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『赤と黒』のチーム同士の対決となったチャンピオンズカップ準々決勝の最終戦、トゥーロン×トゥールーズ(4月13日)は、激しい雨が降り続ける中、両チームの気迫が激しくぶつかり合う、まさに死闘と呼ぶにふさわしい激戦となった。
息を呑む攻防、そして残酷なまでの劇的な結末。ラグビーファンを魅了した、記憶に残る一戦を振り返る。
準々決勝の他の3試合が、レンスター×グラスゴー(52-0)、ボルドー×マンスター(47-29)、ノーサンプトン×カストル(51-16)と、いずれも大量得点での決着となったのに対し、このトゥーロン×トゥールーズは、最後まで勝敗の行方が分からない、手に汗握るロースコアゲームとなった(トゥールーズ 21-18 トゥーロン)。
まさに決勝トーナメントにふさわしい、緊迫感あふれる試合展開だった。
前半は、トゥールーズがペナルティを繰り返し、トゥーロンのFBメルヴィン・ジャミネが確実に得点を積み重ねた。また、トゥーロンの激しいディフェンスがトゥールーズの攻撃を阻止し、12-6とトゥーロンのリードで前半を折り返した。
しかし、昨年度チャンピオンのトゥールーズは後半、SOロマン・ンタマックのキックオフから猛攻を仕掛ける。HOジュリアン・マルシャンのトライはTMOの結果を取り消しとなったものの、この一連のプレーの中でトゥーロンのSHバティスト・セランのトゥールーズのSHポール・グラウへの危険なタックルが確認された。トゥーロンはその後10分間、戦術的、そして精神的支柱を欠くことになる。
そのペナルティからマルシャンがゴールを目指して突進し、密集になる。PRシリル・バイユがボールを取り出して左で構えていたグラウにパス。すかさずグラウの内に走り込んできたFLジャック・ウィリスにボールを繋ぎ、ウィリスがそのまま力ずくでラインを超えた。ボールを押さえ、12-11と1点差に詰め寄った。顔を覆うセランをテレビカメラが捉える。
FBトマ・ラモスのコンバージョンはポストに弾かれて外れた。
トゥールーズはさらにプレッシャーをかけ続ける。ラモスがディフェンスの隙をついて大きく前進し、この日はWTBに入っていたフアン=クルス・マリーアにボールが渡る。トゥーロンのディフェンスにタッチに押し出されものの、相手ゴール約10メートルまで近づいた。
トゥーロンボールのラインアウトで試合再開されたが、トゥーロンはノッコンを取られ、トゥールーズボールのゴール前スクラムとなった。
スクラムからFWを使って少しずつ中央へ寄せていく。グラウが逆サイドに持ち出しマルシャンにパス。マルシャンにタックルで襲いかかったトゥーロンの選手の手がボールを弾き、ちょうど移動してきていたラモスの手の中に収まる。
右側の空いているスペースへ走り、タックルを受けながらも、走り込んできたCTBピタ・アキにパス。アキはそのままトライゾーンに飛び込み、コンバージョンも成功させ、12-18とトゥールーズが逆転に成功した。
トゥーロンはセラン不在の10分間に2トライ、12点を奪われた。そして、その後のキックオフでジャミネがダイレクトでタッチに出してしまう。
流れがトゥールーズに傾いたか?
