を踏んで経験を積み、ジョセフHCやトニー・ブラウン コーチら同僚指導者のプランニングを直に感じて、自身のコーチングスキルを高めていった。
「自分の考えがあって、プランニングをして、それをプレゼンする。コーチにはそれらすべてが必要と感じました。そう気づいてからプレゼンした資料はすべて残している。更新と改訂を重ねたものです」

「それは、もう読み物レベル」と言うけれど校了はしていない。日々学び、考え、選手からのフィードバックを受けて更新、改訂は続く。
 そして、そんな自分の教科書を持ちながらも、選手にプレゼンテーションをする時にはリハーサルをしてから臨む。

 そんなきめ細かなコーチングをしながら、「プレーするのは選手。こういうサインを使いたいというのは本人たちが決めてくれています」と任す領域を残しているからチームは成長する。

 次回の記事では、同コーチの頭の中を、さらにほじくり返していく。








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