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時計は「79:21」を示していた。
トゥールーズがまたボールを奪った。SOに入っていたフアン=クルス・マリーアにボールが渡る。ハーフウェイラインでタックルを受けながらもキックでボールを転がした。
敵陣22メートルに入ったところでボールに追いついたWTBマチス・ルベルが足に引っ掛け、トライゾーンで押さえた。FBトマ・ラモスがコンバージョンを決める。
スコアボードに「80-12」と表示された。レスター(イングランド)の選手たちは顔色を失っている(1月19日)。
日が悪かった。
トゥールーズは前週、南アフリカのダーバンでシャークスと対戦した(1月11日)。24時間かけて、3本の飛行機を乗り継ぎ、フランスとの気温差30度、湿度80パーセントの地で、また練習以外はホテルから外出することを制限されるという特殊な条件下で試合に臨んだ。
ヨーロビアン・チャンピオンズカップで連覇するために、この試合で4トライ以上挙げてボーナスポイント(以下、BP)付きで勝たなければならなかった。
トゥールーズはここまでにアルスター(アイルランド)に61-21、続いてエクセター(イングランド)に69-17とどちらもBP付きで勝利し、10ポイントとしていた(勝てば4ポイント+4トライ以上で1BP)。
同じプールのボルドーも10ポイントだったが、得失点差でトゥールーズが1位だった。
24のチームが4つのプールに分かれてプール戦は行われる。各プールの1位のチームの中で1番目と2番目にポイント数の多いチームが、次のノックアウトステージで準決勝までホームで試合を行うことができる。
少しでも有利に勝ち進んでいくために、どうしてもその権利を勝ち取りたかった。ボルドーが残りの2戦も順調にBPを獲得しながら勝利することが予想されていた。トゥールーズも万全を期してこの試合に臨んだ。
しかもフランス代表が多数揃うトゥールーズと南アフリカ代表が多く所属するシャークスの対戦に、ファンもフランス対南アフリカを重ね、レベルの高い激しい戦いを、さらにはワールドカップ準々決勝のリベンジも期待していた。
その気持ちは見えた。トゥールーズの選手が何度もシャークスのディフェンスを突破して駆け抜けた。
しかしトライライン直前でハンドリングエラーやサポートの遅れでボールを失った。攻め急いで判断ミスもあった。20-8で勝利はしたが2トライしかできず、BPを逃した。
誰の顔にも笑みはなかった。
「複雑な気持ち。ここで勝つことがとても難しいことは分かっていたけれど、試合の流れ、特に前半の多くの得点機会を逃してしまったことを考えると……。後半の初めにも何度か相手の22メートル内に攻め込みながら得点できなかった。この大会ではすべての得点が重要になってくる。BPを取りこぼしたことが悔しい。レスター戦に集中し、できるだけ高い順位で終えなければならない」と、試合後の会見でキャプテンのアントワンヌ・デュポンがコメントした。
記者から「ミスが多かった。特にノックフォワードは13もあった。気候が原因か?」と問われると、主将は「その影響はある。身体的にとてもきつかった。汗と湿気で序盤からハンドリングエラーが多かった。ボールが本当にツルツル滑って、優勢になった時もトライを取り切れず、スコアで相手を突き放すことができなかった。判断が良くなかったところもあった。結局、自分たちがやりたいプレーができなかった」と答えた。
「試合には勝ったけど、今日取れなかった1ポイントが超重要になってくる。2年前、セール(イングランド)で勝ったけどBPが取れなかった。その時は満足していたけど、3か月後にレンスター(アイルランド)に敗れて準決勝敗退した。先のことはわからないけど、今は自分たちに集中してレスターとの大一番に備えたい」と厳しい表情だった。
レスター戦での爆発は、この試合への自分たちに対する怒りからだった。
