logo
【リーグワンをアナリストの視点で分析する/横浜キヤノンイーグルス×埼玉パナソニックワイルドナイツ】荒れた試合展開も、崩れなかった両チーム。
2トライを挙げたワイルドナイツCTBディラン・ライリー。写真は後半3分のもの。(撮影/松本かおり)

【リーグワンをアナリストの視点で分析する/横浜キヤノンイーグルス×埼玉パナソニックワイルドナイツ】荒れた試合展開も、崩れなかった両チーム。

今本貴士

Keyword

 イーグルスとワイルドナイツの試合は、毎回熱戦になる。毎年様々な様相を見せる。秩父宮ラグビー場で2月16日におこなわれた試合も、そうだった。

◆横浜イーグルスのアタッキング様相。


 イーグルスは今回の試合で武藤ゆらぎスターティングに名を連ねた。
 他にもいくつかのメンバー変更があり、要所の選手がいつもと違っていた。

【Point 1/階層構造と外指向のアタック】
 イーグルスの強みの一つは、綿密に構築された階層構造を用いたアタックだ。
 SOを起点に、表裏を様々な位置で作り出すことでズレを生み出しながら外側に向けてアタックしていた。
 大外にはヴィリアメ・タカヤワと松井千士が構えており、決定力のある選手に対してズレと深さを作りながらボールを渡すことができている。

 基本的にSOに対して多くのオプションが準備されているようなアタックとなっており、選択肢を多く作り出すことで相手のディフェンスに対して優位性を作り出すことができる形だ。
 若手司令塔でもある武藤のコントロールもハマっており、12番の梶村祐介とのコンビネーションも階層構造を作る上で安定感をもたらしていた。

 もしかするとワイルドナイツのディフェンスが外側に脆弱性を持っていることをスカウティングで把握していたのかもしれない。そう感じられるくらい、外で崩し切るシーンが多かったように思う。
 決定力のある両WTB、それにFBブレンダン・オーウェンが走り切るトライも多かった。

【Point 2/パスワークを用いた崩し】
 階層構造を用いたアタックである以上、パスワークの正確性やバリエーションは必要不可欠なものとなる。
 その点でイーグルスの選手は「つなぐ」ことにおいて水準が高いと言える。

 前半に生まれたトライでは、オフロードをつなぎながら、ボールがグラウンドを縦横無尽に動く様子が見られたと思う。
 多くの選手が一つのフェイズの中でアタックに絡んでおり、上半身に余裕があればオフロードを積極的に狙う様子が見てとれた。

 イーグルスのアタックの中で高い効果を見せていたのが、階層構造のフロントラインでコンタクトを起こし、1対1を作った上でボールハンドリングの余裕を作り出す動きだ。
 ダブルタックルで絡まれた場合はその限りではないが、タックラーが一人で、かつボールを動かす余裕があれば、オフロードを狙う傾向にあった。

 フロントラインでオフロードシチュエーションを作ることで、相手のディフェンスラインに対して食い込んだ状態のコンタクトを作ることができ、すれ違いのプレーを生み出す可能性も高い。
 一度コンタクトを作り出して、その上で体勢があおられることがなければ、ディフェンスラインの奥の位置を取ることができる。
 その状態で繋ぐオフロードは脅威だ。

アウトサイドを何度も走ったイーグルスWTB松井千士。(撮影/松本かおり)


 また、特徴的な動かし方のパターンとして、SHのファフ・デクラークに対して他の選手がパスをしてからアタックを展開するというパターンが見られた。
 前半のペナルティトライにつながったCTB田畑凌のビッグゲインに関して言えば、このパスフローから生まれたものであると言っていい。
 浮かすようにデクラークにパスをし、折り返しですぐもらうことによって、ラック周辺のディフェンスに対して空間を作り出していた。

【Point 3/苦戦したキック構造】
 全体的にキック構造に関しては苦戦していた印象だ。
 エリアコントロールで押し込まれたり、相手との「やり合い」の中でキックを用いた崩しを喰らったシーンもあった。

