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【超速ラグビーを考える⑬/日本×イングランド】ラックスピード、ボールキャリアのコリジョンバトル、セットプレーから+2024シーズン総括。
途中出場ながら、効果的な動きを何度も見せたPR森川由起乙。(撮影/松本かおり)

【超速ラグビーを考える⑬/日本×イングランド】ラックスピード、ボールキャリアのコリジョンバトル、セットプレーから+2024シーズン総括。

宮尾正彦

 2024年の日本代表の最終テストマッチであるイングランド戦が11月24日(日本時間/25日 午前1時10分)に行われた。
 激闘だったウルグアイ戦を勝利した後にイギリス入りした日本代表は、相手のホームの本気メンバーに挑戦できる素晴らしい機会を得ることができた。しかし立ち上がり早々からトライを与え続ける惨敗だった。
 本稿ではこの試合をラックスピードなどいくつかの項目から振り返ってみたい。


1)ラックスピード Japan 3.3 v England 3.7


 超速ラグビーを象徴する(だろう)と一年を通して観測してきたラックスピード。早ければいいわけではないと思う一方で、攻撃のテンポを示す一つの重要な指標でもあり、今年の殆どのテストマッチで日本は常に相手より上回っていた(速かった)。
 しかしこの試合では、平均ラックスピードこそ日本が3.3秒、イングランド3.7秒と僅かに速かったが、2秒未満ラック率ではイングランドの方が高かった。

【ラックスピードが速く素晴らしいプレーにつながった例】
◆後半20分のカウンターアタックからのトライ
 相手SHのボックスキックがやや短かく、イングランド選手が捕球ミスしたところをライリーが拾って始まる攻撃。7回のラックの平均は2秒で、2秒未満は5回、⑳タタフ、⑰森川らがよく前に出て㉒藤原が素速くさばいた。
 ⑳タタフから⑭長田へ見事なオフロードパスで大きく前進。最後は⑦姫野と⑰森川の、FW陣によるスキルと判断力の高いプレーでイングランドのフィールド中央スペースを切り裂いた。綺麗な攻撃隊形というよりは、数名の選手のコミュニケーションや個人スキルによるプレー前に出るイングランドの防御に対して功を奏したといえる。

【ラックスピードは速かったが結果的には上手くいかなかった例】
◆後半6分、イングランドのハイパントを捕球して始まる日本代表陣10mラインからの攻撃
 およそ20m前進したものの最後は、ハンドリングエラーで終わった。
 6回のラックは2.4秒、2秒未満は3回で、素速いテンポの攻撃を行えた。3次目の長田の、タッチ際でのラインブレイクにつながる攻撃は、各選手の立ち位置、パスや動き出しのタイミング、間合いをつめてくるイングランドディフェンスを寸前でかわした点など、素晴らしいプレーだった。
 ⑪ナイカブラや⑨齋藤にボールが渡ったら一気にチャンスが広がっていた。しかし次の攻撃でFW選手が狭いエリアに重なって位置した上に、ラック際を走り込む⑤ウルイバイティがタックラーに押しこまれテンポが少し遅くなった。そして次の攻撃では、攻撃隊形が形成されそうだったが、➉マクカランが自ら持ち込んだ。
 ⑬ライリーと①岡部のサポートも速く、マクカラン自身のボール保持は維持できたが、その後の攻撃では布陣を整える人数が不足していた。仮に⑫フィフィタが捕球して攻撃できていたとしても、イングランド防御の方が整備されていたので、大きな成功は望めなかっただろう。

イングランド側がボールを持ち込んだブレイクダウン。(撮影/松本かおり)

2)ボールキャリアのコリジョンバトル Japan 34% v England 59%


 ブレイクダウンを制するための最大の要因の一つである、ボールキャリアのパフォーマンス。着実にボールを確保するだけでなく、タックルを押しのけてゲインすることが攻撃の勢いを得るために重要だ。
 相手タックラーをコンタクト場面で制圧し、押しのけるドミネートの割合をみてみると、日本代表は全ボールキャリーのうち34%。それに対してイングランドはおよそ6割だった。日本代表のタックラーたちはイングランドのボールキャリアーにガツガツと「乗っかかられ」、ズルズル後退した。代表選手だけでなく日本ラグビーのフィジカル強化の必要性を表す数値とも言える。

