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ラグビー日本代表として53キャップを誇る稲垣啓太はいま、埼玉パナソニックワイルドナイツの一員としてジャパンラグビーリーグワンを戦う。
チームは前年度まで2季連続でレギュラーシーズン首位も、リーグが発足した2022年シーズン(2021年度)を最後に日本一から遠ざかっている。しかも稲垣は、昨季途中に戦線離脱を余儀なくされていた。
復権を目指して迎えたいまの舞台にあっては、開幕2連勝と好スタートを切っている。
12月28日、本拠地の熊谷ラグビー場ではクボタスピアーズ船橋・東京ベイに26-24と辛勝。2戦連続で左プロップとして先発の34歳が、端正な言い回しにジョークを交えて現況を語った。
「(スピアーズ戦は)勝ったことが全てですが、反省すべき点のほうがたくさんある試合ですね」
——ワイルドナイツは前半を20-3とリードして折り返しましたが、後半31分には23-24と一時勝ち越しを許しました。同5分、向こうは最前列に南アフリカ代表フッカーのマルコム・マークスらインパクトプレーヤーを投じています。
「向こうのリザーブメンバーは非常に推進力のある選手が多いですよね。先週(トヨタヴェルブリッツに30-27で勝利した開幕節)は、凄くいいスクラムを組んでもいました。ただ、それに対して自分たちが特別なことをやるかというと、そうではない。自分たちのやるべきこと、自分のやるべきスクラムをする。スクラムについてのフォーカスは、誰が入っても変わらないので——」
ここで稲垣は、マークスらが入った直後の自軍スクラムについて述懐。自陣ゴール前右での1本を好感触で組めたようだが、その後の展開に問題があったと語る。
「ボールを(後方に)出さなければペナルティを取ることもできました。ただあそこは(自陣から)脱出することが全てで、いい脱出はできたのですが、その後の判断がよくなかった。反則を重ね、自陣に戻ってきて。それの繰り返しでしたよね。30分くらい。
どこかでほころびが出てきた時にアタックして、掴めるか、掴めないか。そういう僅差の試合がこれから増えていく。そういうこと(好機)を見逃さないよう、自陣にくぎ付けにならないよう、しっかりやっていかないといけない」
——終盤の戦い方といえば、昨年まではベテランの堀江翔太選手が途中出場から軌道修正を図っていました。堀江選手が引退したいま、圧力下で正しい判断を下す難しさを感じているのでしょうか。
「時間がかかっている、という感触はあります。ただ、堀江さんの代わりになろうとしなくていい。あれは堀江さんという唯一無二のオリジナル。彼の積み上げたものが形として出ている。いますぐ堀江さんを丸ごと真似するのは難しいと思いますし、するべきでもない。ひとりひとりに役割があり、そのクオリティを高めていけば、トラブルがあった時も自ずと『どこの責任? 誰の責任? どのエリア? どうやる?』がすぐに判断できると思うんです。余計な会話は必要ない。そこまで精度を上げることが、いまのチームには必要です」
——以前、司令塔団ら「ダイレクター」と呼ばれる位置の選手のリーダーシップが大事だと話していました。
「よく、喋ってくれていると思います。きょうの試合の途中のハドル(円陣)で僕が話すことはなかったですし。
余計なことは言わなくていい。言うと、逆に混乱を招く。(1回のハドルで時間は)30秒もないですから、3個も、4個も、5個も『修正しよう』と言っても頭に入らないんです。一番、大事なことをひとつか、ふたつだけでいい。それを言う人間は、きょうであれば坂手(淳史主将、フッカー)、(スタンドオフの山沢)京平、兄貴(フルバックの山沢拓也)。その3人で十分です。あとは、ディフェンスについてディラン(・ライリー、センター)が少し。きょうは彼らが苦しい時間帯でも何をすべきか、ちゃんと喋ってくれた。僕は後半(7分)に抜けたので(それ以降は)どういった会話ができていたのかはわからないですが、ばらばらになっている感触はなかったです。
ただ、『反則は重なっているけど、自分たちは正しいプレーだと思ってやっているという感じ』はありました。それが、判断として、そこにはフィットしなかった。そこの切り替えが、遅かった。
成長しなければいけない。勝って成長できることは素晴らしい。では、どう修正し、成長するかというと…。切り替えのスピードですよね。試合中、どんなにいいプレーをし続けても、80分間、自分たちの時間…とはならない。何かのミスで相手に流れが切り替わった時、自分たちがどういう判断をすべきか、という切り替えを速くするべき。それが、ワイルドナイツの根底にあることです。
ディフェンスからアタックへの切り替え。アタックからディフェンスへの切り替え。ミス、反則の後に何をすべきかの切り替え。そのクオリティ、スピードを上げていかないといけない」
——ご自身の調子は。ハーフタイム明けには、迫る相手走者からボールをもぎ取るシーンもありましたが。
「調子はいいです。いつもいいと言っていますけど。…ああいった(球を奪った)シチュエーションは、ずっと練習でやってきている。ボールが見えれば、手を入れることができれば、必ず獲れる。その、 型に入った。
ラグビーって、いろんな型があると思っていて。スクラムにも型がある。どの型にどの型を当てはめるかという考えで、僕はやっています。じゃんけんみたいな感じです。グーに対して何を出すか、チョキに対して何を出すか。相手のアタックの陣形、シチュエーションに対して、何を当てはめるか。
これも、瞬時の切り替えだと思っています。
(当該のターンオーバーは)ボールキャリーに対し、必然としてその型になり、経験に基づいてそれをやるだけだった。結果としてボールは獲れました。ただ、そのあとがよくなかったですよね。(味方の反則もあり)自陣に戻って…。
あ、すみません。何回も話が戻ってしまって。(陣地を)戻されまくった試合だったんで。きょうは」
取材に応じるさなか、背後から同僚のベン・ガンターが「お疲れ」と肩を抱いてきた。冬なのにハーフパンツを履くガンターを見た稲垣は、「…(季節を)間違えていますね」と笑わせた。
「選手としてフィールドに立てるのは素晴らしい。ホームで皆さんの前に戻ってこられたのは嬉しいです。だからこそ、(交代後は)『頼むから、勝ってくれ』と。やっぱり、勝たないと意味がないです。負けから得るものがありました、というのは好きではないです。結果を出し続けることが選手の課題です。しっかりやっていきます。…はい、またお願いします」