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東芝ブレイブルーパス東京が山のてっぺんに立った。23-24年度のリーグワン。開放的なのに壮絶でもあったファイナルの記憶は色あせない。
ただし、あれは攻防の総体があまりにも見事だったのでどこかの誰かが強く記憶に引っかかる感じとはまた異なる。このごろ、しきりに思い出すのはディビジョン2のあの人のあの場面である。
飯沼蓮。浦安D-RocksのSHにして24歳のキャプテンだ。
2024年5月24日。スポーツの文脈では「生きるか死ぬのか」の入替戦第2節の夜、77分19秒、ということは後半37分19秒、若き統率者はハンドオフを繰り出した。ほとんど100㌔級のフランカーの一撃。ズンと突き放す腕のみならず、ちっともぐらつかぬ下半身の強靭はおかしなほどだった。
花園近鉄ライナーズとの因縁めく緊迫の決戦である。しかも激務のポジション、さぞや疲れるだろう。そしてフルタイムの近づく時間帯だ。
またもまたもやラグビーに教わった。使命を帯び、責任を担う人間の心は、その心を鍛え磨くのみならず、肉体そのものに力を与えるのだと。
170㌢、70㌔。ライナーズの同ポジションの21番、171㌢の河村謙尚と並ぶとけっこう低く映る。たぶん映像を確かめる本稿筆者の端末ディスプレイの歪みのせいなのだろう。ともかく巨漢であるはずのない全身になんというのか運動生理学や医学の知見に収まらぬ活力が満ちる。イメージの範疇でなしに物理的なパワーが吹きこぼれた。
ラグビーは凄い。と、ついキーボードに打って、いや、飯沼蓮が際立っているのだとやはり思った。
試合前にすでに威光のようなものを発散していた。乗りに乗っている人のオーラとは違った。思い詰め、突き詰めた者の青白い炎である。
35-30。2戦合計で56-42の文句なしの勝利で昇格決定後の会見。
「苦しい場面もたくさんありましたけど、自分たちが言っていたのは、スコアボードは関係ない、自分たちのプロセスだけを信じて、それさえ実行できれば、自然と結果はついてくるからということです」
へたをすると優等生みたいな言葉が、目標成就のリーダーの静かな表情によって意味そのままの説得力をたたえた。
昨年度、同じ立場での入替戦、上位でもまれた花園ライナーズの意地、というより実力に敗れた。あのときもすでに主将の重責を担っていたのだから、この1年は、この日のためにだけあった。
降格に昇格ならず。2022年に入団後、入替戦に続けて敗れた。
「人生のどん底を経験しました。この先、代表(入り)やディビジョン1で優勝したら、この2年間の苦しみが報われるはず」
取材者には「どん底」の闇の濃さはわからない。しかし、そこを抜け出す人間の可能性なら知っている。
元南アフリカ代表ロック、ヨハン・アッカーマンHC(ヘッドコーチ)は「レン」のリーダーシップについて話した。
「多大なる信頼があります。だから引き続きキャプテンに任命したし、昨年度のような経験からも、よく学んで、次につなげることができるのが彼の強みなのです」
謙虚な負けず嫌い。あるいはおそれを知る強気。ラグビー選手のひとつの理想だ。
山梨県立日川高校出身である。かつて公立ながら猛練習で全国の強豪によく迫った。父の健さんも同校から筑波大学ーNECと進んだ9番であった。さらには母の順子さんも1998年の日本代表SH(対香港)である。愛息、蓮のパスが不器用なら、そっちのほうがニュースである。
明治大学でも主将を務めた。当時インタビューしたら、こう語ったのを覚えている。
「いままでの明治は能力が高いだけに何でもできてしまって、どこが強みかと聞かれると答えられなかった。でも強いチームにはひとつ自分たちの信じられるものがある」
学生にして視点が鋭い。コーチの資質がある。
世界中の指導者は口にする。「勝って学ぶのが理想だ」。しかし多くはそうもいかぬ。やはり負けて学ぶほかない。
飯沼蓮。苦い敗北が味の深い賢者をつくる。最新の例だ。