ずっと頼りにしてきた広辞苑第二版補訂版を開いて、念のため。
ばんくるわせ【番狂はせ】①予想外の出来事で順番の狂うこと。②勝負事で予想外の結果が出ること。
きんぼし【金星】①相撲で、平幕の力士が横綱を負かすこと。②転じて、殊勲の意。
1月18日。静岡ブルーレヴズは東芝ブレイブルーパス東京をヤマハスタジアムで破った。34-28。前回対戦(昨年5月5日)のスコアは20-59。昨季のリーグ8位がチャンピオンを倒したのだから殊勲といえば殊勲だ。
ただし、どかんと前線でぶつかり合って、まるで引かず前へ出て、セットプレーの堅固でも総じて優勢。前のシーズンまではときにのぞいたナイーブの芽もそのつど摘んでの堂々の勝利であった。番狂わせや金星と書くのは、いささかためらわれる。
もちろん次に顔を合わせて同じ結果とは限らない。不利を覚悟の心構えでちょうどよい。それでも本拠地の「6571」の観衆をうならせる献身や果敢な攻撃精神は確かな進歩を感じさせた。
開始27分と同35分。あとで思うとブルーレヴズにとって大切な流れがあった。
前者。17-7とリード。右ハーフウェイラインあたりのラインアウト。マイスターと呼びたくなるリーグ屈指のフッカー、日野剛志が絶妙のタイミングのロングスロウ(オーバーボール)を仕掛けた。ブレイブルーパスの防御も中継のカメラも追いつかない。8番のマルジーン・イラウアがダイレクトにつかんで大の字のつくゲイン。
ここで川原佑レフェリーの笛が鳴った。ノットストレート。温厚な愛称「ヒノちゃん」の温厚なままの顔に悔いや不満がさすがに浮かんだ。機を見ての満点の選択。気持ちはわかる。
後者。17-14と追い上げられて、左側の同じような位置でのラインアウト。ここで背番号10、23歳の家村健太は「オーバーボール」を要求する。こんどは技術書の分解写真になりそうな完璧なスロウ。展開後に右コーナーへ侵入を果たした。
試合後。日野が笑った。「あそこでまたオーバーボールのサインを出す家村が…」。
家村その人に意図を聞いた。
「1回目は相手のキックのあとのサインで、まあ、失敗したんですけど。関係ないというか。日野さんなんで。スロウがうまいんで。もう、いけやという感じ。日野さんならビビらない。信じてました」
こうした信頼の積み重ねが、なかなか破れぬ殻をいつか破る。ここまで全勝のチャンピオン、ブレイブルーパスは向こうが弱気になる瞬間を待っている。肚のすわった感じはいやなものだ。
静岡は「正しい場所でプレーすること」(クワッガ・スミス主将)を意識しつつもキックに頼らず、まさに強気でボールを動かした。迷いはない。すると個性は躍動した。
SHの北村瞬太郎は今季のリーグにおける「発見」である。とことん前向き、しかもパスに愛情がある。この日は、図太くサイドを突いて2度、トライラインを越えて、ちょっとしたヒーローである。
「ぽっかり前が穴があいたので。分析では(東芝はラックのサイドに穴の)あくチームではなかったのですが。フェイズを重ねたらそこが」
昔の用語なら「もぐる」。スペースを察知しても「もぐらず」に次の強力ランナーに託す者もいる。立命館大学より昨年入団の22歳はみずから斬り込む。
矢富勇毅が現役を退き、ブリン・ホールはスピアーズへ去って、ぽっかりあいたハーフの穴を穴があったらそこを突く若者が埋めようとしている。
もうひとりの2トライ男、14番のヴァレンス・テファレもこれまた逡巡を死語としている。どっしりがっちり、でも遅くはなく、万事に能動的だ。
公式の体重は112㎏。終了後に本人に確かめると「108kgから110kgくらい」。いずれにせよヘビーなWTBである。
24歳。ニュージーランドのワイカト育ちだ。「人生、ずっとユニオン(15人制)。2021年から23年だけリーグ(13人制)」。オーストラリアのドルフィンズとプロ契約するも24年は出場機会を得られずに昨年暮れに静岡へ。リーグ時代のウエイトは「122kg」にも達して、斯界の有名なコーチ、いま75歳のウェイン・ベネットにより「減量特訓キャンプ行き」を命じられたりした。
そこで聞いた。122kgでも同じように走る自信はありますか?
「もう難しい。いまのウエイトがすごくいい感覚なので」
ふたつのスコアについては「WTBはキャッチしてプットするだけ」。つかんで、おくだけ。そいつが簡単ではない。
さて静岡のエリートポジションはタイトヘッドプロップだろう。本日はかのスクラムの達人、伊藤平一郎は負傷で欠場。台湾は台南出身、26歳の郭玟慶が先発で務めを果たした。
「いいところもよくないところもありました。もっといいスクラムを組めるように練習します」
台南の長榮高級中学から摂南大学へ進んだ。父の家良さんは、かつて三菱自動車京都でプレーした。慈父の名前をこういうふうに教えてくれた。
「カリョウ。家村の家に良いことの良です」
かつて故郷はラグビーが盛んだった。
「いまは人気のあるスポーツではないので、僕も影響力のある選手になって、台湾のほうも盛り上げていきたい」
後方の押しをもれなく前へ伝えることにおける権威、あらためて34歳の伊藤平一郎がすぐそこにいる。刀鍛冶が名工のもとで修業するようなものだ。盗んじゃえ、すべてを。
おしまいに。「選手のための選手」をひとり。マリー・ダグラス。198㎝の115kg。35歳のロックである。開幕前、上位クラブのあるコーチが言った。
「静岡、マリー・ダグラスが(ピッチに11名以上の)カテゴリーAになったのは大きいですよ。あのチームではだれよりも」
勤勉。こつこつ、ごつごつ、痛く賢く攻守に体を張る。白星を得てのコメント。
「重要な局面でよいラインアウトを構成できました。勝ちはしましたが、ゲームのパートではチームとしての修正が必要です」
スコットランドが母国。南半球のレベルズやブランビーズ、ニュージーランドのハリケーンズにも在籍した。たぶん法曹の資格があるはず。事務弁護士ですか、それとも法廷弁護士?
「両方です。スコットランドでは法廷にも立ちますよ。でもラグビーのほうにずっと喜びを感じます。ま、引退後の余生(レスト・オブ・ライフ)は書類にまみれて暮らすことになるのでしょうが」
2014年に弁護士の仕事のためにオーストラリアのメルボルンへ渡り、週に60時間ほど働き、17年に同地のレベルズとの契約を引き寄せた。以来、ウェリントン(18年)からキャンベラ(19年~20年)と旅を続け、2020年9月に当時のヤマハ入り、ここ磐田の地へやってきた。
海外のクラブ在籍時に同胞はまずいない。かくして静岡の公式ページにて一言。
「わたしはこのスコッドでいちばん速いスコットランド人だ」
文句なしの弁論である。