セランが再びフィールドに入った。しかし、トゥールーズのディフェンスに阻まれ前進できず、キックを使っても蹴り返され、相手の22メートルに入れない。苦戦しながらも、トゥールーズのペナルティーをジャミネが得点に変え、18-18と同点に追いついた。
トゥーロンのサポーターが再び沸いた。

62分、SH齋藤直人が投入された。トゥールーズがキックでプレッシャーをかけ続ける。
77分、トゥーロンの10m付近のスクラムでトゥールーズがペナルティーを取った。PGを狙うが、ラモスのキックは届かなかった。
その後、22mからトゥーロンSOパオロ・ガルビシのキックで試合再開されるが、ラモスがキャッチし、すぐに蹴り返しプレッシャーをかける。ガルビシがキャッチする。待ち構えていたFLアントニー・ジュロンにタックルされ密集になる。セランがタッチへ蹴り出すが、自陣から脱出できない。
79分、トゥールーズボールのラインアウトから密集になり齋藤が左で構えていたジュロンにパス。再び密集になる。齋藤がボールを取り出し、高く蹴り上げる。「長すぎる!」と現地中継局の解説が叫ぶ。トゥーロンのWTBギャバン・ヴィリエールがゴール前で2歩、3歩下がって構える。彼の目の前には、駆け上がってきたマリーアがすでに待ち構えていてプレッシャーをかけている。雨が降り続けている。
ゆっくりと落ちてきたボールは、ヴィリエールの手の間をするりと抜け、地面に落ちた。ヴィリエールが慌てて拾い上げるが、マリーアが襲いかかる。セラン、ジャミネがサポートに駆けつけるが、すでにトゥールーズの赤いジャージーも、獲物にたかるハイエナのように集まっていた。
ホイッスルが鳴った。レフリーの手はトゥールーズの方に上がった。すでにベンチに下がったマルシャンからゲームキャプテンを引き継いだFLフランソワ・クロスがゴールポストを指差す。タッチラインから5メートル。いつものラモスなら、問題なく射程範囲だ。
しかし、この日のラモスは6本中3本と彼らしくない成功率。ダイレクトタッチも2本あった。対戦相手のジャミネは6本全て成功させ、そのうち2本は、追い風に乗って50メートル超えのキックだった。そのこともラモスへのプレッシャーをさらに大きくしただろう。
スタンドからトゥーロンのサポーターも参戦し、ブーイングがクライマックスに達する。
80:11、ラモスの右足が放ったボールがゴールポストの間を通過した。
それを見届けたラモスは静かにチームのベンチの方を向き、お釈迦さまの天上天下唯我独尊のポーズのように、人差し指を立てた右手を軽く上げ、静かに立ち尽くした。
チームメイトが駆け寄ってきてもみくちゃにされる。チームメイトが去った後、ラモスの目から涙が堰を切ったように流れ出した。ラモスが感じていたのは、プレッシャーよりも、自分のせいでチームが負けるようなことがあってはいけないという責任感だろうか。
解放されたようにそのまま泣き崩れてしまった。
試合後、中継局のマイクを向けられたラモスは、涙を拭いながら言葉を絞り出した。
「この試合、ずっとキックの調子が悪かったのに、最後でこんなことになるなんて…。僕のせいでこの試合に負けていたら、本当に悔いが残ったと思う。チームは本当に素晴らしい試合をした。だから今日負けるのは本当に辛かった。勝ててよかった。チームのみんなに感謝する」
昨年のシックスネーションズのイングランド戦でも、試合終了間際に彼のPGでフランス代表を逆転勝利に導いた。
「こんな状況も想定してキックの練習をしている。こんな雰囲気のスタジアムでPGを蹴るのは、僕たちキッカーの夢だ。ブーイングも気にならない。ある意味、普通のこと。でも、気持ちが落ち着くまで少し時間がかかりそう」

トゥールーズのユーゴ・モラ ヘッドコーチ(以下、HC)は、元フランス代表CTBリシャール・ドゥルトの「良いキッカーとは、大事な場面で得点を決める者だ」という言葉を引用し、「トマ(ラモス)は偉大なキッカーだ」と称えた。
モラHCが「このステージの試合を経験することがとても重要」と繰り返し訴えているように、トゥールーズのプレッシャーのかかる決勝トーナメントでの経験、それによって培われた自信や判断力がこの激闘を制した。
