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【超速ラグビーを考える⑧/日本×サモア】今回も、ラックスピードと「キックテニス」の精度をチェックした。
日本代表FB李承信はプレースキックもすべて成功させる活躍だった。(撮影/松本かおり)

【超速ラグビーを考える⑧/日本×サモア】今回も、ラックスピードと「キックテニス」の精度をチェックした。

宮尾正彦

 パシフィックネーションズの準決勝、日本代表対サモア戦は2024年9月15日、秩父宮ラグビー場で行われた。日本代表が前戦以上に安定した戦いを見せ7トライ7ゴールの猛攻、守っても相手を3トライに抑え快勝した。
 日本代表の勝因としてはHB団のコンビネーション、⑮李の大活躍やセットプレーの精度などいろいろ挙げられる。
 今回もこの試合を、①ラックスピード、そして②キックテニス(キックによる地域前進)の視点から、そして試合時間帯を4つに分けて振り返ることとしたい。

1)ラックスピードの全体像

 ラック数では表1のとおり日本代表が圧倒した(日本106、サモア48)。しかし平均スピードではそれほど大きな差は見られなかった(日本2.7秒、サモア2.9秒)。殺人的な酷暑もあって両チームとも攻撃スピードをコントロールしようとしたためだろうか。

 2秒未満ラック数では日本が44回(42%)、サモアが18回(38%)。比率に目立った差は見られなかったが実数では桁違い。日本の2秒未満ラック数はサモアの全体のラック数とほぼ同数で、80分を通してボールキャリアがゲインし、サポートが寄り、SHがさばく、速いテンポの日本代表のラックが試合を通して目立った。

2)キックテニスの全体像

 今回から、キックオフもキックによる陣取り合戦の一つと捉えて、キックテニスに加えた。
 7月から試験的ルール(キックオフのキックもフェアキャッチが認められる)が採用され、安易に長いキックが蹴りにくくなった。ドロップキックの精度やキック側の戦術に工夫が求められているのも一因であり、キックオフプレーの重要性は益々高まっていくだろう。

 表1のとおり、キックによる陣取り合戦でも日本はサモアを上回った。
 特に理想の結末である地域前進をしてマイボール再開となったケースが10あり、サモア(3回)を圧倒した。地域前進率でも82%で⑨藤原、⑩立川、そして⑮李らのキックスキルと周りの選手たちのハードワークが光った。
 日本代表は非常に快適にゲームを進めることができた(暑さはともかくとして)。

◆第1クォーター:エンジン全開の超速ラグビー炸裂(日本/21点、サモア/7点)

【ラックスピード】
 日本代表はキックオフのボールを再獲得して、一気に相手をゴールに釘付けするロケットスタートで3トライを挙げた。ゴールがすべて決まったのも大きい。
 その代表的な攻撃が、8分の日本代表ボールラインアウトからの攻撃だろう。
 ハーフウェイラインから少し相手陣に入った日本代表ボール。相手FWのラインアウト陣形が遅いところを素速くスローインしてボール獲得。いったんモールを形成し、サモア防御を集めたあとで大きく外へ展開してゲインした。
 7回のラックの平均スピードは2.97秒とさほど速くはないが、3回の2秒未満ラックでサモア防御を大きく翻弄し、最後はペナルティトライを奪った。
 第1クォーター全体でも18回の2秒未満ラックで試合開始からエンジン全開だった。

【キックテニス】
 そしてラックだけでなくキックテニスの成果も非常に素晴らしかった。全4回とも最上位である地域前進&マイボール再開となり、主導権を一気に掴んだ。2回のマイボールキックオフでは前述したように、1回目は直接再獲得し、ゴール前で大チャンス。2回目はサモアの蹴り返したボールを捕球後のラックでサモアが簡単なオフサイドの反則を犯し、前進できた。

◆第2クォーター:やや失速気味、相手に粘られ反則連発(日本/7点、サモア/6点)

【ラックスピード】
 日本代表は前半21分の自陣ラインアウトからの攻撃で落球。その後、サモアの攻撃がそれほど脅威的ではない中で簡単にオフサイドを犯し、3点を献上した。
 さらに27分には自陣からのプレーで相手防御にボールキャリアが捕まり孤立。ノットリリースの反則で再び3点を与えた。
 これまでの試合でも何度か見せていたSHを交えた攻撃プレーが読まれていたようにも見えた。平均ラックスピードは第1クォーターとほぼ変わらないが、2秒未満ラック数が大きく落ち込んだ(18回→8回)。

