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【南アフリカコラム】流浪の民、トヨタ・チーターズ。
懐かしい! 2017年のスーパーラグビー。秩父宮でサンウルブズと戦い、47-7と快勝している。(撮影/松本かおり)

【南アフリカコラム】流浪の民、トヨタ・チーターズ。

杉谷健一郎

◆エイプリルフールの屈辱。


 フェイクニュースの問題が深刻化する昨今、エイプリルフールの自粛傾向は世界的に高まりつつある。

 しかし、特に海外メディアではこの習慣を継続している例が意外と多く見受けられ、ラグビーに関しても、4月1日には「○○選手がライバルチームへ移籍」や「AクラブとBクラブがついに合併」というような偽記事が一斉に配信された。

 日本と異なり海外のエイプリルフールでは、普段は事実を報道する真面目なメディアが平然と偽情報を流すこともあり、読者がフェイクと気付かずに信じてしまうケースが少なくない。また、中にはそれが嘘であれば個人やチームの名誉を傷つけるのでは、と心配になるようなブラックジョークを堂々と掲載するメディアもある。したがって、日本人の感覚からすると、やり過ぎなのではと感じることもある。

 この南アフリカのラグビーマガジン「SA RUGBY」が4月1日に発信したトヨタ・チーターズ(以下、チーターズ)の記事もエイプリルフールのジョークだ。

「チーターズ、ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(URC)に電撃復帰 ~ チーターズは来シーズンのコンペティションには、(今年度の)URCで最下位の南アフリカチームに代わり出場することになる。」

 記事を最後まで読めば、少し分かりにくい表現になっているが、エイプリルフールの偽情報だと察することはできる。しかし、明確に嘘だとは説明されておらず、「もしかすると本当かもしれない」と思わせる絶妙なリアリティもあり、困惑したチーターズ・ファンも少なくなかった。

 チーターズ・ファンはこの記事が真実であれば歓喜したであろうし、終盤を迎えたURCの中では16チーム中、14位と他の南アフリカ3チーム(※ブルズ3位、シャークス4位、ストマーズ10位、4月上旬現在)とは少し差が空いて最下位に位置するライオンズ・ファンは落胆しただろう。

 まずチーターズは大前提としてURCに参加している南アフリカ4大チーム(※ブルズ、シャークス、ストマーズ、ライオンズ)に次ぐ第5のチームという存在であること。そして、チームとしてはURC入りを常に熱望している。

 チーターズの最近の戦績としては、2023年の国内大会カリーカップで予選リーグ1位、4位以上が競うプレーオフでも優勝した。2004年大会では予選リーグ4位、プレーオフは準決勝敗退となったが、少なくともウェスタン・プロビンス(=ストマーズ)よりは上に位置している。

 特に2024年のカリーカップはURCのオフシーズンに開催された。そのため、通常はURCと日程が重なりカリーカップには出場できない4大チームのスプリングボックス級の選手たちも、数試合に出場することが可能となった。このようなハイレベルな環境下で、チーターズが4位という成績を収めたことは、同チームが確かな実力を備えており、URCでも十分に通用する力を持っていることを証明したと言えるだろう。

 そうした背景があり、熱狂的なチーターズ・ファンがこのフェイクニュースを目にすれば、内容を信じてしまった人がいたのも無理はない。SNS上では「エイプリルフールのネタでしょ?」という反応が大半を占めていたが、中には「来年が楽しみ!」と本気で期待しているような投稿も見られた。そのコメント主が、これが事実ではなかったと知ったときのことを思うと、なんとも気の毒である。

 いずれにせよチーターズ・ファンからすると、このエイプリルフールの偽情報は不快でしかなく、看過できるものではないだろう。

今季のEPCRチャレンジカップではプールステージで1勝2敗1引き分け。写真はリヨン戦。(Getty Images)


◆何処(いずこ)行くか、流浪の民。


 さて、このチーターズ、最近、日本でその名前を耳にする機会は少ない。しかし、スーパーラグビーではサンウルブズと2シーズンで4回対戦し(※2016年:32-31、92-17、2017年:38-31、47-7でチーターズの4連勝)、トヨタの現地法人がスポンサーになっていることもあり、記憶に残っている方もいるだろう。

 チーターズの本拠地は司法の首都であるブルームフォンテーン、南アフリカの中央部に位置する。白人人口が比較的多く、ラグビーが盛んな地域である。高校ランキング1位の常連である強豪校グレイカレッジやヴァーシティ・カップ(※南アフリカの大学選手権)の優勝経験もあるフリー・ステート大学もありラグビーどころといえるだろう。

