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赤と黒。
トゥールーズの齋藤直人(左)とアンジュ・カプオッゾ。3月1日のトップ14、ヴァンヌ戦より。(Getty Images)

 ヨーロッパのラグビーシーンは、チャンピオンズカップのプレーオフで熱気が最高潮に達している。
 今シーズンのチケットが初めて完売となったスタッド・マヨールでは、トゥーロンがサラセンズを74-42で圧倒し、準々決勝への切符を手に入れた(4月5日/第16節)。
 トゥーロンがこの大会で準々決勝に進出するのは、2016年以来の快挙である。

 そして今週末、現地時間の4月13日、トゥーロンは強豪トゥールーズとの準々決勝に臨む。
 この注目の対戦を前に、「レキップ」紙はトゥーロンのピエール・ミニョニヘッドコーチに、この試合をワーナーやNetflixにアピールするなら、どのような言葉を選ぶかと尋ねた。ミニョニHCは迷うことなく答えた。

「赤と黒」

「私たちとトゥールーズの間には、このカラーのおかげで特別な絆がある。ピッチ上でのライバル関係を超えて、一種の敬意がある。このカラーは、トゥールーズがはるか昔に私たちに貸してくれたものだ。トゥーロン市の色は黄色と青。トゥーロンのハンドボールもサッカーも、すべてのスポーツチームは黄色と青でプレーしている。トゥーロンで、赤でプレーしているのは私たちだけだ」

 ミニョニHCの言葉は、1908年にまで遡る。
 地域の6つのクラブの合併によって誕生したラグビークラブ・トゥーロネを支援するため、前年に設立されたスタッド・トゥールーザンはトゥーロンへ遠征し、収益全額がトゥーロンに渡される慈善試合を行った。

 当時、ホームでは赤と黒のジャージ、遠征では白いジャージを着用していたトゥールーズは、トゥーロンが白いジャージを着用していたため、彼らの赤と黒のジャージを贈呈した。トゥーロンはこのカラーを維持し、1917年に正式にチームカラーとしたのである。

 ミニョニHCとトゥールーズのユーゴ・モラHCの親交も深い。
 普段から電話で連絡を取り合い、コロナ禍では2人が中心となってトップ14のコーチ間で意見交換の機会を設けた。
 また、トゥールーズが昨年のチャンピオンズカップ決勝の準備をする際には、ミニョニHCが彼の視点から意見を述べ、モラHCを支援した。
 トップ14では、現在トゥールーズが首位、トゥーロンが3位につけている。フランスのチーム同士の対戦ということもあり、この試合は現地で今週末最も注目されているカードの一つだ。

4月13日のトゥールーズとの試合を戦うトゥーロンのメンバー。チームの公式『X』より


 4月5日のトゥーロンの対戦相手、サラセンズ(イングランド)は、LOマロ・イトジェ、FLベン・アール、HOジェイミー・ジョージら、イングランド代表5人を休ませた。3度、ヨーロッパチャンピオン(2016、2017、2019)に輝いたサラセンズが、ベストメンバーを送り込まなかったことに、ファンもメディアも驚き、批判の声すら上がった。誰もがトゥーロンの勝利を予想していた。

 しかし、試合開始からサラセンズが5トライを連取して、30分でのスコアは13-35でサラセンズが大きくリードしていた。今季のトゥーロンの強みであったディフェンスが機能しなかった。残りの10分で立て直し、2トライを取り返して27-35で折り返した。
 後半にSHバティスト・セランが投入されると、さらに勢いづき、最終的に10トライを挙げ、72-42で大勝。この得点は、トゥールーズがレスター戦で記録した80点に次ぐ、今大会2番目の大量得点となった。

 試合後、ミニョニHCは「最初の30分は受け入れられない。後半は、皆さんがご存知の通り。今日、トゥーロンは二つの顔を見せた。どんなチームにも勝てるトゥーロンと、誰にでも負ける可能性があるトゥーロン。その間のバランスを見つけることが必要。パニックにならず、指示通りに試合を組み立てなければならない。準々決勝ではこのようなことを繰り返してはいけない」と語った。

 さらに、「今は選手たちを祝福したい。最後の準々決勝がいつだったか分からないが、成長するためにはこの経験が必要。私は彼らに学んでほしいのではない。それを望むだけでなく、実行してほしいのだ。もし望むだけなら、その時点ですでに遅れをとっている。今日の最初の25分間、このチームはそうだった。良い試合をしたいと望むだけで、実行しようとしていなかった」と続けた。