 いくつかの例を紹介する。
 開始早々の日本代表の攻撃で、ボールキャリーの⑧マキシは、相手の2人の選手から押し戻され、5mほど後退した。相手タックラーはマキシに的を絞りやすかった。
 7分、⑦姫野がラック際からパスを受けた際も単独になって、イングランドの複数のタックラーに後退させられた。先にも触れたが、後半1分のチャンス局面での⑤ウルイバイティのキャリーも相手が待ち構える強い壁に単独で向かっていった結果だといえる。

 一方、約60%のイングランド。まず前半4分の⑧アールズのキャリーは、本人のレッグドライブなどのスキルも高いが、外で待ち構える➉スミスらによって日本代表防御は一人に的を絞れなかった。
 前半15分、日本陣地に少し入ったところでのイングランドの攻撃では、パスを受けた➉スミスに⑧アールズが走り込み、相手防御を十分に引きつけた中でスミスの右側にいた⑳カニンガムサウスが1v1のコンタクトで勝ち、前進できていた。
 日本代表選手たちは決してフィジカル面で甚大な差があったというよりは、1v1のタックル局面を作り出されたためにボールキャリアーに優位に立たれていた。

 そもそも同じ人間が行うこと。体格に多少の差があったとしても、日本代表選手も日々鍛えているのだから、相手タックラーに分かりやすく狙われてしまう攻撃であれば、フィジカルの差がよほど大きくない限り、相手に勝つことは難しい。
 コリジョンの最終局面だけを見て課題をフィジカルに絞るのは簡単だが、問題はそこだけはないはず。ボールキャリアーがダブルタックルの標的になることを減らし、1v1の局面を作る。そのためには、ボールキャリアの選択肢を増やすような攻撃デザインを提示することが必要。次シーズンの大きな課題と言いたい。

イングランドはディフェンダーに的を絞らせず、効果的に前へ出た。(撮影/松本かおり)

3)ラインアウト Japan 54% v England 93%


 ウルグアイ戦で不安定だったマイボールラインアウト獲得率(83%)。キープレーヤーの欠場もあるが、この試合ではさらに落ち込んだ。
 映像で見る限りだが、2度のサインミスは言い訳ができない。一般的に80%を切ると超危険水域と言われる。54%ではもう破滅だ。
 昨日今日集まったコンバインドチームではない。莫大な予算を費やし宮崎で訓練を重ねたはず。世界中のどの代表チームよりも恵まれた準備期間があった。日本を代表するチームとしては良くない光景を晒してしまった。
 選手だけでなくコーチも大きなショックを受けていることだろう。

 また、イングランドの93%の獲得率は、日本のラインアウト防御に大きな問題があったことを指摘したい。
 日本の両ロックはいずれも2m超であり、ここだけみれば数少ない日本の優位性があった。この試合のラインアウトディフェンスでは相手のモール攻撃を警戒し、空中で競らず、押し返す戦術を主軸にしていたことは理解できる。

 数回ではあるが、空中で競るプレー選択をした際のパフォーマンスが不十分だった。前半8分の5メンでは、⑤ウルイバイティを中央に置き、ヒンジ役(相手の動きに反応して主に④ワクァまたは⑥下川のリフト役となる)としたが、結果的にイングランドは最後尾、15mラインの最も取りたいところで楽々とキャッチした。
 結果論になるかもしれないが、2人の2mの強みを活かす上で最善の戦術だったのだろうか。反応や読みに優れた⑥下川を中央に置き、高さのある⑤ウルイバイティを後方ジャンパー役に配したほうが適任と考えるのは短絡的だろうか。

 後半24分の日本陣地。イングランドがSHをラインアウトに並べる少し特殊な7メンに対し、日本は2つのポッドで競る隊形とした。
 ここでやるべきことは、2つのポッドが練習通りに最高の高さで相手にプレッシャーをかけることだ。しかし画面を見る限り日本の2つのポッドは、イングランドよりはるかに低く、特に日本のリフターの手はジャンパーの短パンの上部をつかんでいた(理想は大腿部のはず)。
 徹底して空中で競るのか、それとも次の防御に回るのか、結果として非常に中途半端になった。ボールを捕球したイングランドは華麗なプレーで一気にトライまでもっていった。

