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【アジアラグビーコラム】インドネシアラグビー紀行 vol.2
「とにかくインドネシアの子どもたちにラグビーは楽しいものだ」と教えたい。(筆者撮影、以下同)

【アジアラグビーコラム】インドネシアラグビー紀行 vol.2

杉谷健一郎

◆大学チームの国際交流、そして国際貢献。


『インドネシアラグビー紀行』のVol.1では、アジアにおけるラグビーの普及活動にリーグワンが参加する時代が来ることを願い、その思いを綴った。

 しかし、アジアにおけるラグビーを通じた国際交流・貢献という意味では大学チームの方が先を行っている。
 例えば流通経済大学や同志社大学は、国際協力機構(JICA)と連携。ラグビー部員がJICA青年海外協力隊として、インドネシアとインドにそれぞれ派遣され、現地のラグビー普及に貢献している。

 そして今回、一般財団法人国際開発センターの国際交流基金により、関西大学ラグビーAリーグの立命館大学ラグビー部2回生、FL久野惇一選手とPR近藤四海選手の二人がインドネシアへ派遣された。1週間強の行程だったが、首都ジャカルタ近郊で、小・中学生を対象としたラグビーの普及活動に取り組んだ。

 インドネシア入りする前、少しタイミングが悪いかと思われたのが、現在、インドネシアではFIFAワールドカップ・アジア最終予選で躍進を続けているサッカーが例年以上に盛り上がっていることだった。
 インドネシアが属する3次予選グループCでは独走態勢の日本を除き、残りの2位から6位までは混戦模様で勝ち点の差がほとんどなく、インドネシアは3位につけている。各グループの1位と2位はワールドカップへ出場できるためインドネシアにとっては悲願を達成する空前のチャンスなのである。

 そのように、いつにも増してサッカー人気が沸騰している中、外国人が教える馴染みのないスポーツにインドネシアの子供たちが興味を示してくれるのか不安だった。また、特に日本人ということで「サッカーではないのか?」、「えっ、Jリーグの選手じゃないの?」と正直な子どもたちに落胆されることも恐れていた。

 まったくの杞憂だった。2人は訪れる先々で、歓迎を通り越して熱狂的に迎えられた。インドネシアの子どもたちは好奇心旺盛で、見たことのない楕円球を使った新しいスポーツに目を輝かせている。
 さらに、珍しい外国人の〝先生〟2人から直接教えてもらえること自体が、彼らにとって大きな喜びのようだった。

子どもたちの前で自己紹介をする学生2人。左端はファシリテーターを務めるPRUIの普及委員のハンバリ氏。


 訪問先の小中学校は大都市ジャカルタ市内にあり、ほとんどは狭いウレタングラウンドしか持たない。そこに多い時で200人以上の子どもたちが集まるので、ラグビーといってもできることは限られた。

 クラブのユースチームを除けば、ほとんどの子どもたちにとってラグビーは初めての経験だった。そのため、パスの基本や2対1の抜き合い、鬼ごっこに似たタッチフットなど、できるだけ全員がボールに触れ、常に動き続けられるようなカリキュラムが組まれた。何よりも大切なのは、「ラグビーって面白い!」と感じ、「またやりたい!」と思ってもらうことだった。

この日は小学校2校、総勢200人が参加。まず一列に並んでパス回しから。


 そういう意味では、大成功だった。子どもたちの集中力を考慮し、各セッションは1時間に設定されたが、途中で気を散らして勝手な行動を取る子はほとんどいなかった。むしろ、皆が夢中になってプレーに取り組み、心からラグビーを楽しんでいるように見えた。

 学生2人が立命館大学ラグビー部で運営しているジュニア向けの〝GENKIラグビーアカデミー〟でコーチをしており、初心者の子どもに対して的確な指導ができたということもあった。通訳を通じての指導となったが、子どもたちとの接し方にも長けていた。

 訪問先の一つであるSMAP23(中学校)の校長先生からは「遠く日本からお越しいただき、生徒たちにラグビーという新しい競技を教えてくださったことに感謝しています。生徒たちにとって今日、おふた方にラグビーを教えてもらったことは一生記憶に残るのではないかと思います。私自身もラグビーを見るのは初めてでしたが、生徒たちがこれほど楽しみながら集中して取り組めるのであれば、ぜひ今後も続けていきたいと思います」という賛辞をいただいた。

グローバル・イスラミック・スクールの小学1年生。初めて見る楕円球のボールに興味津々だ。


 今回、小中学校での各セッションは体育授業の時間に組み入れた形になっており、当然、各学校の体育の先生にも参加してもらっている。この種のプログラムはその場限りの一過性のイベントになりがちであるが、本セッションでは先生にもラグビーの魅力を知ってもらい、今後も体育授業で継続的にラグビーを取り上げてもらうことも目的としている。
 さらにこのセッションに同行していたインドネシアラグビー協会(PRUI)のハンバリ普及委員やJICA海外協力隊の野田隊員が定期的に先生をサポートすることになり持続性を高める。

 また今回、立命館大学から各訪問先にラグビーボールが提供されたが、PRUIもワールドラグビーからのラグビー普及のための補助金を活用し、各訪問先に2個ずつ寄贈した。
 数か月後に再訪した際、子どもたちが休み時間に校庭で楕円球を持ってタッチフットをしている姿を目にすることが見られたら嬉しいな。

 今回、子どもたちが積極的にこのラグビーセッションに参加したのは、やはりコーチがこれまで接点のなかった日本人、つまり外国人だったことが影響している。好奇心旺盛な子どもたちにとって、立命館大の学生2人はまさに〝格好の標的〟となった。

 セッションが終わった後も、学生2人は写真を一緒に撮ったり、サインを求める子どもたちに囲まれ、なかなかその場を離れることができなかった。こうした光景こそ、まさに国際交流の醍醐味だと感じる。

セッションが終わると、学生2人は女子生徒たちから写真やサインを求められた。慣れない状況に戸惑いながらも、対応したが、彼女たちの純粋な熱意に圧倒される。


◆海外へ出よう!