 しかし、ブルームフォンテーン自体は人口30万人程度の中都市であり、4大チームのある大都市と経済規模が異なる。チーターズは4大チームと比較すると資金力に乏しく、高給が必要なスター選手を抱えることが難しい。高校ラグビーのトップに君臨するグレイカレッジが同じ市内にあるのに、同校の卒業生は高額年棒が提示できる4大チームのいずれかに引き抜かれることが多い。状況としては強豪高校チームが多数存在するのに、リーグワン・ディビジョン1のチームがない大阪に似ているといえるかもしれない。

 とはいえ、チーターズは前述のとおり南アフリカでは4大チームに次ぐ、5番目の存在である。実際、カリーカップでは4大チームの次に優勝回数が多い。

 しかし、この5番目のポジションというのが微妙なところであり、チーターズはよく「流浪の民」と揶揄される。南アフリカラグビー協会(SARU)の都合によって彼らの所属リーグが頻繁に変更されるという不遇な扱いを受けているからだ。

 例えば、スーパーラグビーの前身であるスーパー12が1996年に創設された際、南アフリカからはこの4大チームが参加した。チーターズは創設メンバーには入れてもらえなかった。

 しかし、ニュージーランドやオーストラリアが参加チームを固定していたのに対し、南アフリカは最初の2年間、カリーカップをスーパー12の予選として位置づけていた。つまり、カリーカップの上位4チームがスーパー12に出場できた。そして、翌1997年にはチーターズが前年のカリーカップでベスト4になり、予選敗退のストマーズに代わり出場。その実力がスーパーラグビーの水準に達していることを証明してみせた。

 1998年にはSARUがその予選形式から他国と同様に4大チームを地域フランチャイズ制にすることを決めた。そして、この機会にチーターズとライオンズを「合併」させ、ゴールデン・キャッツという連合チームを結成したのである。

 南アフリカではアパルトヘイト期にカリーカップがスポーツ・イベントとして最大の盛り上がりを見せていたこともあり、地域間のライバル心が非常に強い。キャッツの場合、合併によりライバル関係だったヨハネスブルグのライオンズとそこから400キロ離れたブルームフォンテーンのチーターズの選手たちがいきなり一緒のチームになれと命じられたわけである。

 当時、HOジェームス・ダルトン、PRオス・デュラント、FLラッシー・エラスムス、そしてWTBジェームズ・スモール等の特に個性の強い選手たちが揃ったこともあり、チームは個々の実力はあるものの最後まで一枚岩にはなれなかった。結局、最下位を3度経験するという低迷ぶりにより、2005年には連合チームとしてのキャッツは解体されることとなる。この“連合チームの解体”の意味は、キャッツというチームは存続するが、チーターズはそこから分離させられたということである(※2007年にはキャッツもオリジナルのライオンズに改称された)。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、たまたま2006年にスーパー12が14に拡張されたため、チーターズはオーストラリアのウェスタン・フォースとともにコンペティションへの参加が認められた。

 チーターズはその後、2017年まで名称がスーパー14から変更されたスーパーラグビーを主戦場とする。11年間の戦績としては2013年に一度だけプレーオフ進出を果たしたものの、それ以外のシーズンは中位から下位に沈むことが多かった。しかし、4大チームからは明らかに選手層のレベルは落ちるという絶対条件に抗い、4大チーム、そしてニュージーランド及びオーストラリアの強豪チームと互角に渡り合った。

 そしてチーターズが再び「流浪の民」となるのは2018年のこと。スーパーラグビーが18チーム制から15チーム制へと再編されるにあたり、南アフリカのキングス、オーストラリアのウェスタン・フォースとともに除外されたことがきっかけだった。

 スーパーラグビーは除外の基準の一つとして実力の格差を挙げていたこともあり、チーターズの関係者やファンの中では不満と怒りが渦巻いた。なぜならチーターズは2017年のシーズン、総合順位では18チーム中13位で、その下にはレッズ、ブルズ、ワラタス、サンウルブズ、そしてレベルズの5チームが存在していたからである。

 南アフリカではチーターズのみならず、他チームの関係者やファンからも除外に対して疑問の声があがっていた。特に新参者で大量失点によりスーパーラグビーのレベルを落としていると批判されていたサンウルブズに怒りの矛先が向かったのは想像に難くない。