 後半38分の日本陣地22mでの5メンでは、⑧姫野が中央のヒンジ役になって待ち構える中、イングランドはセオリー通りその姫野のところでジャンプして捕球。⑲秋山のポッドは空中でプレッシャーをかけることはできたが、問題はその後だ。
 サックに失敗、⑤ウルイバイティの防御も後手を踏んでイングランドに心地よいモールドライブを与えてしまった(さらに日本の反則)

 またラインアウトに関連して見逃せないのがモールディフェンスである。クリーンに5m押された2つのトライを含めて平均して約4.9mの前進を許した。
 前半17分の日本陣内のモールでは、約8m前進を許すだけでなく、モール自体をフィールドの横方向にゆっくりと15mライン付近まで「移動」された。これによって日本代表防御はショートサイドにも人数を割かなければいけなくなり、フィールド中央の防御の厚みを失った。

 また前半22分、日本ゴール前5mラインでのラインアウトモールのディフェンスでは、ほとんどの日本代表選手が相手を合法的に引き倒すサック戦術を取る動きを見せている中で、⑤ウルイバイティだけが相手を押し返す動きを取った。結果的に、これがイングランドモールを安定させてしまった。
 意図的なプレーであれば問題ないが、戦術の遂行精度に疑問を感じた場面であり、イングランドのモールはゆっくりゆっくりと日本ゴールへ進んでいった。

◎超速ラグビーを考える2024総括

 6月22日のイングランド戦からこの試合まで、この記事を通して日本代表をウォッチしてきた。超速ラグビーの2024年。自分自身の所属チームからも代表選手が誕生したことは嬉しかったし、本稿を執筆する中で代表戦を観測、応援するいいモチベーションになった。本稿を読んでくださった方にはこの場を借りてお礼申し上げたい。

 そして、このテーマ最後の投稿にあたりまとめを。
 表2をご覧のとおり、日本代表が勝利した4試合は、ほぼすべてでラックの平均スピードでも、2秒未満率でも、相手より勝っていた。ラックを素速く獲得するハイテンポな攻撃スタイルが、日本の勝利にとって大きな要因になると考えるのは妥当かもしれない。

 しかし一方で、負けたほとんどの試合でも、ラックスピードでは同じように相手を凌駕している。ここまで同じテーマで観測してきた中で壮大な皮肉かもしれないが、ラックのスピードは日本の勝利にとって重要な要因かもしれないが、速いからといって結果に結びついたわけではなかった。ラックが速くてもその後の攻撃隊形が整わず、相手の強いタックルの餌食にされる場面を何度となく目の当たりにしたしこの場でも指摘させてもらった。
 6月にも触れたが、私の記事がみなさんの観戦のなにかの参考になれば幸いである。

 さて、エディ・ジョーンズHCは引き続きいばらの道を歩む。
 今季最終戦となったこの試合で、日本代表は平均27.2歳、イングランドは26.1歳。日本代表だけが若いから経験が不足したという理由は、来年は通用しない。そしてW杯のバンド決めも絡む。今よりもさらに結果を求められる。2024年、幼稚園児が新しい車を乗りこなすのは難しいのは分かった。2025年の日本代表はせめて運転免許証を取得し、故障しない車(日本車は故障しないはずだが)に乗りたい。
 世界のどのチームをも圧倒するスピードをさらに極め、80分間それを連続するフィットネスを築き上げる方向へ進むのか。あるいは時間帯や戦局によって超速を使い分ける判断力を向上させるのか。私自身の分析項目設定は見直す必要はあるが、2年目のエディ・ジョーンズ体制にも引き続き注目していきたい。

 そしてここまで読んでいただいた方々へ、お願いを。
 12月中旬からリーグワンが開幕する。先日発表になったワールドラグビーが選出した2024年のベストXVの中で、最優秀選手のデュトイを含め6名の選手がリーグワンに所属している、とてつもなく豪華なリーグだ。
 私が所属する東芝ブレイブルーパス東京はもちろん、国内のリーグワンの試合に足を運んでもらって日本代表で活躍した選手たち、世界のトップ選手たち、大学シーンを湧かした若手選手たち、そして余裕があれば彼らを支えるスタッフたちの奮闘ぶりも、ぜひとも会場でご覧いただけるとありがたい。
 国内リーグの発展と代表チームの強化は両方とも大切だ。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
 1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。

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