 中継を見る限りでは、バックフィールド=ディフェンスラインのさらに後方のエリアに対して、効果的なキックを蹴り込まれる局面が多かったように見える。
 イーグルスはバックフィールドを2人で守っているシーンが多く見られており、どうしてもダイレクトにキックをキープすることができないボールも飛んでくる。
 その分ディフェンスでは堅いラインを作ることができていたが、結果として総合的なエリアマネジメントで苦労していた。
 確保自体はできていたが、その後の蹴り返しの部分で距離が出なかったり、背走させられることで大きく下げられたりと、思い通りのエリアコントロールはできていないように見えた。

 また、相手キックに対する対応でも少し苦労していた印象で、ワイルドナイツにとっての攻略の糸口となってしまうような空間、プレーを呼び込んでしまったように感じた。
 ショートキックで裏を取られたり、50/22キックを蹴られたりと、難しいシーンが多かった。

◆埼玉ワイルドナイツのアタッキング様相。


 ワイルドナイツは基本的には安定したメンバー構成だ。
 ただ、ベン・ガンターが不在だったり1番に木原優作が入ったり、いくつかの選手の変更も見られた。

【Point 1/シンプルなアタック構造とその強さ】
 アタック構造は変わらずシンプルに見えた。
 複雑な動きも少なく、意図的に大きく崩すというよりは、「相手が自然と崩れる」状況を作り出すことに特化したような動きだ。
 決して漫然と待っているわけでもなく、気づかないうちに、というような不気味さがあるのが強さだ。

 階層構造はイーグルスに比べると、少し落ち着いた様相を見せている。
 きっちりと決めた構造、フォーメーションを作っているフェイズは少なく、単一のアタックラインとポッド構造が基本となっている。
 ポッドに関してもシンプルな動きで、先頭に一人、少し下がった位置に2人のサポートが入るといった基本的な形を取ることが多い。

ワイルドナイツは接点で前に出て好機を生み出した。(撮影/松本かおり)


 バックファイブ(LO、FL、NO8を指す)の選手は器用さでアタックに対して貢献していた。
 基本的なロールはコンタクトを中心とした接点での仕事ではあるが、ポッドではなく単一のアタックラインとして構成員となることもある。
 接近してパスを放る、または素早く外に回すといった判断水準も高い。
 アンストラクチャーなどの崩れたシーンでの判断も優れており、どこを狙うかの意思統一が明確にできているということができるだろう。

 ゴール前でのアタックといった重要なシーンでも、アタック自体はシンプルだ。
 シンプルだが、キャリーのバリエーションを作ることで盤面をコントロールしている。
 ピックゴー、ワンパスでのキャリーのバリエーション、方向とタイミングのズレといった要素を組み合わせることで相手のフォールディング=ラック周辺のディフェンスのポジショニングを意図的に動かしていた。

【Point 2/キック選択の優位性】
 ワイルドナイツはキックで優勢な状況を作り出すことに成功していた。
 どの選手もキックの選択肢が高水準で備わっており、どのエリア、フェイズからでもエリアコントロールをすることができていた。

 前半に生まれたWTB竹山晃暉による50/22キックなどはその代表例だ。
 竹山は高水準で50/22キックを狙うことができる稀有な選手で、停滞したシチュエーションからも、より前に進もうとするモメンタムがあるシーンからも、50/22キックでエリアを獲得できる。
 チップキックの選択肢もあり、キックレンジのバリエーションがあることで、相手側にとってはポジショニングの準備が難しい状況が生まれている。

 また、ロングキックのチョイスは好判断によるものが多かった。
 主にSO山沢京平によるものが多かったと認識しているが、相手陣のバックフィールドに生まれた空間を効果的に狙うことができていた。
 相手の蹴り返しに対する対応も安定しており、プレッシャーをかけることでより前でポゼッションを得るシーンが多かった。

【Point 3/ディフェンスに生まれた脆弱性】
 一方で、ワイルドナイツのディフェンスが崩されるシーンも多かった。
 最も多く崩されたエリアは、おそらくタッチライン際のエリアではなかったか。
 トライ自体は中央に近いものになった場合があるが、その起点となったビッグゲインは外側のエリアで生まれたパターンが多い。

 これまでの試合でも、外側のエリアでのディフェンスは少し苦労していたような印象だ。手堅い印象のあるワイルドナイツだが、外では崩されやすい傾向にある。
 大外で各チームのランナーにブレイクされ、トライまで持ち込まれるシーンも少なくない。