開始20分で4トライを挙げてBPを獲得し、前半を42-0で折り返した。後半、トゥールーズが少し緩んだ隙にレスターもトライを返したが、デュポンとその仲間たちは再び締め直し、徹底的に自分たちのラグビーを遂行。合計12のトライを挙げ、今季最高のパフォーマンスを披露した。
この日も満員のエルネスト・ワロンの観客は彼らのチームのトライ祭に歓喜した。
しかし選手は歓喜の表情ではなかった。無事に仕事をやり遂げてホッとしたと言ったところか。
この試合の前にボルドーがシャークスを迎え撃ち、10度トライラインを越え(そのうち6はWTBダミアン・プノー)、66-12で勝利していた。
プール1の1位はボルドー(20ポイント)、プール2はレンスター(18)、プール3はイングランドのノーサンプトン(16)、プール4はトゥーロン(13)。ボルドーとレンスターが準決勝までホームで行う。
2位グループのトゥールーズ(19)は総合5位に、カストル(14)が6位、スコットランドのグラスゴー(12)、ラ・ロシェル(11)と続く。
それぞれのポイントを見れば、ボルドー、トゥールーズ、レンスターが群を抜いていることがわかる。さらに、この8チームのうち5チームがフランスのクラブだ。トゥーロンは10年ぶりにノックアウトステージに進出を決めた。
カストルは2002年以来の進出だ。しかもこの日、主力を休ませたチームでLOマロ・イトジェやFLベン・アールなどイングランド代表が多数所属するサラセンズの本拠地に乗り込み、BP付きの勝利を挙げた(32-24)。フランス勢が圧倒し、イングランド勢の低迷が気になる。
プレミアシップは1部、2部の入れ替えが昨季まで行われていなかったため、リーグの競争力が低下したとも言われている。コロナ後、3つのクラブが倒産するなど、財政的に苦しい状況で、多くの代表選手が国外(その多くはフランス)に流出してしまったことが不振の原因と考えられる。
第3節でトゥーロンに21-33で敗れた後、「敗因はフィジカルか?」という記者からの質問を受けたハーレクインズのダニー・ウィルソン ヘッドコーチ(以下、HC)は、「フランスのクラブの桁違いな予算を見ればわかるでしょう。その予算で彼らはずば抜けて優れた怪物のような選手を獲得できるのだから」とバッサリ切った。
ノックアウトステージに進出する16チームの国別の内訳は、フランスが6、イングランドが5、アイルランドが3、スコットランドが1、イタリアが1(この日、ベネトンが2021、2022年チャンピオンのラ・ロシェルに歴史的勝利を挙げた!)。
試合のレベルを引き上げ、よりエキサイティングな大会にしてくれることを期待されて3年前から参加している南アフリカ勢が姿を消した。大会全体の均衡が崩れている。
シャークスのキャプテン、シヤ・コリシは、「僕が感心するのは、フランスのチームは選手層がとても深いというところ。例えばトゥールーズはトップ14のラ・ロシェル戦で若手を信頼し、その若いチームで敗れたが、たったの2点差だった。その後、僕たちのところに来て勝利した。だから、僕たちもヨーロッパは寒いとか言い訳はできない。この大会を経験するにつれて、どう対応していけば良いのかわかっていくでしょう。まず、選手層を深くする方法を見つけなくては」と移動の負担より選手層の薄さをフランス勢との違いに挙げる。
また、第3節でカストルに敗れたブルズ(49-10)のジェイク・ホワイトHCも、「私には26人の選手がいる。全員にチャンピオンズ・カップでプレーさせたい。でも毎週同じメンバーでプレーさせることは不可能だ。特に南アフリカのチームは、カリーカップ、ユナイテッド・ラグビーチャンピオンシップ、チャンピオンズカップと3つの大会に並行して参加している。選手にとっても、チームにとっても、フランスに来てプレーするのは大変厳しい。でもトゥールーズも南アフリカでシャークスに勝った。だからアウェーでも勝つことは可能だ」と切り出して続けた。
