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成長のファストトラック。
マオリ・オールブラックスとの2試合ではピッチサイドに座り、選手たちの声を聞いた。(撮影/松本かおり)

成長のファストトラック。

生島淳


 エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチには、多面的な顔がある。
 ひとつは「教育者」としての顔だ。

 エディーさんは、オーストラリアで学校に勤めていた。
「進歩的な教育を取り入れた学校でした。進歩的な分、行政との軋轢があり、保護者との意見交換も頻繁に行いました。正直なところ、かなりの試練と向き合わなければならない仕事でもありました。もちろん、苦労を忘れさせてくれる喜びが教育の現場にはあります。今日よりも明日、明日よりも明後日、生徒たちが成長するのを手助けする。そして生徒に明らかな進歩が認められたとき、私たちは報われたのです」

 のちにエディーさんは教育とコーチングのどちらかを選ぶ必要に迫られ、ラグビーのコーチを選ぶことになるが、どちらも「育成」を主眼とするところに違いはない。
 そのせいだろうか、これまでのコーチング歴をたどってみても、若手を発掘する「眼力」に関して、類まれな資質がある。

 オーストラリアのヘッドコーチ時代には、20歳になったばかりのマット・ギタウを登用。
 日本では、浪人して筑波大学に入学したばかりの福岡堅樹を発掘。
 イングランドのヘッドコーチ時代は、20歳のFB、フレディ・スチュアードをいち早く抜擢した。

 ハイポテンシャルの選手を早めに代表デビューさせ、成長の「ファストトラック」に乗せることがエディーさんのチームづくりにおいては重要な意味を持つ。

「福岡堅樹は2019年のW杯で大活躍しましたよね? 本来、あのパフォーマンスを2015年の大会で披露できたはずでした。早稲田の藤田(慶和)もそう。残念ながら、日本の大学ラグビーには成長速度を速める仕組みにはなっていません。それは日本ラグビーの課題です」

 今回、2度目のヘッドコーチ就任が決まった段階から、2027年のワールドカップ(W杯)に向けて若い選手たちのリサーチが行われていた。リーグワンだけでなく、大学、そして高校にまで範囲は広げられていた。

 特に、昨年12月に話をした時には、早稲田大学のWTB、矢崎由高に高い評価を与えていた。
「矢崎のランニングスキルには、目を見張るものがあります。福岡、藤田といった選手たちと同等、あるいはそれ以上かもしれません。ところで彼は、10番の経験はないのですか?」
 そんなことまで質問された。

 そして2024年の代表キャンペーンで、矢崎はU20代表をスキップしてイングランド戦で初キャップを獲得した。JAPAN XVとマオリ・オールブラックスのシリーズでも2試合とも15番を任された。

 矢崎だけではない。HOの佐藤健次(早稲田大4年)、PR3の森山飛翔(帝京大2年)、FLの本橋拓馬(帝京大4年)の学生4人がJAPAN XV戦でプレーをしている。
 彼らの「試用期間」が始まったのだ。

 若手を「成長のファストトラック」に乗せるため、コーチに求められることはなにか。エディーさんは次のようなことを話した。

「機会を与え、失敗を学びに変えられるように導くこと。そして寛容であることが求められます。これまでの経験を振り返ってみると、ギタウについては、最初のテストマッチがトゥイッケナムでのイングランド戦でした。これは彼にとって難しい試合になりました。起用した私の責任も問われましたよ。しかし、若手の失敗は織り込み済みなのです。そのうえで次の機会を与えなければならない。ギタウの長いキャリアを見れば、最初の失敗など、些細なものだったことが分かるでしょう。その意味で、若い選手を起用するのは実験的な意味合いを持つので、コーチ自身が寛容である必要があり、メディアもそうした視点を持った方がいいのではないでしょうか」

若い選手とのコミュニケーションを通して大事なことを伝え、知る。(撮影/松本かおり)

学び。そしてメンター。

 JAPAN XVとマオリ・オールブラックスとの2試合は、育成という観点から見ればとても興味深いものだった。
 初戦は多発するハンドリングエラーによって、自滅してしまった。秩父宮にいた誰にとっても感情のやり場に困る試合内容だった。

 この日は試合後の記者会見が始まるまで、いつもより少し時間を要した気がした(記者室で座る場所が見つけられなかったため、そう感じただけだったのかもしれない)。
 共同キャプテンの原田衛、齋藤直人とともに現れたエディーさんは、まずこう話した。

「試合が終わって、選手たちにどんな気持ちか質問してみました。フラストレーション、悔しさといった言葉が出ました。この失敗を学びに変えなければなりません」

 この会見の席上では、学生がミスをしたことも受け入れていた。
「彼らはアマチュアです。プロの間に入ってプレーすることには難しさを伴うのは、ベーシックなスキルが低いからといえます。本橋は22メートル(ライン内)に侵入してから2度、ハンドリングエラーを犯しました。これは彼にとってハードなレッスンになったことでしょう。ただし、この経験をプラスに変えられるようにしていかなければなりません」

 ここから1週間、第2戦でJAPAN XVは修正能力を発揮した。高温多湿でキックを多用した戦術を採ったこともあるが、エラーが少なくなったのである。この試合は、マオリ・オールブラックス相手に歴史上初めて勝利を収めたが、矢崎が自慢のランニングスキルを披露しただけでなく、後半31分にはペナルティゴールを成功させ、21対14と点差を広げた。
 そして佐藤は、勝利を決定づけるモールからのトライをもぎとり、雄叫びを上げた。

 この日のJAPAN XVには「学び」が感じられた。このところ、エディーさんは記者会見で矢崎のことに言及することが多いが、彼の成長ぶりをマオリ・オールブラックスとの第1戦のあと、こう話していた。

「矢崎はイングランド戦よりも成長の跡が見られました。今回、私はピッチレベルで選手たちを観察しましたが、矢崎のコミュニケーションのレベルは飛躍的に向上していたと思います。成長著しいと言ってもいいでしょう」

 トライを挙げた佐藤についても、初戦ではラインアウトスローのミスが目立ったが、この日は修正してきたことがうかがえた。
「この結果は若い選手のハードワークの賜物です」

 ただし、忘れていけないことがある。エディーさんは若手の成長を促すために、ベテランを大切にしている。チームが始動した段階で「ケミストリー。人と人の化学反応が大事」と前置きして、こんな話をしてくれた。

「若い選手たちには『メンター』が必要です。代表の活動に参加するにあたってどんなマインドセットで臨まなくてはならないのか、その規範を示す選手が必要です。リーチ(マイケル)は本当に素晴らしい人間です。自分が体を張ってプレーするだけでなく、代表でプレーすることの意味を言葉でも伝えてくれる。リーチの存在自体が、リーダーシップそのものなのです」

 そしてマオリ・オールブラックスの第2戦に向けての合宿からは、34歳の立川理道を招集し、試合でも野球の「クローザー」のように勝利のためのラストピースとして投入した。

「自分だけではなく、他人の成長を促せる人物を求めています」
 それがリーチであり、立川だ。
 この招集は偶然ではなく、エディーさんが若手の成長を見据えた「人事」なのだ。
 次なる一手はなんだろう。

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