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【超速ラグビーを考える】ラックスピードの視点から見たイングランド戦。宮尾正彦[東芝ブレイブルーパス東京 ハイパフォーマンスアナリスト]
前半は2秒未満のラックも多かった日本代表。(撮影/松本かおり)

【超速ラグビーを考える】ラックスピードの視点から見たイングランド戦。宮尾正彦[東芝ブレイブルーパス東京 ハイパフォーマンスアナリスト]

宮尾正彦


 エディー日本代表の初戦。6月22日(土)、「超速ラグビー」がお披露目された。
 Just RUGBY「Analysis」のコーナーで私からは、アナリストの視点からラグビー観戦の話題を提供していきたい。先日の試合をもう一度ビデオで振り返りたい人や、来週からの日本代表戦を応援に行く方々にとって、試合前の雑談ネタ程度になれば幸いである。
 今回は公式データを使用していないため一部そうしたデータ結果と異なる可能性があることを予めご了承いただきたい。

 今回は、ラックからの早いボール出しが、どれだけできたかに注目した。超速と聞いて私が連想したのはこのラックスピードだった。
 一般的にラックは、1試合の中で1チームにつき、おおよそ100回近く生じる。攻撃側にとってはラック形成後、相手防御が再整備される前に次の攻撃を開始すると非常に有効とされている。一般的には3秒未満のボール出しが「早いラック」とされている。
 しかし防御レベルも上がった昨今では、3秒では十分に早いとはいえなくなってきている。多くのチームでは2秒未満に注目し始めているようだ。

 まず全体像を捉えてみる(表参照)。ラック数でいえば日本代表は86回、イングランドは75回。平均ラックスピードは日本代表が2.9秒、イングランドが3.6秒だった。日本代表はイングランドよりも早いラックスピードでプレーできたことになる。



 しかし、2秒未満ラックの数に注目すると、日本代表が28回でイングランド代表が32回、それぞれの全ラックに対する割合で見るとイングランドのほうが10ポイントほど高かった。そして、日本代表が試合の前半に(2秒未満が)多かった(61%)のに対して、イングランドはその逆の後半に非常に多かった(75%)。

 実際のプレーはどうだったか。
 2秒未満ラックとの兼ね合いで日本代表の攻撃を考えてみる。図は試合の時間に沿った日本代表のラックスピードを示している(長い時間を費やすほどグラフは縦に伸びる。赤く塗りつぶされたものが2秒未満ラック)。そして次の図はこのラックスピードのなかで特筆すべき5つのプレー事象を示している。

 以下にその5つを詳しく説明する。

1)前半4分:キックカウンター攻撃から相手反則を得てチャンスに

 イングランド⑨ミッチェルのキックを⑫長田が処理してカウンター攻撃に転じる。ボールを大きく展開したあと、⑬トゥア、⑦コストリーがタッチライン際を好走しながら、5連続での2秒未満ラックなど合計で15フェイズ2分近く攻撃、最初の起点から55m前進してゴール前に迫り、相手反則でチャンスを広げた(残念ながらその後はラインアウトモールでのターンオーバー。)

2)前半35分自陣スクラムから前進するも結果的には攻撃は成功せず

 安定したスクラムからBK全体が有機的に動くムーヴで敵陣まで前進、2秒未満ラックを連発する。しかし相手防御隊形を崩せず中盤からキックに切り替え、相手にボールを渡した。さらにその後、相手のキック攻撃を処理できずに反則を犯してピンチを招いた。
 疲労が溜まる時間帯での自陣からの攻撃で、2秒未満ラックが作れていたのだが不足していたものは何か。今後の成長に期待したい。

3)後半12分敵陣22m内からタップキック攻撃、相手シンビン

 細かくラックを作り相手防御にプレッシャーをかけ、11フェイズ目で⑭ナイカブラがラックサイドをラインブレイク、サポートする⑮矢崎に渡ればトライというところで相手のノーボールタックルの反則でトライはならず。
 しかし相手キーマン(⑩スミス選手)をシンビンに追いやり数的有利状況を手に入れた。

4)後半25分ラインアウト攻撃から初トライ

 ラインアウトボールはやや乱れたものの、⑳山本がタックルをかいくぐりラインブレイクしてゴール直前でラック、素速いボール出しから㉑㉒⑤⑪とつないで左隅にトライ。電光石火のアタックでスタンドを沸かせた。
 山本の突破も見事だったが、そこに素速くサポートした⑭ナイカブラ、⑱為房の反応とスキルも評価されるべき点。そして㉑藤原のパス捌きの精度はもちろんだが、速くポジショニングしてボールを受けた㉒松田、サポートしてパスをつないだ⑤ディアンズ、そしてボールは渡らなかったが適切にポジショニングすることで相手防御へのプレッシャーとなった㉓山沢、⑬トゥアの働きも見逃してはいけない。

ディアンズが防御をブレイク。赤白ジャージーの分厚いサポートがあった。(撮影/松本かおり)

5)後半28分ラインアウト攻撃から素速いサポートで2トライ目

 ほぼハーフウェイライン付近のラインアウトから決定的なゲインができないままフェイズを重ね、⑲サウマキがフィールド中央を約9メートル前進、このラックから素速く展開した。
 ㉒松田からのパスが少し宙に浮くが、⑤ディアンズが捕球して大きなストライドで相手防御網を切り裂くラインブレイク。約25メートル前進したあと、サポートの㉓山沢へパスしてトライとなった。
 ⑲サウマキが突破したラックで⑯坂手、⑱為房のサポートの早さも効果的だった。そして⑤ディアンズ前進の際、画面に映し出されたのは日本の選手ばかり。トライした山沢だけでなく、㉑藤原、それまで60分以上プレーしていた⑧マキシ、そして先のプレーでボールキャリーしていた⑲サウマキまでもが素速いサポート。全員のハードワークが素晴らしかった。

 以上、今回は、ラックスピードをテーマにした視点から超速ラグビーを考えた。
 試合におけるプレーとの関連で見てみると、2秒未満のラックの状況では、日本代表はトライやチャンスを広げる良い結果を生んだ。
 ただ、日本代表のラックスピードは平均では相手より遙かに速かったものの、2秒未満のラックに絞ると、それぞれの全体に対しての割合ではイングランドより低かった。前半だけでなく、後半も2秒未満のラックを増やしていきたい。

 私自身、あらためて日本代表のプレーを見て、選手たちの反応、ポジショニングのはやさ、適切さやスキルの高さに気付くことができた。これから続く代表戦でも引き続きラックスピードに注目してみたい。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ

1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。




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