一方、トゥーロンのSOガルビシは「雨でボールが滑りやすかったから、彼らを敵陣に封じ込め、カウンターで攻めるプランだった。試合では、パスで攻めるチャンスもあった。トゥールーズはそのチャンスを活かしていたが、僕たちはチャンスを活用できなかった」と分析した。
トゥーロンのピエール・ミニョニHCは、「終わり方が残酷だったので、選手たちを気の毒に思う。でも、それがハイレベルのスポーツ。サポーターにも申し訳なく思うが、選手たちを非常に誇りに思う。そしてトゥールーズに敬意を表する」と述べた。
チームの勢いが止まってしまうのではないかという問いに対しては、「私はそうは思わない。残酷な敗北もあるが、希望に満ちた敗北もある。ここ数年、トゥールーズは最強チームだ。今日、私たちはそのチームと互角に戦うことができた。きっと、いつか彼らを打ち負かすことができることを示した。今夜悲しむ必要はない。最高のラグビーではなかったが、選手たちは、過去3年間で最高の試合をした。私たちにとって、この大会はここで終わりだが、まだトップ14の試合が残っている」と前を向く姿勢を示した。
さらに、「この敗退を消化させ、全員を再び奮起させなければならない。私たちは6日後に、ホームでクレルモンと対戦する。彼らも非常に手強いチームだ。いまは頭を上げるべきだ。起こってしまったことを変えることはできないのだから。私たちがこれからやることは大きな挑戦になる。私たちは戦い、戦う選手たちを見たい。偉大な選手は立ち直る。スタッフも同じだ。私たちにはトップ14で2位を狙うという中間的な目標がある」と、選手たちに強いメッセージを送った。
彼がトゥーロンのHCに就任して3年目。ホームのスタッド・マヨールにチャンピオンズカップの準々決勝が戻ってきた。トップ14でも20節を終えて3位。2位のボルドーと2ポイント差に詰め、上位を窺う。エスポワール(アカデミー)から育ってきた選手が次々と活躍し、何よりも、選手のマインドセットが変わった。
チームの一体感も強まり、安定したパフォーマンスを見せるようになった。今季トップ14では、ホームで無敗を保っている。
そして、こんなにマヨールが沸いたのは何年ぶりだろう。かつて「銀河系軍団」と呼ばれ、世界中のスター選手が集結した時代の熱狂が、再びマヨールに戻ってきた。2013年から2015年にかけてチャンピオンズカップ3連覇、2014年にはトップ14でも優勝という栄華に慣れ親しんだサポーターは、その後、チームが低迷し自信なさげにプレーする姿に失望し、スタジアムから足が遠のいた。街中に「15人の戦士が欲しい」という痛烈なメッセージが貼られたこともあった。
2020年に、銀河系軍団の仕掛け人だったムラッド・ブジェラル氏からベルナール・ルメートル氏に会長が引き継がれると、サポーターは経営陣に不満を示し、クラブハウスに『経営陣は退陣しろ』と書かれた横断幕が何者かによって掲げられたこともあった。
しかし、この敗戦の後、トゥーロンのサポーターからは、「私たちの選手を誇りに思う」というメッセージがSNSで見られた。さらに、「ルメートル会長に感謝」という投稿も。
トップ14で毎年トゥールーズを迎えるが、トゥールーズとの対戦は集客が見込めるため、1万7500人収容のスタッド・マヨールから60キロほど離れたマルセイユの6万7000人規模のスタッド・ヴェロドロームに会場を移しておこなわれる。今年の5月に予定されているトップ14の両チームの対戦もマルセイユが舞台だ。
しかし、10年ぶりにホームでチャンピオンズカップの準々決勝を開催する権利を得たトゥーロンのルメートル会長は、「地元のサポーターに恩返し」と敢えてマヨールでおこなうことにした。降り続く雨にもかかわらず、満員御礼となったスタジアムにはサポーターの熱気が立ち込め、「ラグビーの街、トゥーロン」の熱狂が再び感じられた。
ルメートル会長、ミニョニHCの努力が実を結んだのだ。これは大きな成果である。
「この敗北は私たちを勝利へと導くものだと、私は確信している。私たちは前進する」とミニョニHCは言う。今季序盤にトゥールーズとアウェーで対戦し、5-57で大敗。「その後成長するのに非常に役に立った」(ミニョニHC)ように、今回の残酷な敗戦もさらなる成長のための糧とし、トゥーロンはトップ14決勝進出を狙う。
【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。