 このような指導活動に限らず、大学チームには機会があれば積極的に海外へ出ることを勧めたい。もちろん、海外へ行くということで、コストがかかり、現地とのコネクションも必要、リスクも日本にいるときより確実に高まる。決して簡単なことではないことは十分承知している。

 しかし、それらの課題を時間と手間をかけてでも克服し、海外へ行くことには大きな価値がある。

 今回、海外は初めてという立命館大学の学生2人も、言葉や文化の壁にぶつかり、環境や習慣の違いに戸惑いながらもラグビーを通じてインドネシアの人々と親交を深めた。このことは彼らのラグビー観、ひいては人生観に良い刺激を与えた。

セッション後の集合写真。皆、笑顔だ。


 もちろん体育会ラグビー部としての目的は、究極的にはリーグ制覇、大学選手権優勝であり、こうした国際交流や貢献活動が直接的にその達成に寄与するわけではない。仮に選手派遣の話が出ても、当然、内部では「他にやることがあるよね」という反対の声はあがるだろう。

 ただ、大学ラグビーはプロスポーツではないので、勝利を目指すが、勝利至上主義であってはいけない。そして、大学ラグビーは人材育成、そして人格形成の場でもあると思う。そういう意味ではこのような海外での経験は学生にとって人生の学びになる。

Jakarta Banteng Rugby Clubのセッション後、メンバーと。練習が終われば仲間になる。


 そしてもう一つ。

 最近、コロナ禍の世界的な感染拡大に加え、その後の円安の進行により、日本人が海外へ渡航しにくい状況が続いている。それらの影響だけではないと思うが、個人的な印象では、一昔前と比べると、大学チームやクラブチーム単独での海外遠征が減少しているように感じる。
 海外ラグビーにおいても、プロ化が進んだことで選手は契約に縛られることが多くなり、かつてのように「ラグビーを純粋に楽しむための海外遠征」という文化が次第に消えつつあるのではないだろうか。

 現在の日本では、ラグビーで海外へ行けるのは、代表級のトップ選手や、海外留学の機会を得た一部の恵まれた選手に限られている。つまり、標準レベルでラグビーをプレーしている普通の選手にとって、海外での経験を積む機会は少なくなっているのが現状だ。

 しかし、筆者の経験から言えば、ラグビーという競技を選んだ以上、どのような形であれ、一度は海外でラグビーを経験すべきだと考える。海外に出ることで、ラグビーの5つの価値(「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊重」)をより深く実感できるだけでなく、同じラグビーではあるが、日本では気づかなかった新しい発見がある。それは今後のラグビー人生はもちろん、ラグビー以外の場面においても大きな財産になるだろう。

 話が少し飛躍してしまったが、立命館大学の学生2人にとっても、インドネシアでの経験は大きな学びとなった。純真にボールを追いかけるインドネシアの子どもたちの姿は、彼らに「ラグビーを楽しむ」という初心を思い出させてくれたようだ。

 学生2人は今後、再び体育会ラグビー部の厳しい競争の世界へ戻ることになる。インドネシアでの経験が、彼らにとってプレーに対する新たなモチベーションとなり、これまでとは違った視点でラグビーに向き合うきっかけとなるだろう。
 異なる環境で得た学びや気づきが、自身のプレーの幅を拡げるだけではなく、他の部員メンバーにも新たな刺激を与え、微力かもしれないが、チームに何らかの貢献をもたらすはずだ。

Jakarta Banteng Rugby Clubの練習後、メンバーと。ジャカルタ・リーグの中では強豪チームだ。


 さて最後にインドネシアに戻ろう。

 インドネシアは先述のとおり、東南アジア最大の2.8億人の人口、それを構成するのは300以上の多民族、そして人々は6千以上の島嶼に分かれて暮らし、3つのタイムゾーンがある。
 このような複雑な構成でまとまりにくい国家であるインドネシアでこそ、ラグビーの5つの価値が有効に発揮できるのではないだろうか。

 PRUIのユダ・ラモン副会長によると、国内でのラグビー普及活動と同時並行で、今年はジャカルタでは近隣諸国からクラブチームを招待しての7人制国際大会、そしてバリ島の観光資源を利用した10人制国際大会を計画している。これらの国際大会を通じて世界にインドネシアラグビーの存在をアピールしたいとのことだ。
 そして、現時点での最終目標であるオリンピック7人制ラグビー競技の出場権獲得を目指し、男女代表チームの強化を進めていく。

 インドネシアにおけるラグビーのさらなる発展を切に願っている。

【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了

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