パシフィックネーションズカップから約1か月経った10月終わりの横浜。日本代表はラグビー界最大の人気者、NZ・オールブラックスと対戦した。
開始早々に果敢に攻撃を仕掛け2つのトライを奪ったものの、その後はラグビー王国のスキルとパワーに圧倒され、前半で大量失点を許した。
エディ・ジョーンズ体制最多失点を喫しての大敗。世界トップとの差を痛感した80分だった。
10トライを許した防御が大きな課題であることは明白だ。しかしそれは、これから当然修正されていくだろう。
今回は攻撃に関連する数値から、日本代表の課題を考えていきたい。
1)Japan 2.8 v NZ 3.1
まずラックスピードの平均値(秒)。一般的にはラックスピードは3秒以内であれば「速い」とされている。平均3秒以下の日本代表はNZより「超速」攻撃は遂行できた。
全112回のラックのうち2秒未満のラックは35回(31%)だった。NZは全ラック数が67回、2秒未満が18回(25%)なので、ラックの速さだけをみたら日本が圧勝していた。
しかしこの項目、これまでのテストマッチでも日本は圧勝してきている。それがなかなか結果に結びつかない。世界のトップ中のトップは選手全員が対応力に優れており、試合が経過していく中で日本の速さにも慣れていくのだろうか。
速さだけを追求しても世界に届かないのか、あるいはそもそも2秒という設定自身が世界トップに勝つためには甘く、さらに速さを極めるべきなのだろうか。
2)Japan 11 (27%) v NZ 15 (67%)
相手陣22m内に攻撃で侵入した回数と、括弧内はその成功率を示している。チャンスが何回あって、それがどの程度、得点、つまりトライやPGなどの得点に結びつけられたかが分かる。
チャンス自体の回数は少ないわけではなかった。しかし成功率で大きな差が見られた。特に後半最初の20分間で4回相手22m内での攻撃を得ているが(NZは2回)、そのいずれもコンタクトやブレイクダウンでターンオーバーを許し、得点にはつなげられなかった。
相手ゴール前に迫った場面でトライを取り切る戦術の習熟度(場合によっては戦術そのものの修正)、そしてコンタクトやブレイクダウンのボール確保技術の向上が求められる。
3)Japan 1 v NZ 3
こちらは、相手反則からの速攻を仕掛けた数だ。6月のイングランド戦では7回、イタリア戦では5回おこなうなど、常に積極的に仕掛けていたが、オールブラックスにはそのお株を奪われる形になった。
日本代表はゴール前でプレッシャーを受けて反則。NZは攻撃を仕掛け、そしてスコアを重ねた。また、クイックスローインも日本はゼロだった(NZは1回)。
もっともラインアウトが極めて安定していた(マイボール獲得率は92%)ため正しい選択ともいえる。これまでイングランド戦で2回、イタリア戦でも2回見せていたクイックスローインだが、パシフィックネーションズ以降は1度もおこなっていないようだ。
タップキックやクイックスローインからの仕掛けが減少したのは、たまたま機会がなかったからか、あるいは戦術戦略の変更だろうか。
4)Japan 3 v NZ 14
コンタクトプレー、ブレイクダウンで、相手ボールを奪った数だ。ボールキャリアーがコンタクト局面で前進して相手タックラーに優位に立つことは、ブレイクダウンの勝敗を決定する重要な要素であり、攻撃と防御の双方にとって大切である。
この部分で大きな差が出た。
日本代表はNZから3回ボールを奪った。前半6分の⑦姫野と⑨藤原のダブルタックル、特に藤原のボールリッピング技術は全SHのお手本としたい。
2つめの前半23分⑭ナイカブラの低く鋭いタックルから、③竹内の電光石火のジャッカルも見事。そして前半37分の日本代表ゴール前、大ピンチでの③竹内のタックルから⑩立川のジャッカル。いずれも素晴らしいプレーだった。
しかしNZは日本より遙かに多い14回もコンタクトプレーやブレークダウンで日本の攻撃権を奪った。
また関連する数値として、ボールキャリアーが強いタックルを受けて停滞または後退するケースが、日本は26回、NZは7回だった。
日本代表の攻撃戦術のひとつは、SHからのパスにボールキャリアが一歩走り込んでボールをもらい、前進を図るもの。しかしNZの強いタックルにのけぞって後退、勢いを失っていった。
5)上記に関連するプレー
次に、上記の各項目に関連する日本代表の攻撃プレーを見ていく。
◆前半17分のラインアウトからのトライ