 その後チーターズとキングスは、現在のURCへとつながるヨーロッパ3大リーグの一つであるPRO14に2017–18シーズンから参戦することとなった。この“移籍”については、SARUが数年後に国内の4大チームをヨーロッパリーグに参画させる構想を描いており、その布石として両チームを偵察役として送り込んだ、という見方が南アフリカ国内では少なくなかった。

 実際、2021年コロナ禍の混乱からスーパーラグビーを脱退した4大チームがPRO14(レインボーカップ)に参戦した際には、“お役御免”とばかりに両チームはPRO14から再び除外されることになった。

現在指揮を執るフランソワ・ステイン。現役時代と比べ、だいぶ大きくなった。(Getty Images)


 その後、チーターズがURCに呼ばれることはなかったが、2024-25年シーズンのEPCRチャレンジカップ(※URCの下位チームで競われる大会)では、URCに所属していないチーターズが、出場チーム数の調整役として参戦することとなった。久々の国際舞台であったものの、4試合でわずか1勝にとどまり、予選敗退となった。

 現在、チーターズはカリーカップ、そして、URCに参加できないチームを対象とするSAカップという2つの国内大会が主戦場となっている。

◆チーターズのプライド。


 あらためてふり返ると、チーターズはSARUの方針や都合に翻弄され続け、まるで根なし草のように拠り所を失った存在になっている。そこまで言うと、言い過ぎだろうか。

 しかし、チーターズの関係者やファン、そしてもちろん選手たちは、自分たちの置かれた状況に悲観して諦めることはない。むしろ、その屈辱を力に変えて、次なるステージへと立ち向かっている。

 その反骨精神を体現しているのが、現在、チーターズで唯一のスプリングボックス、キャップ19を持つFL“ミスター・チーターズ”オウパ・モホジェである。モホジェは度重なるケガと闘いながら2年前にクラブキャップ100を達成したチーターズ生え抜きの選手だ。

 モホジェは以前のインタビューで「我々は常に見下されているが、我々の戦いの場はトップレベルだ。(中略)チーターズは簡単に諦めるようなチームではない。目標を達成するために私たちは信じられないほど努力をしている」と国際大会への復帰を諦めていないことを明言している。

 現在のチーターズのチーム構成だが、モホジェ以外で代表歴のある選手はナミビア代表のPRヨハネス・クッツェー、HOルイス・ファンデルウェストへーゼン、アメリカ代表のSHルーベン・デハースがいるくらいだ。

 また少し懐かしいところでは、サンウルブズ、そして宗像サニックスブルース、NTTドコモレッドハリケーンズ(現レッドハリケーンズ大阪)で活躍したPRヘンカス・ファン・ヴィックが健在だ。

 最近、三菱重工相模原ダイナボアーズに移籍してきたFLフリードル・オリヴィエーも日本に来る直前まで先発のブラインドサイド・フランカーを担っていた。

 しかし、全体的には南アフリカ出身選手の多くは、U20などの年代別代表の肩書を持たない“無印”選手も多く、選手個々の実績だけを見れば4大チームの選手層に比べて見劣りするのは否めない。

 そして、今年からヘッドコーチとしてチームを引っ張るのは、ワールドカップ優勝を2回経験しているスプリングボックス・キャップ78のレジェンド、フランソワ・ステインである。そして、ステインをアシスタント・コーチとしてサポートするのが、こちらもキャップ数88のレジェンド、ルアン・ピナールである。ピナールはスプリングボックス、そして所属したシャークス、仏モンペリエでステインとともにプレーした盟友だ。

 2人はグレイカレッジのOBで、4大チームや海外で活躍した後、最後はチーターズでともにプレーし、現役生活に幕を下ろした。プロとしてのキャリアをチーターズでスタートさせたわけではないが、地元ブルームフォンテーンのチームを最後に還る場所と決めていたのだろう。そして引退後も、彼らほどの名声があれば4大チームのどこかで指導者やスタッフとしての道も選べたはずだが、あえてチーターズと運命をともにすることに決めた。

 日本でも合唱曲としてよく歌われるロベルト・シューマンの歌曲『流浪の民』の原詩は、故郷を追われたロマ(ジプシー)が危険や苦難に見舞われながらも、安住の地を求めて旅を続ける姿が描かれている。チーターズもこれまで幾度なく行き場を奪われながらも、ラグビーを続ける場所を求め、与えられた環境の中で懸命にハードワークをしてきた。たとえ大舞台から遠ざかっていようとも、彼らの情熱と誇りは消えることなく、これからも自分たちが目指すステージを求めて進み続けるだろう。


【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了。立命館大学経営学部卒。著書に「ラグビーと南アフリカ」(ベースボール・マガジン社)などがある。

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