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【楕円球大言葉】まれに敗れて、なお凄み。
3月15日のレヴズ戦でゲームキャプテンを務めたワイルドナイツのSO山沢京平。©︎JRLO

【楕円球大言葉】まれに敗れて、なお凄み。

藤島大

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 完遂はならず。なお凄みを見た。ここまで無敗の埼玉パナソニックワイルドナイツ。星を落として、貫禄は崩れなかった。

 3月15日。リーグワン第11節。静岡ブルーレヴズの自慢の本拠地であるヤマハスタジアムの芝を雨がしきりに濡らした。それでも「5302」の観衆が足を運んだ。そんな熱に応えるフェアでハードな攻防はやまず、空気は冷えるのに時間がどんどん過ぎた。

 後半の後半。ワイルドナイツがゲーム主将の10番、山沢京平のトライで5点差に迫る。再開リスタートの後半33分30秒より終了まで敗者の築いてきた文化の奥深さは浮かび上がった。

 あらためてスコアは17-22。残りは秒針6周といったところ。追いかける埼玉はそこからキックを3度続ける。さらにラインアウトのクイック投入後のアタック、ひとつのフェイズのあとで9番の小山大輝がまた長いパントを試みて、その蹴り返しをこんどは迷わずタッチの外へクリアする。残り約5分。

 放送席にいて頭を支配した単語は「貫禄」であった。かんろく。身にそなわる威厳。おもみ。5点のビハインド、いよいよ5分を切る。あわてない。胸中に焦りなど皆無。とまでは言い切れないけれど、少なくとも、不安の露呈はそこになかった。

 後半36分40秒。左プロップを務めるクレイグ・ミラーが自陣でのターンオーバーに成功する。すぐに19番のリアム・ミッチェルにつないだ。なんと長身197㎝のロックもキックを選ぶ。

落ち着いてゲームをコントロールしたワイルドナイツSH小山大輝。©︎JRLO


 隣に3人、4人と仲間がいる。つい、つないで総攻撃に走りそうなものだ。でもワイルドナイツはここにいたっても落ち着きを示した。ともかくエリア。これがうまく運んで、敵陣の左深く、トライラインという名のゴールラインまで7、8㍍の地点のラインアウトを獲得できた。

 ああ、やっぱり。「終わってみたらパナは負けない」という歴史のリピートの気配は充満する。2分10秒ほどでマッチ・イズ・オーバーのホーンは響く。さあラック起点の連続攻撃は始まった。

 せわしなくもなく、遅くもなく、フェイズは「7」を数える。静岡のペナルティー。ますます「終わってみたら」の結末は近づくようだ。

 タップキック発の短いパスで攻める。山沢-ミラー-ミッチェル。なんとノックオン(あるいはノックフォワード)。さっきの会心の「蹴り込み」選択で、もし白星をつかんだら、ヒーローとも遇されただろう29歳のニュージーランド人はなぜか球をつかみそこねた。

 スクラム。埼玉の反則。かつて北上市役所の企画部危機管理課勤務の元公務員、手束伊吹レフェリーの右手が上がったのが後半39分29秒。ならばタッチキックでは終わらない。どうする。

 クワッガだ。やはり。本名はアルベルトゥス・ステファナス・スミス。この午後もターンオーバーにおける際立つ読みや握力や体幹の強靭で危機を救い、むしろ好機へ変換してきたキャプテンは前方へ歩み出る。

 地面のボールを右のシューズでちょっぴり前へ押し出し、拾い、斬り込んだ。最後の最後、埼玉の仕掛けるスーパーなスティールをはねのけるのは自分しかいない。観念でなく使命をも超えて「リアリズム」としてのリーダーシップ。楕円の宝物はめったに負けない者たちから保護された。

 そのクワッガ・スミス主将は勝利会見で明かした。

「この試合に向けて『タックルしてからのファイトをしっかりしよう』と話をしていて、そこでしっかりと時間を稼いで、相手のアタックをスローダウンさせることができていました」

 ちなみにクワッガの愛称はオランダ系言語の「シマウマ」に由来する。母国の南アフリカのメディアに本人の解説があった。

「わたしが生まれた夜、ふたつ年上の兄が、祖父母に『弟の名前は?』と聞かれて、幼いのでよくわからず、クワッガと言った。それがそのまま」(SPORT360)

 7年前に同記事を知った。以来、最も小さくて最も強いラグビー選手かもしれぬバックローを見つめるたびに「シマウマと呼ばれる人はシマウマにあらず。シマウマを狩る猛獣なり」と思う。

レヴズの主将を務めるFLクワッガ・スミス主将。磐田の地を愛している。©︎JRLO


 ワイルドナイツのロビー・ディーンズHCは、クワッガ以下、静岡の面々の愛してやまぬ肉弾闘争をこう表現した。

「レッスル」

 さて主題に戻る。まれにも負けて、ワイルドナイツの「焦らずに悠々と急ぐ」態度は揺るがなかった。

 前半は3PGを刻んだ。ゴールに近づきラインアウト起点での得点もなくはないはずなのに堅実な道を選んだ。結果を考慮すれば消極的とも評価される。しかし、もし、おしまいのノックフォワードさえなければ、9点が効いたと称えられたかもしれない。

 精確なプレースキックの山沢ゲーム主将は振り返った。

「自分たちのラグビーを80分間とおしてやろうとしたところでミスをしてしまい、流れにもっていきたいところを逆に相手に渡してしまった」

 総括に過不足はない。いつになくパスが無人の芝に落ちる瞬間も複数あった。

 フッカーで本来の主将である坂手淳史、スティールの王様、フランカーのラクラン・ボーシェー、長駆の切り札、CTBのディラン・ライリーを欠いた。静岡の指導陣の心理を「ちょっと助かった」と書いて、ひどく間違いではあるまい。

 翌朝。オンデマンドで試合を再確認。解説者の立場で少なくとも二点について反省した。触れるべき事態と個性を述べていない。

 ひとつ。後半36分25秒のチャールズ・ピウタウ。元オールブラックスの静岡の15番がパスを捕る。同時に埼玉の14番、竹山晃暉が画面の外より突き刺さる。いや、ぶっ刺さる。「仲間もあざむくほど」という観点では満点の「ツメ」である。

 しかし。ピウタウは身構えていないのに、あれほどの勢いの不意打ちを胸ではじき返した。しかも、何事も起きなかったみたいに世界一とまでうたわれたオフロードのスキルを駆使、左手で左側へ球をいかしてみせた。おそるべし。

 あまりに自然な強さとうまさを言語化できず、ちっとも悪くない竹山のタックルの思い切りのよさのほうに心を持っていかれた。

すべてベンチからのスタートながら、今季この試合も含めて5試合に出場のHO作田駿介。POMに輝く。©︎JRLO


 もうひとつ。静岡の16番、作田駿介。後半8分に登場の23歳、流通経済大学出身のフッカーは、プレイヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれて、あいさつに臨んだ。実況解説席のモニターのアップ、首の太さや肩の盛り上がりが尋常でない。ほとんどモンスターだと感じた。なのに言葉にしなかった。

 記者会見。ブルーレヴズの藤井雄一郎監督がちゃんと話した。

「彼は首の太さが56cm。それなら(身長は)3mくらいあってもいいと思いますが」

 具体的なデータ。たとえの楽しさ。監督はスポーツライターや解説者と同業ではないので「身長3m」をそっくりいただくつもりだ。


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