 そして、「このチームは次の段階に進みたいのか? 私たちは誰にでも勝てる後半のチームになりたいのか、それとも別のチームになりたいのか…。これまでにない試合をしなければならない。一段上を目指すために、さらに魂から力を振り絞る必要がある。80分間、最初から最後までそうでなければ」と締めくくった。

◆トゥールーズのセール戦は30分遅れの開始に。


 一方トゥールーズは同じ第16節のセール・シャークス戦、ホームのエルネスト・ワロンから、3万3000人収容のスタジアム・ドゥ・トゥールーズに戦いの場を移し、満員御礼となった。スタジアムは、トゥールーズのチャンピオンズ・カップのテーマ『レッド・キングダム』を掲げ、赤一色に染まった。

 この試合に照準を当て、シックスネーションズ明けのトップ14(3月23日)では、他クラブが代表選手を動員していたのに対し、トゥールーズは、フランス代表だけではなく、イタリア代表のWTB/FBアンジュ・カプオッゾも、スコットランド代表のWTB/FBブレア・キングホーンも含め全員休ませ、翌週のポー戦で復帰させた。
 全員がフレッシュな状態ではあったが、このメンバーで試合をするのは、1月19日に行われたチャンピオンズカップのレスター(イングランド)戦以来で連携が取れていない様子が見られた。

 試合開始数分前、試合球を運ぶ3人のパラシュート降下兵がスタジアムの芝生を目指して空から降りてきた。最初の2人は何事もなくピッチに降り立った。しかし3番目の降下兵が風に流され、スタジアムの屋根に引っかかってしまい、観客席から約20メートルの高さで宙吊りになった。

 消防隊員の救助の到着を待つ間、スタジアムの救助隊員がそのゾーンに座っていた観客を避難させ、両チームのスタッフ、そしてトゥールーズのマスコットまでが協力して、タックルシールドやゴールポストのクッション、子どもに体験してもらうための空気で膨らますミニラグビーフィールドなどを使って宙吊りになっている降下兵の下にクッションを敷き詰めた。

 大型はしご車が到着し、2人の消防隊員が降下兵を無事に救助すると、スタジアムは大きな歓声に包まれた。

「試合開始2分前で、僕たちはフィールドに出ようとしていた。廊下ではみんな叫び始め、『さあ、行くぞ!』という雰囲気だった。ところが、誰かが『屋根に人がぶら下がっている』と言った。『ぶら下がっている?』状況を把握できない選手もいた。映像を見たけど、何が起こっているのか理解できなかった。こんなことは初めてだから。試合開始が30分遅れたのは、ちょっと異様な感じでしたね。でも、ロッカールームで音楽をかけ、急ごしらえのウォーミングアップで気持ちを立て直そうとした。相手も動揺したでしょう。状況は同じだから言い訳にはならない。僕たちは開始早々にトライを決め、良い流れを作った。しかし、その後はコントロールを失った。早すぎるトライが、セール・シャークスの実力を少し誤解させたのかもしれない。『これでいける』と思ったけど、そうはいかなかった」

 試合後の会見でCTBピエール=ルイ・バラシが物語っているように、そうはいかなかった。
 前半、セール・シャークスの激しいフィジカルに圧倒され、コンタクトで前に出ることができず、スクラムではペナルティを繰り返し、前半は10-15でリードを許した。

 バラシは続ける。
「不安がよぎったかって? とにかく彼らの猛攻に苦戦させられたのは確か。でも、そのことについてチームで話していた。シックスネーションズの期間中、プレミアシップは試合がないから彼らはリフレッシュできた。僕が理解したところによると、彼らは長い休養期間があって、フィジカルの準備をやり直すことができた。彼らがものすごい強度で来ることも分かっていた。だから、もし僕たちが40分か50分間、この力比べに持ちこたえられれば、その後は自分たちのプレーができると思っていた。前半にラックの局面でもっと注意深く正確にプレーしていれば反撃もできたはず。苦戦はしたけど、自分たちを疑うことはなかった」
 トゥールーズは後半にトライを重ね、またセールに得点を許さず、最終スコア38-15で勝利した。

