
Keyword
1月25日におこなわれたトップ14の第15節。パリ・ラデファンス・アリーナでラシン92はカストルに20-27で敗れた。
スタンドで顔を両手で覆い、打ちひしがれるラシン92のオーナー、ジャッキー・ロレンゼッティ氏の姿をカメラがとらえた。その1週間後、昨季ラシン92のヘッドコーチ(HC)に着任したスチュアート・ランカスターの退任が発表された。
今季、トップ14でここまで5勝9敗1分けで12位。チャンピオンズカップは2勝2敗で決勝ステージに進めなかった。クラブの目標に程遠い結果だ。
ラシン92は転換期にある。
胸にラシン92のエンブレムをつけたブレザーをジャージーの上にはおり、ピンクの蝶ネクタイをつけてピッチに入場し、ブレニュス盾を勝ち取ったのが2016年。SHマキシム・マシュノーがレッドカードで退場後、60分を14人で戦い抜いて栄冠を得た。
その決勝のピッチに立った選手のうち、今も残っているりは2人だけだ。
「私は自分が関わるすべてのこと、特にラグビーに対して情熱を持っている。ラグビーでは感動が何十倍にも膨れ上がる。ラシン92は今、困難な時期にあり、私は共に苦しんでいるのです。これまで常に、フランスでもヨーロッパでもトップ6に入っていたのに、もはやそうではない。現実を直視しなくてはならない」とロレンゼッティ氏は『ミディ・オランピック』紙に語った。
カストルを優勝に導いたロラン・トラヴェールとロラン・ラビットのコンビがラシン92の共同HCに就任したのが2013年。2人は3季目にラシンをフランスチャンピオンに導いた。
その後、ラビットはファビアン・ガルチエがフランス代表HCに就任した2019年11月に、アタックコーチとして代表スタッフに加わった。トラヴェールはラシンに残り、単独HCとしてチームを率いていた。
しかし、少しずつ勢いを欠いていく。何よりも選手の笑顔が見られなくなった。
2年前にロレンゼッティ氏はトラヴェールに対し、グラウンドから退き、自身の会長としての後継者になるように説得した。「それが私の最初の間違いだった」とロレンゼッティ氏は言う。
「マンネリになってきていた。変化が必要だった。本能的にそう感じた。生き残るために必要だった。トト(トラヴェール)を説得することに成功した。彼が心からそうしたいと思っていたわけではないのはわかっていたが。その後、スチュアート(ランカスター)のHC就任を認めた。当時は、私を含め、誰もが良い案だと思っていた」
しかし、上手く機能しなかった。
「スチュアート(ランカスター)が優秀なコーチであり、ハードワーカーであることは間違いない。しかし、ここ数年、チームに必要な結束がなくなっていた。スチュアートがなかなかフランス語を身につけなかったのもあるかもしれない。いろいろなことが重なって、チームとしてのまとまりができなかった。彼のカルチャーは、私たちのカルチャーとは異なっていた。私たちはラテンで、もっと熱く、ふつふつと沸き上がってくるようなものが必要だった」と説明する。
試合中も表情を変えないランカスターに対して「冷たい」という言葉を現地メディアはよく使っていた。
そして、カストル戦を見てロレンゼッティ氏は決心した。
「ゲームプランも何もなく、絶望的だった。壊滅的な状況を避けるために行動を起こさなければならなかった」
◆自分たちのカルチャーはどこへ。
ラシン92が毎週発表する試合メンバー表を見ると、クラブで育成された選手に付ける星印があちこちで誇らしく光っていた。しかしランカスターがHCに就任後、星の数が減っていた。
ラシン92のイメージを失いたくなかったことも、今回の決断を後押しした要因の一つだと言う。
「ここ数か月、朝のコーヒーをクラブハウスで飲んでいると、聞こえてくるのは英語ばかりだった。このクラブは常に選手の育成に重きを置いてきた。今後はあらためてその点を強化していく」
ランカスターの後任には、パトリス・コラゾが選ばれた。
コラゾはラ・ロシェルをトップ14に昇格させ、その後トゥーロン、ブリーヴを経て、昨季、降格の危機に瀕していたモンペリエを、入れ替え戦でギリギリ救った経歴がある。今回も火消し役としてアポイントされた。