「一番の理由は、たくさんの南アフリカの選手が、日本、フランス、イングランドでプレーしていること。南アフリカに残っている選手だけでは難しい。AチームとBチームの差も大きい。だから私は海外でプレーしている南アフリカの選手に帰ってきてもらいたいのだ。レスターでプレーしているハンドレ・ポラードや、レンスターのRGスナイマンはかつてブルズでプレーしていた。彼ら全ての選手が南アフリカに帰ってきたらと想像してみてください」と、多くの選手が海外でプレーし、国内に選手が十分いないことを嘆いた。
レスターに大勝したトゥールーズの話に戻ろう。
グラウンドでトゥールーズの選手・スタッフが円陣を組み、ユーゴ・モラHCの話に耳を傾けている。
「よくやった! それだけだ。今日は君たちがやると決めた。それが嬉しい。これからもそれを忘れないでほしい。この後、多くの選手がシックスネーションズでいなくなるが、ここに残る私たちには来週非常に重要な試合が待っている。だから今日は少し時間をとって、みんなで一杯ビールを飲もう。本当に見事だった。素晴らしい試合だった」と選手を称えた。
トゥールーズからは、FW9人、BK4人がフランス代表の第1週のラージグループに選ばれている。
中には、代表で水曜日の練習を終えた後、リリースされてクラブでトップ14の試合に出場、次の招集メンバーリストの発表を待つ選手もいるが、トゥールーズの選手は中心選手が多い。リリースされるのは1人ぐらいだろうか。
さらに、イタリア代表のWTB/FBアンジュ・カプオッゾと同じポジションのスコットランド代表のブレア・キングホーンも不在になる。
しかし若手が育っていることは、2週間前のラ・ロシェル戦で確認できた。トゥールーズは今季もすでに50人近い選手を起用している。
さらにSOロマン・ンタマックの不在に備え、レスター戦の終盤はマリーアをSOでプレーさせるために、デュポンをCTBに配置した。準備万端である。
試合が行われた翌日の1月20日、トゥールーズの選手がフランス代表の合宿に合流した。召集日は前日だったが、彼らの試合が日曜日であったため1日遅れての合流となった。
同じく日曜日に試合を行ったボルドーの8人、トゥーロンの7人も1日遅れて合宿所に到着した。合宿初日は選手が14人しかいなかった。
「フランスの6つのクラブが日曜日に試合を組まれた。フルメンバーでの最初の練習が水曜日になってしまう。しかも我々の初戦は1月31日。金曜日だ!9日しかない! チャレンジングなスケジュールなんだ!」とここにも嘆く人がまた1人。
代表チーム率いるファビアン・ガルチエHCだ。
【プールステージ成績】
◆POOL 1
1 ボルドー(FRA/20/4-0)
2 トゥールーズ(FRA/19/4-0)
3 レスター(ENG/11/2-2)
4 アルスター(IRE/5/1-3)
5 シャークス(SA/5/1-3)
6 エクセター(ENG/1/0-4)
◆POOL 2
1 レンスター(IRE/18/4-0)
2 ラ・ロシェル(FRA/11/2-2)
3 ベネトン(ITA/11/2-2)
4 クレルモン(FRA/10/2-2)
5 バース(ENG/7/1-3)
6 ブリストル(ENG/7/1-3)
◆POOL 3
1 ノーサンプトン(ENG/16/3-1)
2 カストル(FRA/14/3-1)
3 マンスター(IRE/12/2-2)
4 サラセンズ(ENG/11/2-2)
5 ブルズ(SA/5/1-3)
6 スタッド・フランセ(FRA/5/1-3)
◆POOL 4
1 トゥーロン(FRA/13/3-1)
2 グラスゴー(SCO/12/2-2)
3 セール(ENG/10/2-2)
4 ハーレクインズ(ENG/9/2-2)
5 ラシン(FRA/9/2-2)
6 ストーマーズ(SA/5/1-3)
※カッコ内は左から国名、勝ち点、勝敗数
※同プール内の同国チームとは対戦せず各チーム4試合を戦う
【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。