4月13日のトゥーロンとの試合を戦うトゥールーズのメンバー。21番に齋藤直人。チームの公式『X』より


◆齋藤直人、トゥーロン戦の21番に入る。


 しかし、トゥールーズにとって、この勝利は手放しで喜べるものではなかった。残り時間5分で、カプオッゾがハイボールをキャッチして、スピードとステップで敵を抜き、見事なトライを決めた直後、トライゾーンで起き上がることができなかった。足首をギプスで固定され、担架に乗せられ、観客の大きな拍手に見送られながら退場した。

 手で顔を覆ったままのカプオッゾの様子から、シーズン中に復帰は難しいのではという憶測も飛び交ったが、検査の結果、重度の捻挫と診断され、6週間ほどで復帰が見込まれている。

 3年前にトゥールーズに移籍してから、カプオッゾは毎年のように怪我に悩まされ、なかなか主力メンバーに定着できなかった。
 しかし、今季は怪我もなく、トップ14とチャンピオンズカップを通じて19試合に出場、14のトライを決め、チームの最重要選手の1人として活躍していた。

 すでにSHアントワンヌ・デュポンを失っているトゥールーズで、カプオッゾはWTBとしての能力だけでなく、SHとしても期待されていた。
 トップ14のラ・ロシェル戦、セール・シャークス戦の前週のポー戦でも途中からSHでプレーしており、スピードがあり、果敢な判断で相手チームの脅威となっていた。この試合でもベンチにSHの選手は入っておらず、9番のポール・グラウに何かあれば、カプオッゾがSHを務める予定だった。

 カプオッゾ自身も「覚えなくてはいけないことはあるけれど、プロになるまでプレーしていたポジションだからおかしなことではない。むしろいい刺激になる」と意気込んでいた矢先だった。

 デュポンのメディカルジョーカーの採用も検討していたが、この時期にフリーで、しかもデュポンの代わりになる選手は見つからず、グラウ、齋藤直人、19歳のシモン・ダローク、そしてカプオッゾでシーズン終盤を乗り切ることに決めたトゥールーズにとって大きな痛手だ。

 モラHCは「もうジョーカーを雇うことが許される期限を過ぎてしまった(まさにこの夜までだった)。ただ雇えばいいというものではない。チームに不利益をもたらす可能性もある。私たちは重要な選手を失った。アンジュ(カプオッゾ)はSHでプレーできるだけでなく、WTBでもかなり良いプレーを見せていて絶好調だった。ポジション競争での序列を変えた。彼はアドバイスを聞き、多大な努力をしてきた。今後数週間、プレーできないのは彼にとって本当に残念。彼はもっと活躍してシーズン終盤を満喫することができただろうに」とカプオッゾへの同情を語った。

 4月13日の準々決勝、トゥーロン×トゥールーズでもう一つ注目されていることがある。トゥーロンのFBメルヴィン・ジャミネが、2022年にペルピニャンからトゥールーズに移籍した際に、ペルピニャンとの契約が残っていたため、45万ユーロ(約7035万円)の契約解除金をジャミネが借金をして立て替えていたことが発覚した。
 この件でトゥールーズはサラリーキャップ違反の疑いをかけられ、調停委員会に出頭。実情は謎のままだが、130万ユーロ(約2億323万円)をリーグ運営団体のLNRに支払うことになった。
 ジャミネが立て替えたお金はまだ返済されていないと報道されている。通常、両チームの会長はスタンドで並んで観戦する。きっとカメラはトゥールーズのディディエ・ラクロワ会長を抜くだろう。トゥーロンのサポーターから「早く金返してやれー!」とヤジも飛ぶかもしれない。

 4月11日の記者会見でモラHCは言う。
「私にとって興味深いのは、最近の出来事に関する一部の人々の発言ではなく、それに対して選手、チーム、クラブが、どのようにリアクションするかということ。報道陣の前で模範的なプロ選手として見せるだけの願望ではなく、深い願望がうちの選手たちにはある。彼らは勝ちたい、勝ち続けたいと思っている」

 彼の言葉は、チームを取り巻く逆境を乗り越え、勝利への強い意志を示すものとして、選手たちに響いているだろう。

 両チームのメンバーが発表された。トゥールーズは齋藤直人が控えに入った。日曜日のトゥーロンは雨が予想されている。この雨はどちらの『赤と黒』に味方することになるのだろう。

【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。





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