また、選手としてのキャリアをラシン92で終え、コーチとしてのキャリアをラシン92のエスポワールチームでスタートさせている。このクラブのカルチャーを熟知している。
「このチームにはパンチとアグレッシブさが必要だ。パトリス(コラゾ)は闘志むき出しのワイルドな人間だ。それぐらいの荒々しさが今のチームには必要なのだ」
コラゾとの契約は今季末まで。
「先のことはまだ何も決めていないが、最初の契約は5か月。この契約期間満了までに、様々なことが起こるでしょう」
一方、ロレンゼッティ氏の後を継いで会長職についたトラヴェールは、来季、ディレクター・オブ・ラグビーとしてバイヨンヌへ移ることが発表されている。
「ロラン(トラヴェール)は友であり、兄弟でもある。10年以上、1日に何度も電話を掛け合い、毎日顔を合わせてきた。2人で一つのチームだった。彼からの退任の報告は、私には大きな打撃だった。彼は会長としての職務に真剣に向き合っていたが、グラウンドに立てないフラストレーションも抱えていた。もう、この状況に耐えられなかったのでしょう。バイヨンヌは良い選択をしました。私にとっては残念なことだが、ロランはバイヨンヌをトップ14でさらに高い順位に押し上げるでしょう」とトラヴェールへの親愛の情を隠さない。
今季、ロレンゼッティ氏は、もう一件、悲しい決断を迫られた。
フランス代表33キャップのHOカミーユ・シャの解雇である。年末に選手間で行われたクリスマスパーティーの翌朝、シャは酔った状態で練習にやって来た。問題は、これが初めてではなかったということだ。
また、2023年5月に決勝トーナメントの準備をするための合宿で、チームメイトのWTBヴィナヤ・ハンボシの顔面を殴り、眼窩底骨折を負わせた。ハンボシはそのシーズン、二度とプレーすることはなかった。その時は経済的制裁を受けただけだった。
シャは17歳でラシン92のジュニア部門に入団し、29歳の今までラシン92で育った。ロレンゼッティ氏にとっても、我が子のような存在の選手の1人だった。
「カミーユ(シャ)とは一緒に狩りに出かけたこともある。彼は『クラブの子』の1人であり、彼の退団はとても辛いことだった。しかし、そうせざるを得なかった」
大きな期待を背負い、昨季、3年契約で入団した南アフリカ代表キャプテンのFLシヤ・コリシが1年で退団してしまうということもあった。
今季入団した元イングランド代表キャプテンのSOオーウェン・ファレルも、まだ10試合しかプレーしておらず、ピッチで見る彼からは、かつてイングランド代表やサラセンズで見せた精彩が感じられない。苦しんでいるようにさえ見える。

「オーウェン(ファレル)は入団した時、内転筋の負傷を抱えていて思うように動けなかった。また、彼を試合に出すのが早すぎたというミスもあった。試合ではまだ本当のファレルを見ることができていないが、クラブの日常生活では、信じられないほどのリーダーシップを発揮してくれていて、みんなが頼りにしている。スチュアート(ランカスター)がクラブを離れる前、選手たちにチームメイトを採点するように言った。すると、ほとんどプレーしていないにも関わらず、オーウェンがすべての項目でトップになった。彼は本当に偉大なラグビープレイヤー、オーウェン・ファレルなのだ。クラブを愛し、勝ちたいと思っている。そして自分の力を発揮できないことを誰よりも苦しんでいるのです」
12月、ラシン92×トゥールーズがおこなわれた日のスタンド最上階。メンバー外のラシン92の選手が集まって観戦しながら話し合っていたが、確かに、その中心にいたのはファレルだった。
そういえば、チームメイトになったCTBガエル・フィクーもこう話した。
「これまで対戦してきて試合中によく挑発してくるから彼に対して悪いイメージを持っていたけど、全然そんな人じゃない。物静かで、とても謙虚でハードワーカー。フィールドではとても厳しいけど、フィールドを離れると笑顔で親切でシンプル」と驚いていた。
ファレルが完全復帰し、試合でもチームを導くことができるようになれば、リーダー不在の問題は解決されるのではないだろうか。
