人生を支える1か月だ。
12月21日、秩父宮ラグビー場で全国大学選手権の準々決勝を戦う近畿大学ラグビー部は、11月下旬から、緊張と充実、不安、そして友情が入り混じった濃密な時間を過ごしてきた。
準々決勝では関東大学対抗戦Aを制した早大と戦う。
関西大学Aリーグの3位だった近大にとってはビッグチャレンジだ。3回戦では福岡工業大に74-12と快勝した。その勢いのまま、名門校を倒したい。
決戦を控え、チームは前日に大阪でチームランを終え、東京へ移動。神本健司監督は選手たちの様子について、「いつも通りであり、いい状態」と話す。
心身の充実が伝わる。
今季の近大は関西大学Aリーグで5勝2敗。天理大(優勝)に勝つビッグゲームを披露する一方で、関西大(8位)に敗れるなど、不安定なところも見せた。
しかし、勝った方が全国大学選手権出場となる最終戦(対 関西学院大)に勝つ勝負強さを発揮した。
その試合の前から、チームは「負けたら終わり」の空気の中で集中力と結束を高めてきた。
11月30日の関西学院大との決戦前日、東大阪市のグラウンドでは中村志(こころ)主将を中心としたチームランがおこなわれた。
中村主将は161センチと小柄な体躯ながら、ハードタックルと抜群のリーダーシップで選手たちの意志を束ね、チーム力へ結びつける人だ。
神本監督も「彼がいなければ、このチームはなかった」と信頼を寄せる。
真住中でラグビーを始め、大阪桐蔭へ進学。同校でも3年時には主将を務めている。
ただ、その時は花園出場を逃した。
高校時代の悔しさは、リーダーを任された今季の自分の振る舞いに生かされた。
大学入学後、フッカーに転向した。体重も増やし、努力も重ねた。しかし、ウエートが増えたことで本来の強みだった運動量が落ち、スローイングに悩んだ。結果、3年生の途中からフランカーに復帰した。
フッカーだった3年の春はDチーム。フランカーに戻った夏は、Cチームからのスタートだった。
そこから這い上がって、最上級生になってキャプテンに指名された。
そんな歩みを持つ主将だから、Aチーム以外のメンバーの気持ちをよく知っている。
「高校3年生でキャプテンをやった時、勝つことしか考えていなくて、チーム全体のことを考えていなかったと思います。でも大学に入って試合に出られず、周りの同じ境遇の選手たちと一緒にいて、Bチーム以下の気持ちが分かった」
主将になって、チームの勝利を考えながらも、試合に出られない選手たちのことを決して忘れなかった。
声を掛けて一緒に練習をしたり、下級生と話した。
俺たち同じチームやで。行動や言葉から、そんなメッセージを読み取った部員は少なくないだろう。
だから中村主将は、「試合をしている時、チームの全員が応援してくれていることをすごく感じます」と言う。
ビッグゲームに向かう準備の日々に漂う空気や、試合前日のジャージープレゼンテーション時に選手たちから出る言葉や表情から、仲間への愛が溢れる。
このチームが好きです。
他の選手の分もプレーします。
そんな言葉が、自然と1人ひとりの選手の口から出るチームになった。
神本監督が中村主将のリーダーシップについて話す。
「3年生の途中からフランカーに戻り、ジュニア戦でプレーしていました。彼が出ると、周りの選手たちもいつもの1・5倍ぐらい動いたんですよ」
率先して動く。的確な声。闘志に火を点ける言葉。天性のものだろう。
そんな影響力があったから、3年時の公式戦、第4節以降は常時試合に出るようになり、今季も開幕から大学選手権での初戦まで、全8試合に先発出場し、そのすべての試合で80分プレーしている。
自身のタックルについて、技術的には低さを意識しているという主将は、それより「気持ち」が芯にあると話す。
「チーム全員が応援してくれる前で引くことは、絶対にできない。勝手に体が動きます」
そして、「タックルが好きです。それがなかったら生きていけない」と付け加えた。
その存在の大きさを伝えながらも、神本監督は、主将、リーダー陣を中心とした4年生たちの影響力が今年のチームの強さを支えていると感じている。
コーチ時代も含め、18年にわたってチームの指導に関わってきた。その中でも、「これほどコミュニケーションが取れていることはなかったかも」と話す。
「選手たちがハドルを組んだとき、自分が気づいたことを言おうと思うと、そのことを選手たちが先に言うチームになっています。自分たちで問題点に気づき、修正する。そんな力をつけている。それがあるから、勝ち進めていると思っています」
練習でも、試合でも、その時に起こったことに対し、選手たちで判断し、動けるチームになった。
それを実証したのが、大一番の関西学院大戦だった。
拮抗した展開が続く中、リードされても、引き離されそうになっても、決して離されず、最後は勝ち切って(29-22)全国行きの切符を手にした。
ラインアウトはもともと武器にしていたが、あの緊張感ある中で精度高くプレーできたのは、各局面でチーム内の判断が正しかったからだ。
その日、近大が奪った4トライは、すべてラインアウトからだった。
その試合後、神本監督は「学生たちが日々厳しく取り組んできたからつかみ取れた勝利。彼らと大学選手権でラグビーができる」と話した。
中村志主将も、「しんどいことをやりながらも、冷静に戦う準備をしてきました。それが(接戦の中で)生きた」と話した。
ふたりの言葉からは、このチームでの活動が続くことへの喜びが感じられた。
関西学院大戦の前日にも、チームランのあとに試合出場メンバーへのジャージープレゼンテーションがおこなわれた。その日のものは特別だった。
いつもは監督から一人ひとりに渡されるスタイルも、その日は同じポジションのライバルや先輩、後輩など、当人と縁深い人からジャージーを贈り、渡す方も、出場する選手も、それぞれ思いを言葉にして部員全員に伝えた。
もっとこのチームでプレーがしたい。
自分は大学でラグビーはやめるけど、明日を最後にはしない。
中村主将も、「絶対にこのチームを終わらせない」と誓った。
全国大学選手権に入り、試合前日の儀式は通常のものに戻った。しかし神本監督の目には、選手たちの落ち着いた姿が映っている。
いい意味で、いつも通りに戦いの中にいる。チームのスタンダードが上がっている。
福岡工業大戦を終えた2日後、チーム全体でミーティングをおこなった。
滅多にない関東の強豪校との対戦。聖地・秩父宮での決戦。相手は伝統校。それぞれの要素について、部員たちがどういう意識を持っているか問いかけながら、「持っている力を出し切ることが何より大事。そのマインドセットで戦いに臨もう」と意志統一した。
「キャプテンに言葉に対して周囲の動きが良くなっている」と監督が言う。自然体も、集中力が高まっている。
この感覚。この1か月の経験。そして、早大との決戦で得る結果と、試合終了時に溢れる思い。
忘れることはない。