敵陣深いラインアウトを安定して捕球しすぐに展開、デザインされたプレーと思われるが、各選手が相手を引きつけてゲイン。2次攻撃の⑦姫野も前進し、そして、ガラ空きのショートサイドへの3次目にトライを奪った。
NZ⑦ケインが呆然と諦める姿が印象的だったが、2つのラックはいずれも1.5秒。まさに「超速ラック」であっという間にインゴールにボールを運んだ、素晴らしい攻撃だった。
◆前半31分のキックオフからの攻撃
日本代表のキックオフを⑤ワーナーが再獲得して攻撃。④ワクァの前進などで8フェイズ攻撃したが、最終的にはノットリリースの反則。8つのラックの平均スピードは2.8秒、うち2回の2秒未満ラックのスピードある展開を見せた。
しかし、8回のキャリーで前進できたのは1回目と3回目だけだった。
この一連での日本代表の攻撃は、⑨からのパスに数歩走り込んで「突っ込む」か、⑩からボールを受けたBKからの内返しの2種類。ワクァのプレーでは鋭く前進できたが、その後、同じプレーを見せた⑧マキシは、NZ⑥の強烈なタックルで仰向けになった。
ターンオーバーになった8回目の攻撃の際は、十分な攻撃隊形が整えられていないままに⑥ファカタヴァがボールを受け、単独でキャリー(本来は⑪ツイタマがもらい仕掛けるプレーだったのでは)。待ち構えるNZディフェンスの餌食になってしまった。
速い攻撃を連続しても相手防御が徐々に「慣れて」いき、攻撃を仕掛ける方が自分たちの速さに追いつかなくなり、精度が落ちる。そんなシーンだった。
◆後半7分のラインアウトからの攻撃
NZ陣22m内での日本代表ボールのラインアウト。
ラインアウトのボールが乱れたもののなんとかボールを確保し、6フェーズ攻撃したが、結果的にはノックオンとなった。6回のラックの平均は2.6秒で、2秒未満は2回と速いボール展開はできた。
しかし7人のボールキャリーのうち2回は前進できたが、2回は強力なタックルを受け、攻撃の勢いを増すことができなかった。最後にノックオンした⑧マキシは、十分スピードに乗っていたように見えたが、NZ②アウムアと⑥フィナウの低く鋭いタックルを受けた。
また⑳下川がキャリーした局面では、その前のラックでの①岡部の素晴らしいクリーンアウトによってラックのサイドがぽっかり空いていた。さらに大きな前進のチャンスがあったように思う。
◆後半14分のラインアウトからの攻撃
NZ陣10〜22m内、攻撃側の日本代表としては、様々な攻撃を用意できる状況。6フェーズに渡る攻撃でゴール前に迫ったものの、最後はNZ主将⑤トゥイプロトゥにジャッカルでボールを奪われ、チャンスを逸した。
ゴール前ということもあり、6回のラック平均は4.3秒、2秒未満ラックは0回だった。
また、ボールキャリーア7回のうち前進できたのは2回だけだった。最後にボールを持ち込んだ⑲ウルイヴァイティは2mの巨体を低く構え挑んだが、NZ⑰ニューウェルのタックルに一撃で沈んだ。日本代表はサポート選手もいたが間に合わなかった。
◆後半24分の日本代表のカウンターアタック
NZ陣での相手の小さなキックを、⑮矢崎から長田へ渡して始まったカウンターアタック。8フェイズに渡る攻撃は、ほとんど前進できないままノットリリースの反則に終わった。
7回のラックの平均は2.1秒、2秒未満が3回と、終盤でありがながら速い展開を見せた。8回のボールキャリーで3回前進できたが、逆にNZの猛タックルで3回後退した。
攻撃隊形にいた⑮矢崎、全体的に下がりながら外でボールを受けた⑥ファカタヴァ、そして5mライン付近に直線的に走る長田は、この試合で再三にわたり日本代表に鋭いタックルを見舞った⑥フィナウの強力タックルを受けた。
日本代表はそのラックに3人費やし、一方NZはタックラー以外誰もラックに入らないため攻撃の形成は好転することなく、最後は⑤ワーナーが自身で前進できたものの、サポートが遅れ、反則で攻撃権を失った。
以上、今回は、日本代表の攻撃に注目、ラックスピードだけでなく、ボールキャリアーのプレーの質や関連する項目に触れた。
言うまでもなくラックの速さは目的ではなく、最終的にはボールキャリアーが前進して防御を突破するための手段である。速さで相手防御を翻弄し、スペースを作り出すことは非常に大切だ。しかし、一方で攻撃する自分たちの準備と実行力もその速さに追いつくことが肝要だ。
日本代表はこの大敗から何を学び、どう修正していくのか。欧州遠征での課題克服を期待したい。
【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。