◆クラブの未来。ラグビーの未来。
ラシン92はホームスタジアムの問題も抱えている。
現在本拠地としているパリ・ラデファンス・アリーナは、昨年のパリオリンピックの期間、競泳会場になっていて使用することができなかった。オリンピック後も、またオリンピック前も、コンサートやバスケットボール、モトクロス、MMAなど他のイベントと重なると、ラグビーの試合を他の場所でおこなってきた。
さらに今後は、乗馬やテニスも開催される予定だと言う。最近ラグビーの試合で利用されているのは、パリ市内から地下鉄に乗り、駅から出ると目の前がスタジアムという好立地の、パリ南東部のクレテイユのサッカーチームのスタジアムだ。
「地下鉄でアクセス便利、1万2000人収容。こんなスタジアムは(パリを含む)イル・ド・フランス地域県では貴重だ」とロレンゼッティ氏は言うが、陸上トラックがフィールドと観客席を遠ざけており、サポーターからの評判は良くない。
また、グラウンドが重くプレーする選手にも不評だ。
「不満を訴える選手もいたが、パリ・ラデファンス・アリーナの利益も尊重しなければならないと彼らには説明した。来年もまた、クレテイユで4、5試合開催する予定だ。それまでにグラウンドを承認してもらい、照明施設を整え(現在、このスタジアムの照明施設はトップ14のナイターの基準を満たしていない)、大型スクリーンを設置する時間もある。観戦条件は今よりも良くなる」と今後のプランを語り始めた。
「そして、2026-2027シーズンにはコロンブに帰る予定だ」と続けた。コロンブは、ラシン92がアリーナに移る前に本拠地としていた場所だ。
「先日、新スタジアムの建設許可がおりた。1万5000席の小さな英国風のスタジアムで、スタンドはピッチのすぐそば。スカイブルーと白のラシン92カラーで彩られる。オー・ド・セーヌ県での私たちのアイデンティティを強くしてくれるだろう。それが私たちのホームになり、シーズン中の大きな試合を3つ、アリーナで開催する予定だ」
打ちひしがれているだけではない。彼の頭の中にはクラブの未来が描かれている。そしてラグビー界の未来も。
現在、トップ14のサラリーキャップは1070万ユーロ(約16億7700万円)だが、一部のクラブの会長から引き下げが提言されている。ロレンゼッティ氏もその1人だ。
「毎年決算書を見ていると、収支のバランスを取るのが難しいことに気付かされる。トップ14で本当に利益を出しているクラブがあるのだろうかとさえ思える。サラリーキャップの引き下げは、フランスのクラブの経済を守り、また、世界のラグビー界の力の均衡を図るための一つの方法だ。世界中の協会が多かれ少なかれ苦戦している。ここ数年、トップ14が価格を釣り上げてきたが、ラグビー界全体にとって有害だった」
サラリーキャップを引き下げるということは、選手の報酬を減らすということにつながるため選手側からは反発も予想されるが、ロレンゼッティ氏の主張は、クラブの経営状況や、ラグビー界全体の財政状況を考慮すれば理解できる。
しかし彼も77歳。健康上の問題を抱えているという話も聞こえてきており、クラブを手放すのではという噂もあった。
「20年間このクラブのトップを務めてきた。後継者のことを考えてクラブの財政課を健全化する必要はあるが、手放すつもりはない。私の孫がラシン92の大ファンでね、そんなことは絶対にしない」
彼の話を聞いていると、クラブのトップには、経営センスだけではなく、マリアナ海溝並みに深い懐とラグビー界独特の決まり事への理解、そして損得を抜きにできるぐらいのクラブへの愛、選手・スタッフへの愛、そしてラグビーへの愛が必須なのだと感じさせられる。
しかし2月15日、パトリス・コラゾHCに率いられての最初の試合でも、ラシン92はホームのアリーナで敗戦を喫した。昇格チームで現在最下位のヴァンヌに敗れ(25-30)、12位から13位に落ち、ついに降格圏へと足を踏み入れた。
再建への道のりは始まったばかりだ。
【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。