 ディフェンスラインの動きを見ると、近年のトレンドに比べると少しゆったりとした動きをするようなイメージだ。
 激しく前に出るというよりも、中央エリアを堅くロックするようなディフェンスの動きで、結果として一番外に立っている選手とその一つ内側に位置する選手の間に空間が生まれることが多い。

 傾向としては、この一つ内側の選手が詰めるような動きをすることが多い印象だ。
 今回の試合の中でも、外側を張っていた竹山が詰めることによって生まれた空間をイーグルスに突かれるようなフェイズも見られた。
 内側に立つ選手が、詰めた選手の裏をカバーする。そうやって外側とのギャップを埋めようとする動きは見られたが、イーグルスの階層構造によって生まれた深さに対して過剰に食い込んでしまうシーンもあった。

 1対1のタックル精度も、広いエリアでの成功率は微妙なところだ。
 ラックから近いエリアでの手堅さの分、外にボールを運ばれた時は確実に広い空間が生まれていた。多くのケースで、相手に追いつこうとする動きをすることになる。
 特に今回の試合ではWTBのタカヤワやCTBの田畑にかなり苦戦していた。

◆プレイングネットワークを考察する。


 今回もアタックに着目し、ネットワーク図を見ていこう。

 これはイーグルスサイドのネットワーク図だ。以下のような内容を感じた。



・ボックスキックが比較的多い数値となっている。
・BK内の役割はある程度固まっていそう。

 デクラークや後半から投入された天野寿紀はボックスキックを好み、多くのシチュエーションから蹴り込んでいた。
 今回は必ずしも効果的な働きとなったとは言えないが、相手がうまく対応できなければかなりエリアを押し込むこともできるだろう。

 また、図には表すことができていないが、前後半で10番役(SO)のボールタッチの比率が変わっていたことも記しておきたい。
 前半の武藤は、あまり積極的なボールタッチをしていたとは言えなかったが、後半の早い段階で投入された田村優はかなり積極的にボールを受けにいっていた。
 世代交代の途中ではあると思うが、こういった細かい部分の差異からも田村のスキルを感じることができる。

 次に、ワイルドナイツのネットワーク図だ。



 こちらからは以下のような様相を見てとった。

・普段に比べるとネットワークの複雑性が薄いか。
・9シェイプの比率が多い。

 今回の試合では、普段に比べると10番にボールが集まっていたように思う。
 12番(後半はヴィンス・アソ)のキャリーも見られておらず、ラック起点でボールを動かしたフェイズに関してはBKの選手によるキャリーも結果的には少なかった。全体的にFW戦に近い様相を呈していたかもしれない。

 今回の試合では、意図までは判断できないが、9シェイプ(ラックから直接ボールを受けるFW中心の集団)を使ったキャリーの比率が多い結果となった。
 ワイルドナイツは決定力のあるBKが揃っていることからFWに偏りがある印象は少ないと思うが、実はFWを使ってガツガツとコンタクトを狙うチームでもある。
 特にゴール前では精度の高いFWを使った連続アタックで相手のディフェンスを集めることでギャップを生み出していた。

◆まとめ。


 両チーム合わせてカードが3枚(そのうち一枚がレッドカード)提示されたりと、試合全体を通じてゲームマネジメントも難しい試合になったと思う。
 完全に壊れることがなかったのは、両チームのコントロール水準の高さがあったからかもしれない。

 上位チーム同士の試合ではあるが、印象としては少しスコアが開いた印象だ。ただ、イーグルスもこだわりのあるラグビーを見せていた。
 SO起点のラグビーをするチーム同士の、非常に面白い「やり合い」を見ることができたと思う。

【プロフィール】
今本貴士 / いまもと・たかし
1994年11月28日生。九段中等教育学校→筑波大学。大学・大学院での学生トレーナー経験を経てNECグリーンロケッツでアナリストとしてのキャリアをスタートする。NECグリーンロケッツ東葛で2年間活動し、退団後はフリーアナリストとして個人・団体からの依頼で分析業務に携わる。また、「UNIVERSIS」という大学ラグビー分析専門の連載をnoteにて執筆している。




ALL ARTICLES
記事一覧はこちら