【キックテニス】
 地域前進&マイボール再開を2回獲得したものの、地域前進率で第1クォーターより大きく低下した(100%→60%)。前半25分、相手陣日本代表ボールスクラムの好機を1フェイズでパスミスし、攻撃権を奪われた。その後のキックでバックスタンド側に大きく蹴り出され、結果的に約40m後退してしまったプレーなどが典型であろう。
 自陣からなかなか脱出できず、連続PGを許してしまい波に乗り切れなかった。

効果的なボールキャリーを見せたCTBディラン・ライリー。(撮影/松本かおり)

◆第3クォーター:再びエンジン全開、一気に突き放し試合を決める(日本/14点、サモア/7点)

【ラックスピード】
 日本代表は攻撃では素晴らしい2トライを見せた。
 まず後半3分、自陣のサモア攻撃をターンオーバーしたあと、⑮李の絶妙にコントロールされたキックからオフロードパスをつなぎ、最後は⑦下川がトライ。そして後半18分のタップキックからの攻撃。多くの日本選手が⑨藤原の攻撃開始を予測して動き始めているのがテレビ画面にも映っている。チームの戦術が浸透している証拠だろう。
 合計10回のラックの平均は2.99秒、2秒未満ラックも3回と抜群に速いとはいえないが、しかし、後半の苦しい時間帯、ゴール前で必死に防御する相手のプレッシャーの中で正確にプレーを続け、スコアに結びつけた実行力に注目したい。

 防御ではサモアに1トライを与えた。
 後半10分の相手ボールスクラムからのサモアの攻撃。ラック際で相手FWの前進を、大外では快足ランナーの前進を複数回許す。6回のラックの平均スピードは2.06秒とこれまで紹介した日本代表の攻撃よりも速く、そして2秒未満も半分以上の4回と、サモアの速い攻撃に防御網を切り裂かれた形になった。
 第3クォーター全体では、サモアの平均ラックスピードの方が日本代表を上回っていた(日本代表3.2秒、サモア2.5秒)。すでに点差は大きく離れており試合に大きな影響は与えなかったが、決勝への課題といえる。

【キックテニス】
 この時間帯でのキックテニスのパフォーマンスは75%とまずまずだが、それまで良かったキックオフから前進を許した。
 後半12分の日本のキックオフで、ラックからサモア⑨がボックスキック。それを相手⑥にクリーンに捕球されて大きな前進を許した。さらに大外にボールを動かされ、15mほど後退した(相手のハンドリングエラーに助けられる)。試合を通じて生じていた、日本のラック後方の大きなスペースを突かれた。
 得失点に大きな影響を及ぼさなかったのはサモアの地域前進率が日本以上に悪かった(日本75%、サモア50%)ことも関係しているのかもしれない。

◆第4クォーター:キックで上手く前進、試合を締める(日本/7点、サモア/7点)

【ラックスピード】
 試合終了間際にトライを奪い、良い終わり方をしたのは収穫だ。しかしここでは、あえて後半31分のサモアのカウンターアタックからのトライの直前、日本代表の攻撃を取りあげる。
 開始は相手のゴールラインドロップアウト。日本代表にとっては、相手陣でのアンストラクチャー攻撃が期待できる絶好の機会だった。⑲コストリーから始まる7回のラックの平均スピードは1.83秒。2秒未満は5回と、攻撃テンポの点では紛れもなく超速だった。
 しかしパスの乱れもあり、相手防御を崩すことができずに⑮李がキックする。ここでは日本代表のキックチェイスにそれまで見られていたような組織性が低下し、タックルミスを連発。サモアの強力ランナーたちに、あっという間にゴールまで走り切られてしまった。
 もしかしたらラックを素速く連取する日本代表の攻撃スタイルが、試合を通していく中で相手防御に適応されていったかもしれない。あるいは、日本代表の精度自体が前半より低下した可能性もある。

【キックテニス】
 全体の回数は少なかったが、共に地域前進率100%だった。
 後半34分のキックオフからの一連の攻防で、最終的に相手陣でのミスを誘発し、マイボールスクラムを得ることができたプレーが好例だ。
 相手キックを㉒高橋が好捕し、そのままカウンター攻撃で再び敵陣でプレー。いったんボールを失ったものの、⑭長田、⑦下川ら先発選手らが、終盤になっても実直に前に出て防御したことが奏功した。

 以上、今回は試合時間帯を4つに分けて、ラックスピードとキックテニスの成果を見てみた。圧勝に見えた試合でも、時間帯ごとやプレーを分けることですべてが良かったわけでない。しかし同時に、成長の伸びしろがあり楽しみともいえる。
 決勝の相手は昨年のW杯で大会を湧かせたフィジー。ここまで築き上げてきた成果を存分に発揮するときだろう。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
 1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。

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